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イコリスへ至る道にて

 女王陛下が御座す王都までのスケジュールは見直され、今夜は近くのイコリスという街で宿泊する事となった。

 本来なら身分の高いグレイヴ公爵やヴァレンタイン伯爵に合わせて昼間に宿をとって休息するべきだが、彼らよりも断然脆弱な人間である私に合わせて夜に休み、昼に移動するスケジュールになったそうだ。


 スケジュール変更前は昼夜問わず走り続けて明日の夜には王都に入る予定だったらしく、それが二日延ばされたと聞いて思わず真顔になった。なるほど、人間では有り得ない日程だったと思われる。魔族ちょー怖いし、重ね重ね申し訳ない。


 さすがに恐縮していると、彼らは朗らかに笑って当然だと言った。この方が合理的なのだと。強靭な肉体を持つ吸血種に合わせた強行スケジュールで人間の私が体調を崩す方がよりも、私に合わせたスケジュールで恙無く王都に辿り着く方がよっぽど早いというわけである。


 むしろたかが庭師見習いの人間など同行させない方がよっぽど良かったのではなかろうか。そんな言葉はユリウスとグレイヴ公爵の有無を言わさぬ笑顔によってそっと飲み込んだのだった。




 さて、前もってユリウスにイコリスの街について聞いてみたが、話を聞く限りヴァレンタイン伯爵邸のあるリュペスよりももう少しだけ近代的というか都会っぽい印象を受ける。リュペスが比較的農業が重視されているのに比べて、イコリスは商業が中心だからだろう、というのはヴァレンティノ地方の領主であるユリウス自身の言葉だ。


 王都に向かうには、ヴァンガルト国北部に位置するヴァレンティノ地方から公共機関を用いて必ずこの街を経由してもっと南下する必要があるらしく、薄々気付いてはいたがヴァレンティノ地方はかなり田舎に位置しているのだと推測される。


 まぁリュペスも領内で一番発展している街ではあるので、比較的何でも揃っていて普通に生活するのに大して困りはしないし、そのせいで他の街に出かけて行く機会もそうそうないので交通の不便さなどを感じたことはないのだが。


 そこまで考えてふと思う。魔法があるなら、何も馬車移動でなくとも王都まで魔法で移動できないものなのだろうか。世界を渡る手段が確立されているなら、国内移動なんかあっという間そうなのに。


 ユリウスを見た。

 公爵との会話が嫌で私を体の良い盾にするつもりだったのか、公爵をさらっと無視して私ばかりを構おうとするユリウスに、いい歳した大人のすることかと内心呆れながら「馬車酔い酷いので寝てていいですか」と言ったら大人しくなった。

 それから彼はずっと窓の外を眺めていたのだが、私が彼に視線を向けたことに気づいたらしく、赤い瞳をこちらに向けて「水でも飲むかい?」と尋ねてきた。水はとりあえず要らないとだけ告げておく。


「ユリウス様、一つお伺いしてもよろしいですか?」

「何かね」

「王都へは魔法での移動は出来ないんですか?」

「出来ないことはないけど、まぁまずやらないかな。王都は特殊な結界に守られているから通常より疲れるし、そもそも王都内への空間移動は禁止されているからね」

「なら近隣の街まで魔法で移動して、そこから馬車移動でもよかったのでは?」

「えー、嫌だよ」


 眉をぎゅっと顰める(推定外見)四十路イケメン。たまに仕草が子どものように幼くなるんだけど、そういえばこの人一体いくつなんだろう。確か百歳はゆうに超えているんだよね?


 お貴族様仕様の隙のない笑みを貼り付けているよりも、個人的にはこの少し拗ねたような不機嫌さを露わにする今の方が幾分か好感が持てるような気がしなくもないが、それと同時に伯爵としてこの言動は如何なものだろうとも思う。


「私と君と、まぁあとついでにオーガスくらいなら別に構わないが、他の荷物も一緒になんて絶対に嫌だね。とても面倒臭い」

「(これ、さらっと公爵を荷物扱いしたな?)なるほど、出来るのにあえてやらなかったってことですね」

「第一、女王との謁見なんかさらに面倒臭い。女王だけでも面倒なのに、彼女の周りには堅苦しい奴ばかりですぐに不敬だ何だと口煩いことこの上ない。無能の癖にこちらの足を引っ張りたくてウズウズしてる害虫ばかりだし、余程この私を自分たちの監視下に置きたいんだろうね」


 はぁ嫌だ嫌だと続けるユリウスは、どうやら今回の女王謁見が余程嫌らしく、いつも以上に饒舌になって不平不満を並び立てている。


 一見、女王や公爵へのユリウスの言動から不敬罪を訴える方に正当性がありそうに思えるが、彼の言葉のニュアンス的には女王周辺の人物達こそがユリウスを貶めて監視下に置きたがっているようにも聞こえる。


 このヴァレンタイン伯爵がかなりの問題児なのか、それともかなり特殊な立ち位置にいるのか……どちらにせよその契約者である私の存在は、人によってはかなり疎ましいだろうな。


 等とこちらがそんなことを考えているなど露知らず、ユリウスの不満は未だに止まらない。長い脚を優雅に組み換え、更には白い手袋をした指先がトントンとリズミカルに叩いて彼の苛立ちを如実に表していた。


「大体用があるのなら向こうから直接訪ねて来れば良いのだよ。何でもかんでも厄介な仕事をすぐこちらに押し付けて来るくせに、手土産の一つでも持って来ないどころか、よりにもよって寄越した遣いがこのカーティスだ。とんだ嫌がらせとしか思えないね」

「チヨはか弱い人間ですし、王都に呼び寄せるならばと道中の安全性を考慮して私を派遣なさったのです。それに誰かしら遣いが同行しなければ、ユリウス様は絶対に王都にいらっしゃらないでしょう?」

「当然だ、誰が好き好んであんなところに行くか」


 吐き捨てるユリウスに、グレイヴ公爵が苦笑を浮かべる。女王相手に向こうから訪ねてくればいいだなんて言い切っているが、本当に大丈夫か?? 絶対不敬だよね。


 そうしてあからさまな嫌悪感を一切隠そうともしないユリウスに不安を覚えた私は、こっそり隣のオーガスさんに尋ねた。


「あの、オーガスさん。ユリウス様のこの態度ってそれこそ不敬罪で投獄されたりしないんですか? 明日にはお家取り潰しで私たち無職になるってことはないですよね?」

「残念ながら今の今まで一度もお咎めはありません。我らが主人はこれだけ露骨に不敬な言動を繰り返しているはずなのに、よりにもよって絶対的権力者に許容される程に優秀で重宝されているのです。世の中これ以上に理不尽なものもないでしょう」


 ……なんか、この主人にしてこの部下ありって感じだな。


 そんな規格外の上司相手に一回めちゃくちゃ怒られてしょげればいいのに、とでも言いたげな冷え冷えとした視線を送っている。美人は怒っても美人というが、迫力は増すというもの。

 仮にも伯爵家の家令長という立場でありながら、主人に対してこの態度もいかがなものだろうか。もしかして主従って似るのかな。


 っていうか、この主従本当に大丈夫か? 王都に着いた瞬間、今までの不敬の積み重ねでサクッと処刑されたりしないだろうか。


 不安になって、つい公爵をちらりと見た。

 改めて思うけど、吸血種というかユリウスの周りにいる魔族、総じて顔が良いな。顔面の作画コストが馬鹿みたいに高い。そこにうっかり混ざる私なんかへのへのもへじで十分なのでは?


 なんて余計なことまで考えていると、私の視線にすぐ気づいた彼は、こちらを安心させるかのように柔らかな笑みを浮かべる。


「大丈夫だよ、チヨ。ユリウス様のこれはいつもの事だし、皆慣れてるから」


 いや、いつもこんな調子なんかい。それもそれでどうなんだ?


 脳裏を過ぎったとほぼ同時、馬車内の空気がビリッと大きく震えた。




「誰の許可を得てその子に話しかけている、カーティス・グレイヴ」




 それは地を這う程に低く、唸るような声だった。その瞬間馬車内では公爵以外の誰もが顔を引き攣らせていて、オーガスさんですら緊張しているのがわかる。


 え、え? 何でいきなり激おこ?!


 殺気を向けられたグレイヴ公爵はと言えば言葉通り本当にユリウスの言動に慣れているのか、やれやれと肩を竦めただけだった。

 強い。さすがCV.櫻井〇宏、やっぱりこの人只者じゃないんだとうっかり感心したのはさておき、彼はユリウスに半ば呆れた様子でため息交じりに告げた。


「そう手負いの獣のように威嚇せずとも、別に奪ったりしませんよ」

「どうだか。中央の連中は余程私を手元に引き戻しておきたいと見える。今回の召集も目的はそれだろう?」

「女王陛下は純粋に貴方とチヨを心配なさっておいでです。尤も元老院共についてはお察しの通りとしか」

「ちっ、やはりあの時八つ裂きにしていれば良かったな」


 い、いやいやいやいや、何かものすごく不穏な会話をしてるんですけど! しかもユリウスがまたヤクザの親分みたいな舌打ちしてるんだけど! 何でよ、いつものお上品さかポンコツぽやぽや感を思い出して!


 どうにか止めてくれと望みを込めてオーガスさんを見た。諦めろと言わんばかりに神妙な面持ちで首を横に振られた。なんてこった。


 その後、グレイヴ公爵が私の顔色が悪いと指摘するまで馬車内の空気は最悪であった。もう切実におうち帰りたい。リュペスに帰ってフレッドさんとのんびりお茶したいと思った。










◆◆◆◆◆




「やぁ、バルツァー伯爵。久しぶりだね」

「急な申し出で済まなかったな、バルツァー」

「お久しぶりでございます、グレイヴ公爵。そしてようこそお越しくださいました、ヴァレンタイン伯爵。この度は我が屋敷を休息地としてお選びくださったこと、光栄に存じます。今宵はゆっくりとお寛ぎください」


 イコリスの街に着いてそのまますぐに訪れたのは、この地を納めているバルツァー伯爵のお屋敷だ。お屋敷の大きさはヴァレンタイン邸よりもこじんまりとはしているが、豪邸には違いない。足音一つ立たないほど廊下の絨毯は毛足が長く上質で、壁に掛けられた絵画や調度品はどれも高価そうである。


 当主自らに出迎えられてユリウスとグレイヴ公爵が案内されていくのを、オーガスさんと一緒に後ろからちょこちょこ着いていく。


 バルツァー伯爵はひょろりとした長身で、やけに目がギョロっと大きい、少し不気味な人だ。その上やたらとユリウスやグレイヴ公爵に腰が低いように見える。階級的にはユリウスと同等のはずなのに、どちらかと言えばグレイヴ公爵よりもユリウスにへりくだっているようだった。


 だから力関係どうなってんのよ。


 あとでユリウスかオーガスさんに聞けないかなぁと考えていると、不意に前方から「お父様!」と愛らしい女性の声が聞こえてきた。


 バルツァー伯爵の後ろから顔を出したのは、これまたとんでもない美少女だ。

 緩く波打つ金糸の髪に鮮血のように赤い瞳は猫のようにつり上がり、首元まできっちりとある深紅のエンパイアドレスは非常に上品な作りで、彼女の美貌を引き立てている。


 そんなつり目の美少女まで登場とあって、目の前の光景に華やかさが増したというか……なんかもう全体的に非常にキラキラしい。どちらかと言えばダークファンタジー寄りの存在が集まってるはずなのに目が痛いほどに眩しいし、えげつない程の顔面偏差値である。


「やぁ、バルツァー伯爵令嬢。急な訪問ですまないね」


 そう声をかけるユリウスが、ほんの僅かピリッとしたのは何故だろうと内心首を傾げていると、彼女は見事なカーテシーでユリウスとグレイヴ公爵に挨拶をした。


「ユリウス様、グレイヴ公爵様、お久しぶりでございます。我がバルツァー家にお立ち寄りいただき、誠にありがとう存じます」


 ところでそちらの女性は? と彼女が私を見つめて尋ねた。何故そこで私みたいなモブなんぞを気にされるのか。

 キラキラしい美少女に小首を傾げられて思わず「ひえっ」と声が漏れそうになるのを必死で耐えながら、失礼にならないように私も挨拶をしなければと焦ったが、何故か私が答えるよりユリウスの方が先に口を開く。


「あぁ、彼女は私の侍女だよ。道中私の世話をさせるために連れて来たんだ」

「まぁ。人間の娘に、でございますか? 慣れない屋敷では勝手も違ってさぞかしお困りでしょうし、よろしければうちの吸血種の侍女を自由にお使いになってくださいませ」

「いやいや、ご心配には及ばないよバルツァー伯爵令嬢。この子はとても優秀だからね」

「ふふふ、どうか昔のようにエリザベートと呼んでくださいまし。一度は婚約までした仲ではございませんか」

「私の記憶違いかな? 確か正式な婚約どころか候補の時点で婚約自体が白紙になったはずだが?」

「えぇ、とても残念なことです」


 ……何、このそこはかとなく冷気の漂う居た堪れない空気はっ!! しかも名前で呼んで、と愛らしく言われたくせにユリウスは頑なに名を呼ぼうとはしないし、婚約って何?! この二人元婚約者なの?! いや婚約者候補?? だとしても居た堪れないわ!! というか私はいつからあなたの侍女になったのでしょうか???


 疑問だらけだが一切疑問解決の機会は与えられず、私たちはグレイヴ公爵とユリウスそれぞれ別の部屋に通された。そうしてとうとう扉が閉まりヴァレンタイン家関係者だけになったタイミングで、私はようやくユリウスに向き直った。


「ユリウス様」

「うん?」

「いろいろお尋ねしたいのですが、婚約者とは?」

「元ね。しかも元老院の害虫共が自分たちの都合のみで勝手に用意した婚約者候補だ。尤も私は端から婚約などする心算は毛頭なくて、その話は二度と出ないよう徹底的に潰したがね」


 何やらいろいろと訳ありのご様子だ。多分深く突っ込まない方が良い案件だろうと一人納得する。というか元婚約者候補の家に使用人とはいえ女連れでやって来たんだから、そりゃ微妙な空気になるってものだ。……それともう一つ。


「……で、私はいつからユリウス様の侍女になったんですか?」


 まぁ、うん、そうだよね。なんて、何とも歯切れの悪い様子のユリウスをじとりと見つめると、彼は一つ長いため息をついて小さく言葉を落とす。


「何事もないとは思うが念の為、ね。なるべく私のそばを離れないようにしなさい」


 何事も……って何。やめて、これ以上妙な事に巻き込まれたくはないですっ!!


 突然の不穏さに私はぶるりと身震いしたのだった。

お読みいただきありがとうございました。

良かったらブクマ&

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