緑眼の使者
CV.津田健〇郎な伯爵に続き、CV.櫻井〇宏なキャラが追加されました。
千夜の警戒心がアップしました。
今宵は赤き夜。月は血を滲ませたように赤く染まり、城のバラは一斉に咲き乱れて豊潤な香りを漂わせ、主を祝福する。
赤いバラは主の魅惑的な唇、白いバラは主の気高さ、馨しい香りは主の魔力と他者を魅了する色香の象徴だ。どれもこれも主に相応しい。
彼は玉座に御座す主君を前に恭しく頭を垂れていた。優雅に足を組み替えた際の布擦れの音すら甘美であった。
「なるほど、それはなかなか興味深い」
そうであろう、と彼はほくそ笑む。自身が齎した報告は、ここしばらく退屈そうにしていた主君の好奇心をこれでもかと刺激したようだ。
「是非この目で確かめたい。……すぐに遣いを送れ」
「はっ」
すぐ側に控えていた者が音もなく闇に溶けると、主は未だ自身の前で頭を垂れる男に告げた。
「お前も共に行っておいで、サラヴィ」
「はぁい、『お母様』」
彼は面を上げ、にんまりと笑う。楽しい時間はまだまだ続きそうだ。
◆◆◆◆◆
ヴァンガルド国は様々な種族が暮らしている。女王ユリアーナの同族である吸血種をはじめ、悪魔や獣人、もちろん地方によっては人間もいるという。どの街も比較的どの種族も分け隔てなく暮らしているらしく、そのため街のほとんどは東西で昼型の種族と夜型の種族で生活圏が分かれているそうだ。
以前は差別になるからと同じ生活圏で共に暮らしていたのだが、生活リズムの違いによるいざこざが絶えなかったそうで、街の東は人間や獣人などの昼型種族、西側は吸血種や悪魔などの夜型種族と分かれていることがほとんどだとユリウスが教えてくれた。
彼曰く、よき隣人として共存するための区別であり、差別ではないとのこと。これは人間にも通じる理だ。
昼型人間と夜型人間がひとつ屋根の下で一緒に生活するのは、互いの配慮がどうしても必要になってくる。いらぬいざこざで険悪になるよりは、いっそ生活圏を分けた方が互いに気楽というものだ。区別はある程度必要なものなのである。
ちなみに、ヴァレンタイン伯爵邸はリュペスの街の北西、セイレム山の麓にある。北東には葡萄畑などの農業が盛んで、街の玄関口である南側には市場や商業が集まっていた。
「あ、おはようチヨ!」
「おはよう、ミルカ」
朝、私が街の南側の市場にやって来ると、真っ先に声をかけてくれたのは八百屋を営むミルカだった。
彼女は狼の獣人で、ポニーテールにした明るい炎のような橙色の髪に、同じ毛色のふさふさの尻尾とピンと立った三角の耳が愛らしい二十歳前後の容姿のお嬢さんである。長命の魔族なので実際は庭師のフレッドさんと同い年なのだというから驚きだ。
そしてこの街の住民は総じてフレッドさんよりも年上が多い。何なら彼のことを「フレッドの坊や」と呼ぶのだからお察しだ。私なんか赤ん坊くらいに見ているのかもしれないが、人間が彼らに比べてずっと短命であることも理解しているのでさすがに赤ん坊扱いはされない……と思いたい。とにかく彼らはとても親切にしてくれた。
「今日は良いシラユキリンゴが入ってるわよ。デザートにでもどう?」
「わー、いい香りだね。じゃあ二つ貰おうかな」
ミルカおすすめのリンゴを二つに、人参とキャベツ、それからナスを買うと、おまけね! とナスを一つサービスしてくれた。お得意様だからね、と彼女は笑うが、それだけではないことも知っている。
「ねぇチヨ、フレッドの具合はどう?」
「あー、まだダメそう。平坦な所だったらまだいいんだけど、階段の昇り降りはまだヒィヒィ言ってるし」
心配そうなミルカにそう告げると、彼女の愛らしい耳はペタンとしょげてしまった。
どうやらこのミルカは、店の常連であるフレッドさんにずっと恋をしているらしい。そして当のフレッドさんはと言えば、三日前に庭作業をしている際にぎっくり腰になり、現在屋敷にて療養中である。
その話をした時に彼女は大変ショックを受け、本当はあれこれ世話を焼いてあげたい気持ちを懸命に堪えているようだった。
「お見舞いに行きたいところだけど、昼は店もあるし、何より伯爵様がお休みのところを勝手にお邪魔する訳にもいかないしねぇ」
「私としてはフレッドさんを診ててくれる人がいてくれると安心なんだけどね」
屋敷には人間は私とフレッドさんのみ。あとはほとんどが吸血種の使用人たちなので、昼間に彼の介抱を出来る者がいないのだ。
一応見舞いの話は主人であるユリウスに話しておくとだけ伝え、私は買い物袋を抱えて屋敷に戻ることにした。
「……あれ? お客様かな」
結構な距離をえんやこらと帰ってくると、見慣れない豪華な馬車が屋敷の前に止まっていることに気づいた。
黒地に金の装飾に、扉の部分にはヴァレンタイン家とよく似た美しいバラの紋章があしらわれていて、相手が高貴な身分であることはすぐに察しがついたが、今は昼。主人はお休み中だし来客の予定も聞いていない。
おまけにいつも対応してくれるフレッドさんはぎっくり腰で伏せっているときた。私に貴族への応対など出来るわけもないが、だからといって門前払いする訳にもいかない。
さて、どうしたものか。このまま無視して裏から屋敷に入る訳にもなぁ。
なんて思いながらノロノロと歩き、とうとうその馬車のすぐ目の前までやって来た時、私はギョッと目を剥くことになった。
ほ、骨……っ?!
漆黒の馬車を引く四頭の馬は、てっきり逞しいサラブレッドかと思っていた。だが私の想像は大きく外れ、ブルルと鳴くその馬は一体何処から声を発しているのか不思議なほど肉がない。……というか肉がない以前に博物館で見るよりも立派な骨格標本であった。
驚きのあまり声が出なかった。人間びっくりしすぎると声って出なくなるのね。え、骨格標本がこんな豪華で重そうな馬車を引くの? マジで??
骨しかないこの馬達が一体どこを見ているのかすら分からない。そもそもこれは生きていると言っていいのだろうか。
初めて見るそれをついマジマジと見ていたら、クスリと笑う声が何故かすぐ後ろから聞こえた。
「スケルトンホースを見るのは初めて? 可愛いお嬢さん」
「ひょ……っ!?」
ユリウスとは別系統の……言うなれば櫻〇孝宏似のとろりとした甘い声が直接耳に吹き込まれ、私は心底驚いて飛び上がり、ばっと勢いよく振り返る。
チョコレート色の髪に新緑の瞳の、右眼に黒の眼帯をしたその人。黒地の軍服の胸元にいくつもの勲章を連ねているのと、こんなにも豪華な四頭馬車から出てきたと言うことは相当な身分の軍人なのだろう。慌てて頭を下げた。
「大変御無礼を致しました。何せ初めて見る馬でしたので、興味がそそられたのです。不躾な視線を送ってしまった非礼をお詫び致します」
「構わないよ。それより君はヴァレンタイン家の子かな?」
「はい、ヴァレンタイン伯爵家の庭師見習いでございます」
「そう、ならちょうど良かった。申し訳ないけど火急の用件でね、ヴァレンタイン伯爵に取り次いでもらえる? グレイヴが来たと言えばすぐにわかるはずだよ」
「承りました。すぐ主人に確認して参りますので、少々お待ちくださいませ」
深々と頭を下げ、私は急いで屋敷へと戻り家令のオーガスさんの自室を訪ねて来客を伝える。彼は私が来客の名を口にした途端ギョッと目を見開き、すぐに応接室にご案内するようにと厳命すると、慌てて屋敷の主人の元へと駆けていった。
とんでもない来客なのはそれだけで理解出来たが、何故そんなに重要な客人の案内を私に任せたのだ。完全なる人選ミスだと気づいて欲しかった。
◆◆◆◆◆
嗚呼、どうしてこうなった。何故私はここにいるのか。誰か教えて欲しい。
私は今、応接室にいる。頼みの家令は静かに主人の側に控えているだけだし、すこぶる優秀な従僕は無駄のない所作で客人と主人に紅茶をお出ししている。庭師見習いの私なんて絶対いなくていい存在なのに、何故か同席させられていた。それも一重にこの目の前の軍人様が私に同席しろと仰ったからである。何でだよ。
何を考えているのかわからない笑みを貼り付けたその方に対面する主人は、今までに見たこともないほどピリピリとしているのが付き合いの短い私でもよくわかった。
「うちの敷居は跨ぐなと言ったはずだぞ、カーティス」
「実の姉の脛を齧りながらこんな田舎に引き篭る臆病者のクセに、相変わらずよく吼えますね」
ひえぇ、何か一触即発のピリピリムード全開なんだけど、何なのこれ?!
普段はへらりとした情けない顔すら見せるへっぽこ伯爵が忌々しいとでも言いたげに眉を顰め、眼帯の美丈夫は朗らかな笑みを浮かべているが少々の胡散臭さを漂わせている。
そんな彼に私は警戒レベルを引き上げた。何せ櫻井〇宏ボイスはめちゃくちゃ癖の強い要注意人物になる確率が非常に高いのだ。
庭の仕事がありますので! と今すぐ逃げ出してしまいたい。しかしそうは問屋が卸さないのか、一つため息をついたユリウスが彼を私に紹介してきた。だから何でだよ。
「チヨ、彼はカーティス・グレイヴ公爵。こう見えてこの国の第一近衛師団長だ」
「改めまして、カーティス・グレイヴです。君が例のチヨだね?」
「(例の?)チヨ・アサバと申します。お会いできて光栄です、グレイヴ公爵様」
改めて丁寧にご挨拶を返すとグレイヴ公爵はニコニコとして、ユリウスは「私の時と随分態度が違うじゃあないか」と不満そうに言葉を零している。初っ端からやらかして好感度ゼロのうっかり伯爵に最低限の礼節を守ってるだけマシだと思ってほしい。
……って、ちょっと待って。公爵っ?!
ユリウスの態度から相手は同等かと思ってたけど、この人とんでもない上級貴族じゃない!! 敷居を跨ぐなとか呼び捨てとかどう考えても不敬でしょうが!! 何考えてんのこのポンコツ伯爵は!!
「ふふ、とても可愛らしいお嬢さんだね。それにユリウス様と並んだら面白いくらいに絵面が犯罪だ。しょっぴいた方がいいかな?」
「面白い事を言うね。グレイヴ公爵はこのリュペスにも我が屋敷にも訪れてはいない。当然チヨの事だって知らないし、何も問題はない。そうだろう?」
「残念ですけど、僕がここに来たのは他でもない、女王陛下直々のご命令ですからね。僕を始末して証拠隠滅しようとしたって無駄ですよ」
くすくすと上品に笑ってグレイヴ公爵はそう言いユリウスは至極不愉快そうに顔を顰めているが、私はざっと血の気が引いていた。
公爵を始末とか何考えてんだポンコツ伯爵がーっ!!
お家取り潰しとかになったらどうするの?! あんたは別に良いけど領民と屋敷の使用人たちのこと考えて! 今すぐはっ倒して土下座させたろか、大馬鹿伯爵!! はよ公爵に詫びろ!!!
言いたいのに言えない。胃がキリキリするのはどうやらオーガスさんも一緒らしく若干顔色が悪い。わぁいお揃いだね、あとで一緒に胃薬飲もうね。
……あれ? ちょっと待って、何か今ちょっと違和感があったような……。
「それで、こんな田舎町に第一近衛師団長が一体何をしに来た」
「我らが女王陛下より、先の異世界キメラ事件についてヴァレンタイン伯爵および契約者のチヨ・アサバに登城せよとのお達しです」
「私も、ですか?」
「キメラ事件の報告はサラヴィに任せていたはずだろう。陛下が私に一体何をお聞きになりたいと?」
「陛下はキメラ事件の早期解決をお望みです。そしてその任を貴方にお命じになるおつもりかと」
ちらりと隣を見上げると、紅茶のカップに口を付けながらユリウスはすっと目を細めて公爵を見据える。肌がピリピリと刺すように痛い。多分、相当機嫌が悪そうだ。
「キメラ事件は当事者死亡で解決したはずだ。大方青方が聞きたいのは契約者のことだろう」
「それも含めて、ですよ」
ぞくりと悪寒が走った。眼帯に覆われていない方の緑の瞳がユリウスから私へと移って笑うように細められるが、先ほどからの朗らかさではない何かを感じた。
多分この人はとても怖い人だ。CV.櫻井〇宏は伊達じゃないということか。直感大事。大人しくしとこっと。
「というわけで、彼女も一緒に女王陛下と謁見なので、我儘言わずにとっとと支度してくださいね、ユリウス様」
にこやかな笑みを崩さぬまま、グレイブ公爵はそう言う。
彼の方が位は上なのに、なんでユリウス『様』なの? そして……今なんつった公爵様っ???!! もしかして今から行くってか?!
ぽん、と肩を叩かれる。振り向けばオーガスさんが「諦めろ」と言わんばかりに渋い顔で緩く首を横に振っていた。心の準備をする時間を切実に求む!!!