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好感度パラメータは最低値です

 私、人間種の浅羽 千夜がヴァンガルド国伯爵ユリウス・ヴァレンタインの屋敷にやってきて早一月が経つが、この唐突に始まった異世界での生活にもだいぶ慣れてきた。


 ユリウスによって客人から正式に庭師見習いとして屋敷で雇われることになった私は、庭師のフレッドさんについて本格的にローズガーデンの手入れに精を出している。


 朝と夕方の二回、主人の食事用のバラを収穫し、水遣りや肥料、剪定方法や害虫防除など付きっきりで教えてもらう。覚えることはたくさんあって、花を育てるなど小学校の朝顔とひまわり以来の私は慣れない庭作業にてんてこ舞いだ。


 それでも天気のいい日に外で食べる昼食や、作業の合間に飲むよく冷えた水は格別で、会社勤めの毎日からは想像出来ないほどに穏やかで健康的な生活をしている。


 労働環境は極めてホワイト。吸血種の使用人たちも突然増えた人間の同僚に比較的好意的だ。なんなら頼りにされていると言っていい。


 何故なら……


「ユリウス様、お目覚めの時間です。起きてください」

「んん…………もう、にじかん…………」


 そう寝惚けた事を宣い、すやすやと惰眠を貪るのは屋敷の主人、ユリウス・ヴァレンタイン伯爵。彼はとんでもなく寝汚い吸血種なのだ。


 使用人たちの話によれば、彼は入眠選手権があればぶっちぎり優勝するくらい寝つきがよく、かつ何度起こしてもすぐに夢の世界へと旅立ってしまい、その寝汚さで毎日使用人たちを困らせているらしい。


『え、でも夕食……じゃない、朝食の時はいつもシャキッとされてましたよね?』

『それはチヨが客人であったからです。ユリウス様は屋敷の者しかいないとなると、途端にダメになるのですよ』


 とは執事長のオーガスの言葉である。現に私が正式に庭師見習いとして雇われることになった翌日夕方、ユリウスは正しく麗しき貴族然としていたのが嘘のように寝ぼけ眼で食事の席に顔を出した。耽美さなど欠片もないだらしない大人がユリウスの席についた時には、私はびっくりして三度見したほどである。


 そしてそんなユリウスの策略によってまんまと契約を結んでしまった私は、正式に雇われてからというもの、庭師の仕事の他にこの寝汚いユリウスを起こすという重要かつ至極面倒な仕事まで請け負うことになってしまったのだった。


「ユリウス様、起きてください。朝食の準備が出来ていますよ」

「んん、む……」


 揺さぶっても起きない。毛布を引っ張ったらムニャムニャ言って引っ張り返して巻き込んでしまう。

 私は長いため息をついてから、厨房から失敬してきたフライパンとお玉をさっと取り出し、古典的な手法で目覚めを演出してやった。


 カンカンカンカンカンカンカンカンッ!!


「ユリウス様、夜です。おはようございます」


 カンカンカンカンカンカンカンカンッ!!


 リズム良く叩きながら何度も何度も同じ言葉を繰り返す。するとユリウスは眉間に盛大な皺を作って、ヤクザの組長の如き人相の悪さで私を睨みつける。が、これは怒っているのではなく単純に眠いのと視力が悪いからだ。初日にこの顔を見た時は心底ビビったし、なんなら殺されるのではと震えたものだが、今はすっかり慣れた。


「チヨ……もう少しやさしく起こしてくれと、何度言えば聞き入れてくれるのだね……」

「放っておくと気持ちよく二度寝なさるユリウス様がいけないんだと思いますよ」

「うぅぅ……」


 不満げに唸りながらもぞもぞと起き上がると、ふあっと一つ欠伸をする。作画コストの高いイケおじかつCV.津田〇次郎がこんなゆるゆるダメ人間……もといダメ伯爵でいいんだろうか。

 痛む頭をそっと押さえていると、彼はじとっとした目を私に向けてこう言った。


「それから、仮にも私の契約者なのだからユリウスと呼んでおくれ」

「雇い主が何をおっしゃいますか。ほら早く起きて支度してください」


 ユリウスが食事をしないと片付かないのだ。

 ふと以前母に「早くご飯食べちゃいなさい」と怒られたのを思い出し、きっと母もこんな心境だったんだろうなとしみじみ感謝しながら彼の自室を後にした。





 食事を終えて就寝までは自由時間である。というのも庭師の仕事は基本的に日中が主だからだ。


 のんびり過ごす事がほとんどだが、最近ではこの国の歴史書を読むことが多い。ユリウスによって元の世界ではまさかの死亡扱いにされているため戻ることが出来ず、この世界で暮らしていくしかないのであれば基礎知識くらいは頭に叩き込んでおくべきだと判断したからである。というかあの伯爵本当に余計なことしかしないな。


 え、死亡フラグをへし折って助けてもらっただろうって? そもそもユリウスがあちらの世界でうっかり行き倒れたりしなければ私は巻き込まれずに済んだのだ。それをうっかり襲ってちゃっかり証拠隠滅と言わんばかりに拉致し、挙句にあちらで勝手に死亡扱いにしてくれた。むしろ通り魔事件の犯人が変貌した時だって私がいなければ三人揃ってお陀仏だったのだから、そういう意味では私はあの人を二度助けたことになる。恩人に何て仕打ちだこの野郎。衣食住の確約くらいしてくれなければ割に合わないじゃないか。閑話休題。


 とにかく、特にこのリュペスの街は人間以外の種族が圧倒的に多い。人間である私がここで生きていくためには、彼らの修正や風習を理解し、彼らに合わせて穏便に共存していくしかないのだ。


 その辺は大先輩のフレッドさんにも世間話のついでに教えてもらったりしているが、吸血種のことは吸血種に聞くのが一番。食事の時に同席している吸血種の使用人たちに色々と質問したりしていたのだが、それを耳にしたらしいユリウスが何故か不満の声を挙げた。


「何故、契約者たる私に訊ねないのだね。君にとって私ほど適任者は他にいないと思うのだが」

「いえいえユリウス様。私は就業時間外の使用人、あなたは就業時間内の伯爵様。お尋ね出来る時間と立場が一体どこにあると?」

「立場を重んじる君は素晴らしいが、そればかりに目を向けていては視野狭窄的になるのでは?」


 と言われましても。というかそんなイケボであからさまに拗ねられましても困りますし、私に構ってないで仕事しなよ。あとお前私の中で好感度最低値だからな?


 喉まで出かかった言葉を何とか飲み込み、せっかくのご好意なので(というより都合が良い)、私はユリウスの時間がある時には彼の執務室で特別講義を受けていた。


「あぁそうだチヨ、明日の午前中に街に降りるから支度をしておきなさい」

「? あ、はい。いってらっしゃいませ?」


 いや支度って、私は庭師見習い兼目覚まし係なだけであって侍女ではないんですけども。


 疑問に思いつつもそう返すと、彼はそうじゃないとでも言いたげに顔を顰めた。


「君も一緒に行くのだよ」

「え、何故?」

「件の事件の後始末で忙しくて時間が取れずに君には自重させてしまっていたが、ようやく落ち着いたし、君も一人で買い物に出られるよう街を案内しようと思ってね」

「え、そんな別に良いですよ。それこそフレッドさんと一緒に……」

「私が君を連れて歩くことにこそ意味がある。この意味がわかるね?」

「あ、はい」


 ルビー色の瞳が間接照明の明かりを受けて煌めく。


 ユリウス・ヴァレンタイン伯爵自ら街を案内するということは、すなわち浅羽 千夜という人間は彼の庇護下にあると明言するも同意だ。魔族に比べて圧倒的弱者である人間にとってそれは直接的に命の保証に繋がる。尤も街での行いがそのままヴァレンタイン伯爵の名誉にも直結することになるので、人間側としても下手なことは出来ない。快適な生活がかかってるのでしないけども。


 でもなぁ、いまいち信用できないと言いますか……。


 私は彼を見た。


「何か心配事でも?」

「ご自分の胸に手を当ててお考えになってみてはいかがでしょう」

「思い当たる節がないから聞いているのだが」


 多分、私の顔は今度こそ歪んだに違いない。


 一ヶ月前、例の通り魔事件の事件現場を回って歩いた時のことを私は今でも昨日のことのように思い出せる。あの時は本当に大変だった。だってこの人、すぐにふらっといなくなるんだもん!


 事件現場を見に行きたいから案内してくれって強引に私を連れて行ったのは自分のくせに、やたらと好奇心旺盛で気になるものがあればすぐに立ち止まる、消える、道を逸れる。最終的には手を引いて連れまわしたのだが、やたらと顔が良いせいで何の拷問だと発狂したくなるほど目立ちまくったのだ。あの二の舞は嫌だ。絶対に嫌だ!


「チヨ、チヨ。歳若いお嬢さんがしていい顔ではないよ」

「私をこんな顔にさせているのは、紛れもなくヴァレンタイン伯爵、あなたです」

「他人行儀な呼び方は好きじゃない」

「次勝手に迷子になったら、オーガスさんにあの日浮かれはしゃいで何度も迷子になりかけたあなたのことをご報告します」

「大丈夫だ、さすがにリュペスの街では迷子にならないさ」


 だからオーガスには内緒だ。いいね? 街で何でも好きなものを買ってあげるから。ね?


 ニコニコと笑いながらユリウスはそう言う。よっぽどオーガスさんにお説教されるのが嫌らしい。


 まぁこれだけ脅しておけば大丈夫かな。




 なんて、浅はかなことを考えた自分を殴りたい。


「あのポンコツ、絶対許さん」


 翌日、私ははじめての街ですぐにふらっと隣から消えていなくなる主人探しに何度も奔走する羽目になり、彼の言動を包み隠さず詳細に執事長のオーガスさんに報告してやった。引きつった笑顔で助けを求めるユリウスの顔にすっと胸のすく思いで、私はにっこり笑って「それでは私は庭の仕事がありますので、失礼いたします」と華麗に退室してやったのだった。

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