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迷子の悪魔 後編

 金の瞳が愉快そうに私を見下ろしている。ニンマリと笑った口元は三日月を描き、ユリウスと似た鋭い牙が顔を覗かせている。


 嗚呼、彼も人間ではないのだ。そう思うのに不思議と恐怖を抱かないのは、こちらを見つめる金の瞳が言動の割に理性的に見えるからだろう。


 これが演技で、相手を魅了し身動きを封じる術であったなら、私は呆気なく頭からペロリと食べられていたかもしれない。

 しかし彼は呆然と見上げる私の頭を、まるで幼子を褒めるかのようにポンポンと軽く叩いてすぐ隣に降り立った。


「人間の女の子ってみぃんな弱いしナイフ向けただけでビクビクする小動物だと思ってたんだけど、君は違うんだねぇ。すごいすごい」

「え……?」

「こらこら、そう褒めないでくれサラヴィ。ここはきちんと叱るべきところだよ?」

「そぉ?」

「そうなの。……まったく君って子は、あんな危ないことしちゃ駄目じゃないか。相手が素人だったからいいものの、怪我をしたらどうするんだい?」


 え、いやでもこの悪魔にナイフ持った相手の前に突き出されたし、そもそも危ないことに巻き込んだのはユリウスだよね?? なんで私が説教される流れなんだ? 解せぬ。


 思わずむっとすると、サラヴィという悪魔は契約者を昏倒させた相手である私の頭を今度は容赦なくぐしゃぐしゃとかき混ぜ、さてと、と女を見下ろした。


 ちらりと横目で見上げると、サラヴィの満月のような瞳がギラギラと輝いているのがわかる。まるで行き倒れていたユリウスが私を見下ろしていたあの時の目と同じだ。


「その人、どうなるんですか?」

「ペロッと食べるんだよぉ」

「食べる?!! え、警察は??!」

「それはこの世界の人間の法でしょぉ? ボクには関係ないもーん」


 私はユリウスを振り返ったが、彼は緩く首を横に振った。


 悪魔は気まぐれであり、また契約者が己と契約するに値しないと判断した瞬間主従関係は一変する。そして身に余る力の代償は使役する力に比例するのだと彼は言う。


 つまり敗北した契約者の魂は、使役の枷が外れた悪魔のもの。悪魔召喚をした者の末路というものは、総じて大差ないのだそうだ。


「チヨ、同情なんてしてはいけないよ。何せその女は悪魔と契約して君たち人間を殺害しているんだからね」

「そう、なんですけど……」


 どちらかと言えば同情なら犯人ではなく被害者の遺族に対して感じているのかもしれない。

 ある日突然娘を、妻を、家族を奪われ、その悲しみと怒りの矛先たる犯人をここで失うということは、遺族にとってどれほど無念であろう。


 なんて、私がそんな事を考えること自体烏滸がましいのだけれど。


「ほらチヨ、危ないからこちらにおいで。サラヴィ、さっさと終わらせてくれ」

「はぁい」


 目の前で人間が食べられる姿を見たいとは思わない。出来ることならせめて私から見えないようにして貰えないだろうか。


 薄情と言うなかれ。私はこの人の友人でもなければ知り合いですらない。その上殺されかけたのだから同情なんて以ての外だ。ただ目の前で人が死ぬのを見たくないだけ。


 もう二度と。


 ――――二度と、ってなんだろう。内心首を傾げたその時だ。ゾクリと悪寒が走って女の方に目を向けたとほぼ同時に私の体は何かに引っ張られて大きく後方へと飛んでいた。


「な、なに、」

「……ぐ、」


 すぐ後ろで小さく呻き声が聞こえ、すぐにユリウスが私を抱えて後方に飛んだのだと理解できた。でも今の呻き声は?


 ばっとすぐさま彼を見上げると、目に飛び込んできたのは赤だった。

 長い黒髪が流れ落ちるその奥。スグリのような鮮やかな赤がそこにあるはずなのに、今は片方の目蓋が閉じられ、その上を二本の長い傷が走っている。


 ぽたりと、私の頬に彼の血が落ちた。


「ユリウス、様……?」

「チヨ、怪我はないかい?」

「わ、たしは……でも、」

「うわダッサァ。いっつも引きこもってるせいで腕鈍ったんじゃなぁい? それとも歳かなぁ?」


 隣からサラヴィのそんな言葉が聞こえてきて、そんな言い方、と言いかけたが、彼を見た瞬間私は言葉を失う。

 ヘラヘラと笑うサラヴィは左肩から先がごっそりとなくなり、ボタボタと血を流しているではないか。


「え、なに、それ……」

「喰われちゃった」

「うん、それは見れば判る」


 面倒臭いなぁ。とユリウスが心底げんなりした声音でぼやくが、面倒臭いで済ませていい話ではないと思うのは私だけだろうか。


 早く手当しないと……救急車呼ぶ? でも吸血鬼って人間の病院でいいの?


 半ば現実逃避だ。わかってる。


 でも目の前の現象から目を逸らしたくて仕方なかったのだ。


 何故か。


「ところでサラヴィ、君は一体いつの間にキメラと雇用契約を結んだのだね?」

「さぁ? ボクが契約した時は人間の女だったはずだけどぉ。あ、そういえばお母様も『女は化ける』って言ってたけど、こういうこと? すごぉい!」


 それ多分こういう意味じゃないと思うんですけど……っ???!


 叫びたかったが声が出なかった。


 昏倒した女がいた場所には黒い”何か”がいた。私の二倍くらいはあるそれはゆらりと伸び、ユリウスがキメラと称した通り何かを継ぎ接ぎしたような歪な存在が天を仰ぎ咆哮する。。


「オォォォォォォォオオオッッ!!」


 何重にも聞こえるおぞましい声。ビリビリと空気が振動し、思わず耳を塞ぐ。と、それが両手を地に付けたかと思えば私たちのすぐ足元から何かが飛び出してきて、私を抱えたユリウスとサラヴィが同時に跳躍した。


「うげぇ、あれボクの腕だぁ。無断使用禁止ぃ! 使うなら使用料払えよぉ!」

「サラヴィの影移動と爪による攻撃を会得したか。それに制限有りとはいえ私を攻撃した上で魂を得ているはずのサラヴィの腕を喰らう攻撃力とスピード……うぅん、いよいよもって面倒だなぁ」

「面倒って言ってる場合ですか?! う、うわっ!」


 こちらに息つく間も与えず連続攻撃に晒されるが、私を抱えたユリウスはひょいひょいと華麗に交わしながら唸った。面倒臭い、想定外の労働だ、腹が減ったなどなど。片方の視界を失っているとは思えないくらい飄々と……否、文句たらたらである。


「サラヴィ、君の元御主人様だろう? 早く何とかし給えよ」

「ボクの御主人様はあの方だけだ、ぶっ殺されたいのぉっ?!」

「判った判った。なら元君の契約者を早く何とかしておくれ。私片目潰れてるし、か弱いお嬢さんを抱えたまま避け続けてるし、もう疲れたのだけれど」

「ボクなんか片腕吹っ飛んでるけどねぇ!」

「……チッ」


 ユリウス、今舌打ちした。常に上品なお貴族様みたいなユリウスがヤクザ顔負けの鋭い舌打ちをしたの、私しっかりこの耳で聞いたからね。すごくびっくりして思わず彼を凝視してしまったけど、ユリウスはそんな私の視線など毛ほども気にした様子もなく、うーんと唸っている。


 キメラはサラヴィの腕を取り込んだ影響故か彼の超回復スキルまで取得しているのか、彼らの攻撃を受けてもすぐに回復してしまう。サラヴィが切り飛ばした足は三秒で再生し、ユリウスが放った炎が体を焼いてもすぐに元に戻って怒りの咆哮を上げながらさらに攻撃に転じてくる。


 廃墟ビルの屋上に降り立ち、ユリウスが片膝を付く。キメラの超回復にうんざりとした声を上げるサラヴィも、足元がふらついていた。


「ふむ、跡形もなく一気に吹っ飛ばさないと駄目か……」

「ボク、防護魔法かけるくらいしかもう出来ないからね」

「やれやれ、仕方ない」


 先程とは比べ物にならない程、黒く禍々しいオーラを纏うキメラが勝利の雄叫びを上げる。


 周りの音が聞こえないくらい、自分の心臓の音が煩い。今度こそ私はここで死ぬのだろうか。こんな訳のわからないことに巻き込まれて?


 じわりと視界が滲んだ、その時、私を抱く腕がさらに強まった。


「チヨ。君に選択肢をあげよう」


 こんな絶体絶命の状況下で、私にそう告げる声はどこまでも静かで、場違いなほどに穏やかだった。

 私はユリウスを見上げた。未だ額から頬にかけての傷は酷く血を流しているというのに、残ったもう一方の瞳は恐怖も焦燥もなく、どこまでも凪いでいる。


 不思議だ。世界から彼の声以外の音がなくなった。


「このまま私たちと一緒にキメラの体の一部になるか、それとも私に血を差し出して全員で生き残るか。好きに選びなさい」

「……それ」


 ……私に選択の余地、ある?


 そんな私の問いかけに彼は一拍間をおいたあと、実に爽やかに「ないね」と笑った。

 答えなど、一つに決まっているじゃないか。


「私、死にたくない」


 彼の手が私の首筋を流れる髪を払う。


 なら契約成立だ、と低く囁く声が聞こえた直後、恐怖を覚える間もなく彼の牙が私の首筋に深く突き刺さった。


「~~~~っ!」


 じゅるりと血を啜るおぞましい音が耳のすぐそばで聞こえるが、何故か痛みを感じなかった。そしてそれと同時に体を駆け抜けたのは痛みではない別の刺激。それが何であるかを理解するのを拒否した私の意思に反して、体は妙に熱く燃えているかのようだ。


「あ……っ」


 震える膝からとうとう力が抜けてその場にへたり込んだ私の髪を撫でたその人は、渦巻く熱風に黒髪を遊ばせ、真っ赤に光る両の眼で私を見下ろし悠然と笑って見せた。


「大丈夫だ。あとは私に任せて、君は少し眠りなさい」


 その声に誘われるように瞼が閉じていく。

 その向こうで黒い炎の柱が天を貫くように迸ったのを見た気がした。















◆◆◆◆◆




 目が覚めたらすべてが終わっていた。


 向こうの世界に渡った悪魔サラヴィがきっかけとなった連続通り魔事件は、犯人死亡によって幕を閉じた。キメラへと謎の変貌を遂げた犯人は、吸血によって一時的に力を得たユリウス・ヴァレンタインの炎によって跡形もなく燃えたため、未だ多くの謎を残し現在も調査中なのだという。


 これにて一件落着。そして私はと言えば、無事に家に帰れる……





 ……訳がなかった。


「わ、私がユリウス様と契約状態になってるから向こうに帰れないっ?!」


 私、あなたと契約なんて結んだ覚えありませんけど?!


 そう噛みつく私に彼はにこにこと笑って説明した。


 あの時、ユリウスは"制限渡航"であちらの世界にいた。それはつまりあちらの世界に悪影響を及ぼさないよう、本来の三割程度まで能力を制限された状態だったということらしい。

 ところがあの異常に強いキメラを一撃で倒すには、本来の三割程度の力しかないユリウスや深手を負ったサラヴィではどうあっても勝てなかった。おまけに"召喚"とは違い契約者なしで制限を外すことは出来ない。


「よって君と契約を結び召喚という形に強引に書き換えた上で制限を解除し、敵を打破するのがあの場での最善策だった、という訳だ」


 ご理解いただけたかな? と小首を傾げるユリウスの無駄に整った顔面を心底殴りたいと思った私は何も間違ってはいないと思う。


「じゃ、じゃあ契約を破棄してください!」

「うーん、あらゆる災厄から君の命を守るという契約を破棄するのも双方にとってかなりリスクを孕むものだ。私としても契約破棄で半身ごっそり持っていかれたくはない。かといって、自分で言うのも何だが私はこれでもこの国ではなかなかの地位にあるから、おいそれと契約者たる君と向こうで永住することは出来ないし……」

「なんかさらりと勝手に大層な契約結ばされてるっ?!」

「まぁ安心し給え。あちらの世界で君はすでに死んだものとして処理されているし、こちらでの生活はこの名に誓ってきちんと保証しよう。何せ私の大切な契約者殿だからね」

「ちょ、ちょちょちょっと待ってください! あの時ユリウス様は自分たちと心中するか、それとも血を差し出して全員で助かるかどちらか選べって言っただけですよね?! 何でそんな大事になってるんですか?!」

「だって君、言ったじゃあないか。『死にたくない』って」


 それがどうして『あらゆる災厄から私の命を守る』という拡大解釈になるのだ。


 だらだらと嫌な汗が流れていく。彼はというとにっこりと笑ってこう宣った。


「そういう訳だから諦めてうちで働くと良い。フレッドももう高齢だし、丁度庭師を継ぐ人間が欲しかったのだよね」


 つまり、最初からこういうつもりだったということだ。


「こ……この、悪魔……っ!!」

「違うよ、チヨ。私は悪魔ではなく吸血種だ」





 こうして私は、吸血種ユリウス・ヴァレンタイン伯爵の契約者となり、同時に彼の屋敷の庭師として働くこととなったのだった。いつか絶対殴ってやる。

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