続・あくの強い義姉(予定)と民族衣装なカノジョ
続きものですので、前作のあくの強い義姉(仮)と民族衣裳なカノジョを先にお読みください
加奈がパニックになっている間に写真を数枚撮り終えた俺は、大満足していた。何らかの切り札になりえるかもしれない最強の物だ。目の前にいる被写体からはものすごい殺気を向けられているけど。
俺は、画像フォルダを確認しつつ、最初から気になっていたことを加奈に質問した。
「そういえば、お姉さんなんでこっちに来ているの?」
「私の写真を全部消してくれるなら、答えてやらんでもない」
「それなら、別に知らなくてもいいか」
「何でも答えますから私のディアンドルの写真を全部消してほしいですお願いします」
いい年をしたオトナの本気涙目懇願だった。
本当に嫌そうだったったので、本人監修のもと許可が唯一得られた写真だけ残して、しっかり消去してあげることにした。
俺のスマホを加奈が操作し、ディアンドル姿はほとんど消去されてしまった。俺の脳内画像ホルダーのスペックを信じるばかりだ。
「それで、話を戻すけど、何でも答えてくれるんだよね?」
「当たり前だが、何でもって意味じゃないからな」
予防線までばっちり張られてしまった。
「それで、姉さんに関してだが……私をモデルにしたいらしい」
俺が妙なことを言い出す前にということなのか、加奈はやや早口で当初の質問に答えてくれた。
「え、モデル?」
「そう、姉さんの趣味なんだが」
「そこから先は、お姉さんがお答えしましょう!!!」
「うお」
「姉さん……」
リビングで寝かせていた加奈姉は突然むくりと起き上がった。ちょっとビビった。
「ちょっとまて、姉さんいつから起きていたんだ」
「それはもちろん、加奈ちゃんが卓也くんとイチャイチャしながら撮影会をしていた時からよ」
「撮影会は、してない!」
確かに、俺は不意打ちで撮ったので、撮影会というより盗撮が正しいかもしれない。我ながらきもいな。そんなことより、
「あのー、加奈さん?」
「盗撮犯はだまっててくれ」
「だめよー加奈ちゃん、いくら恥ずかしいからってそんなこといっちゃ。それに、あなたいちゃついていたことを否定してないってことは、それなりに楽しかったんでしょ?」
「っくぁqせrfrft!!!!」
さすが実の姉、手心というものがない。加奈は、真っ赤になりながらリビングから駆け出し、洗面所に突っ込んでいった。声にならない叫びとともに、水音が聞こえる。いや、マジで何してんの。
◇
「あらあら、加奈ちゃんったら照れ屋さんねー」
加奈姉は、妹の奇行をにこにこしながら見送っていた。ある意味この人のせいな気もするので、割りと愉快犯なのかもしれない。そんなことを思いながら、俺は口を開いた。
「あのー、どうお呼びすれば良いですかね?」
「あ、ごめんなさいね。お義姉ちゃんって呼んでください」
「それじゃあ、お義姉さんと呼びますね」
俺がそう言うと、何故か加奈姉は目を大きく開いた。え、なにかビックリさせること言った?
「いえ、ごめんなさい。まさか、素直に受け入れられると思わなかったのよ。なら、私も義弟くんって呼ぶわね」
「斬新な呼ばれ方ですね」
思わず心の中で思っていたことが、口から出てしまった。
普通、義姉はともかく義弟って呼ばない気がする。
加奈姉改めお義姉さんは、気を悪くした様子もなくコロコロと笑った。
「冗談よ、卓也君って呼ぶわね。それと、これあげます」
「あ、すいません」
渡されたのは、名刺のようだ。キャラクターのイラストが背景に透かされており、SAYAという文字が印刷されていた。なんか、すごく見たことのある絵柄だ。
「えーと、さやさん?」
「あー、それは趣味の方で使ってる名前ね。本名は、沙彩よ」
ようやく、本名を入手した。俺はもう、義姉さん呼びで固定するつもりだけれど。
それよりも、気になることが一点ある。
「その、つかぬことをお伺いするんですが」
「何かしら?」
「イラストレーターされてますよね?」
さっきの名刺の絵柄や、加奈をモデルにしたというところから考えても、多分間違ってないはずだ。ただ、ひとつ気になるのは確実に、趣味なんてレベルの人ではないということだけど。
果たして義姉さんは、うなずいた。
「あ、やっぱそうなんですね」
「ええ、ちょっと事情があって加奈ちゃんには、お絵描きが趣味っていうことにしてますけど」
「事情?」
家族に隠す必要がある事情とは一体何なのだろうか。
「その、私の作風がね……」
「あー……」
確かに、それなりにきわどい服装の女の子を好んで描かれるタイプだった気がする。
あれ、ということはだ。
「もしかして、モデルにしてきたということは……」
「それはないわよ流石に。可愛い妹に、あそこまできわどい服装をさせるわけないじゃない」
「安心しました……」
別に俺がそれほど姉妹間のやり取りに口を出す訳じゃないけど、あくまでモデルでありイラストとは似ても似つかなくなっているとはいえ、加奈のあれな姿が元になっているイラストが不特定多数にさらされているというのは、ちょっと嫌だ。それも、本人が公認ならまだしも、 加奈は実の姉がプロのイラストレーターとは知らないみたいだし。
あれ?そうなると、またもや同じ疑問が。
「なら、モデルってなんの?」
「あれは、完全に私の趣味よ!妹を、着せ替え人形にできるのは、姉の特権よ!」
「あ、そうですか」
ある意味加奈の認識は、一切間違えてなかったのだ。というか、この人は加奈を着せ替え人形にするというためだけに、今日はこっちに出てきたのか。
なんというか、バイタリティがすげえな。
◇
その後義姉さんは、加奈が物理的に頭を冷やすついでに脱ぎ捨てたディアンドルを回収して、去っていった。主婦でもある義姉さんは、夕飯の準備があるらしい。
俺も当初の予定どおり夕飯の仕度をしつつ、先ほどまでのある種幻想的な趣もあった服から、いつもの洗いさらしたジャージに着替えた加奈に話しかけた。
「お義姉さんすごい人だね」
「……そうだろう」
すごく重みのある同意が得られた。
「私は、あの姉さんの手綱をキッチリ握っている義兄は本当にすごいと思っている」
「手綱って……」
実の姉を、暴れ馬扱いしてるのか。いや、実の姉だからこそなのかもしれない。
俺は、少し遠い目をしながら、食材を取り出そうと思って加奈宅の冷蔵庫を開けた。
「あれ、このタッパーどうしたの?」
きんぴらごぼうや、ほうれん草のおひたし、ポテトサラダなどの、いわゆる常備菜が作り置きされていた。加奈のずぼらさからして、加奈自身が作ったということはないだろう。
「姉さん……いつも要らないっていってるのに……。捨てておくから、冷蔵庫から出しておいてくれ」
「いや、それはしちゃダメでしょ、せっかくこんなに美味しそうなものを作ってくれているのに」
食欲をそそる色つやをしているきんぴらごぼうを、行儀は悪いが箸で少し掴んだ。味見をしてみよう。
この行為は、俺の人生で最も愚かだったと断言できる。
本当はもっと前に、気づくべきだったのだ。加奈は、生活力は捨て去っているが、食べ物を粗末にするなんてことは絶対にしないのだ。そんな彼女が、何だかんだで慕っている姉が作り置きしてくれた食材を廃棄しようとするなんて、普通ならあり得ないと。
「卓也、間違っても食べるんじゃないぞ」
加奈が俺に警告したときには、牛蒡は既に口のなかだった。
一言でいえば、ケミカルでマジカルで宇宙の味がした。
「卓也……おい、卓也しっかりしろ!」
うっすら薄れゆく意識のなかで、俺はひとつ知った。
義姉は、ガチの殺人料理を作れる女性だったのだと。