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もみじに連れられて青藍の所に向かうと焚火に当たりながら無表情でありながらジト目でこちらを見つめてくる青藍と目が合う。
「遅いー、お腹空いてもう歩けない」
「そんなに時間たってないと思うんだけど。というか私のお野菜上げたでしょ?」
「野菜もいいけど、お肉が食べたい」
「あ、そうだ今更なんだけどどうしても食べられないものってあるかい? 例えば玉ねぎとか」
「なんで玉ねぎかは分からないけど、大丈夫だよ。この体になってからはなんでも食べられるようになったから」
「人の姿になれるようになると何か変わるのかい?」
「え? あー、多分、お兄さん勘違いしてます。私たちは元から人ですよ。人の姿から狐の姿になれるようになったのが私で、猫の姿になれるようになったのが青藍ちゃんです」
「え、そうなのかい? あー、それなら何でも食べられるのかな。好き嫌いとかもないのかい?」
「ないですよ。青藍ちゃんもないです」
「そっか、それなら安心だ」
もみじと青藍に確認をした後に静人とかなでは調理を開始する。早く食べたいというのは分かっていたので、できるだけ早く下準備を終わらせ焼く工程に入る。
「まさかおにいさん達が帰って来てからも待たされるとは……、このお肉が焼ける音と匂いがきつい……」
「青藍ちゃん、よだれよだれ」
「じゅる、おっと、危ない。でも、この匂いはしょうがないと思うんだよにゃあ」
「口調も崩れてきてるからね? まったくもう」
「そういうもみじちゃんだってよだれ垂れてきてるわよ?」
「ふへ!?」
「ふっふっふー、もみじちゃんもこの匂いには抗えないようだね」
「う、この匂いがずるいんだもん。いつもはもっとこう普通だもん」
「別に恥ずかしがらなくてもいいのよ? はいこれ、小さいのが焼きあがったわ」
「「ごくり」」
もみじと青藍は目の前に出されたハンバーグを見て、というか匂いを嗅いで、尻尾が見えたら振ってるのではという表情で釘付けになっている。なぜかつばは飲み込むが食べようとしないもみじ達にかなでは首を傾げる。
「あれ、どうしたの? 食べないの?」
「た、食べてもいいの?」
「食べてもらいたくて作ったのだから、むしろ食べてもらわなくちゃ困るわ。ほら、まだまだ作ってるから遠慮せずに食べて!」
「「い、いただきます!」」
もみじと青藍は手を合わせると目の前にだされたハンバーグを無我夢中で食べた。美味しいからかどんどん食べながらも終始笑顔だ。そして、一つのハンバーグを食べ終えるのと同時になぜか二人とも涙をこぼしている。
「え!? どうしたの!? おいしくなかった? 苦手なものとか入ってたのかしら!?」
「え? あれ? なんで泣いてるんだろう? おかしいね。暖かくておいしいって思っただけなのに」
「優しくて幸せな味がしたから? 自分で収穫して食べるのも達成感があっておいしく感じたけれど、この料理は作った人の優しさが込められてる気がする」
「……いいのかな、こんなにおいしいものをもらっちゃって……」
もみじはおいしくて幸せな気持ちになれる料理を見て、自分が返せるものがないことに気が付いたのか小さい声で呟く。罪悪感を感じているのが手に取るようにわかる表情だった。そんなもみじ達の目の前に新しく出来上がったハンバーグを置きながら、二人の頭を撫でる。急な行動に驚いた表情を見せるもみじ達だったが、かなでの優しい笑顔に何も言えずにされるがままになっている。そんな二人を見てかなでが口を開く。
「料理はね愛情を込めて作るのよ? おいしいって言ってくれるかなーとか、喜んでくれるかなーとか考えてね、そうやって作るの。だから、食べてるときはそんなめんどくさいことは考えないで、おいしい時はおいしいって言う。嬉しい時は嬉しさを表現する。それだけでいいのよ? それだけで私としず君は嬉しいのよ」
「……えへへ、うん。ありがとう。すごく、すっごくおいしいよ!」
「うん、おいしい。すごくおいしいよ。もっと食べていい?」
「もちろん! じゃんじゃん作るからね!」
もみじ達はそんなかなでの言葉を聞いて安心したのか、最初謙遜していたのが嘘のように素直に甘えれるようになっていた。お代わりを要求されたかなでは、嬉しそうに袖をまくり上げると静人のところに戻り気合を入れて新しいハンバーグを作り始める。そんなハンバーグを小さい体のどこに詰め込んでいるのかもみじ達はどんどん食べていく。二人がもう動けないぐらいに食べたときに残っていたのは、二人分のハンバーグが作れるかどうか位の量だった。
「ふふ、たくさん食べたわね」
「ごちそうさまでした。こんなにたくさん食べれたの初めてかもしれない。お腹が苦しいのなんて今まで経験したことないもん」
「満足。美味しかった。今まで食べたこともないくらいすごくおいしかったよ」
「それは、良かったわ」
「やっぱり、嬉しいものだね。こうやっておいしいって言ってもらえるのは」
もみじ達はお腹が苦しいのか動きづらそうにしていたが、それでも表情は言うまでもなく喜びの表情だった。そんな表情のもみじ達を見られてうれしいのか、たくさんの料理を作って疲れているはずの二人も笑顔で残ったハンバーグを食べていた。
「ごちそうさまでした。さて、僕らはもうそろそろ帰ろうか」
「そうね、あまり長居するのも悪いものね。着替えも持ってくるの忘れてたし」
「着替え持ってきてても帰ってたけどね。明日からもいろいろあるんだから」
「私は別に大丈夫よ? 私の仕事は家の事だけだし。時間に多少の余裕はあるわ」
「えっと、基本ここへの入り口は夕方から夜の間しか開かないから、朝は来れないですよ?」
「な、なんですって……、私の癒しが……」
「えっと、ごめんなさい」
打ちひしがれるかなでを見て謝るもみじと対照的に、静人は呆れた様子だった。
「ほら、子供に謝らせるのはどうかと思うよ? 今日はありがとうね?」
「あ、でもほら、明日の夕方は来ても大丈夫よね? それに、ご飯作らないともみじちゃんたち、また野菜だけの生活になるわよ?」
「それは、……そうかもね、よし、それじゃあこれから毎日、夕方にご飯を作りに来ようか。その時にもみじちゃん達にはご飯作るのを手伝ってもらおう」
「そうね、それで少しずつ料理になれてもらいましょうか」
静人はかなでの言葉に納得したのか頷く。
「で、できるかな……? おいしくないものができると思うよ? 作ったことないから」
「その時はその時、というか初めからできるなんて思ってないから。少しずつでいいのよ少しずつで」
「少しずつ……」
「むむ、私も作るの? どちらかというと私は食べる係がいい」
「だーめ、ちゃんと青藍ちゃんにも覚えてもらうからね? 今日の料理美味しかったでしょ?」
「おいしかったー。けど、自分で作ってもおいしくないと思う。あれはおねえさん達が作ってくれたから美味しかったんだろうなって思ったし」
「むはー、嬉しいことを言ってくれるじゃない! それなら、私たちと一緒に食べた、初めての料理として覚えて欲しいなって思うんだけどダメかしら?」
「むむ、うーん、まぁいいか。お姉さんたちと食べた料理はおいしかったし、覚えようかな?」
青藍は少し考えこんだそぶりを見せた後、さっきまでの料理のことを思い出す。思い出した後想い出としてならいいかなと笑顔になる。
「ふふ、それでいいわよ。もみじちゃんも一緒に料理頑張って作ろうね!」
「はい! 私の作った料理をお兄さんたちに食べてもらって、おいしいって言ってもらえるように頑張ります! 青藍ちゃん一緒に頑張ろうね」
「ほどほどに頑張る。もみじちゃんはすごい頑張って。楽しみにしてるから」
「うん! 頑張るよ!」
「ふふふ、それなら、二人には可愛いエプロンを用意しなきゃいけないわね」
「「えぷろん?」」
「渡すときに教えるわね。よし、明日することは決まったし帰りましょうか」
かなでは楽しみにしててねと二人に笑いかけながら静人と一緒に帰る。もみじ達は二人に手を振りながら見送る。その様子に嬉しそうな顔をしながらかなでが手を振り返す。もみじ達はその様子に更に嬉しそうにぴょんぴょん跳ねながら手をぶんぶん降り返していた。