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青藍は戸惑いを隠せないのかもみじの肩をつかんでぐらぐら揺さぶる。表情は引きつった笑みを浮かべながらなので怖いのか、もみじは何も言わずにされるがままになっている。
「もみじちゃん、なんで道具を使わないの? おにいさん達も道具を使わないで火を出したのになんで平静を装っていられるの?」
「あー、もみじちゃんが狐なのは知ってたから……」
「知ってたの?」
「この前来たときに教えてもらったから」
「もみじちゃん。そんな簡単に教えちゃダメ」
「でもお兄さんいい匂いするよ?」
「いい匂いするのは分かる。けど……」
「いい匂いするかな?」
「石鹸の匂いならするわよ? これがいい匂いなのかはわからないけど」
「あ、私たちが言ってる匂いは、嗅覚的な物じゃなくて、感覚的なもの」
「そうなの? その匂いってのは何が原因で変わるの?」
「えっと、お兄さんとお姉さんは優しくて心地いい匂いなんだけど。悪い人はすごく臭いの」
「例えるなら夏のドブの臭い。吐き気を催す臭い。人を陥れるような嘘をつく人だったり、犯罪を犯した人だったりはそんな臭いがする。だから、私たちは人が住んでる場所にはあまり近寄りたくない」
「それは、嫌なにおいだね。そんな臭いを出さないように気を付けないとね。臭いなんて言われたら心がおれちゃうから」
「そうね、こんなかわいい子から臭いなんて言われたら、立ち直れなくなるわ」
「大丈夫! お兄さんもお姉さんもすっごくいい匂いだから!」
「まぁ、ここにはそういう人たちしか来れないように結界を張ってるから当たり前なんだけどね」
「結界? そんなものまで張れるのかい?」
「私が張ったわけじゃないけどね。私たちのお師匠様って言えばいいのかな。どっちかというと保護者かな? その人が張ってくれたの。人じゃないけど」
「その保護者さんはどこに?」
「たまにしか帰ってこないからわかんない。会いたいならこっちに来た時に教えようか?」
「そうだね、保護者さんとはあっておかないとね。何かあったときが大変だから」
「何かあるとは思えないけどね。そういうことが起こらないように結界張ってるんだから」
「それもそうか。ここにいる限りは大丈夫なのかな」
「え! それじゃあ凪さんのところに連れていけないじゃない!」
「連れて行こうとしてたのかい? というか、凪さんって誰だい?」
「あ、そういえば紹介してなかったっけ。ほら、もみじちゃんの洋服を頼もうと思ってる洋服屋の人」
「あー、凪さんって名前なのか」
「ここに連れてくるのはちょっとね……。さすがにまずいよね」
「山の前に来てもらってにおいを確認してからでもいいならいいよ?」
「ホント!? いい人だから大丈夫よ。アニメが好きで二人の正体を知ったら興奮しちゃいそうだけど多分大丈夫」
「……もみじちゃん、無理はしなくていいんだよ?」
「ううん。無理なんてしてないよ? それに、お姉さんの知り合いだったら大丈夫な気がするから!」
「そこまで私のことを信用してくれるなんて……、信用を裏切らないように頑張らなくちゃね」
「もう、だからそんな簡単に教えたりしてほしくないのに……。連れてくるときは私がいる時にしてね?」
「大丈夫! 青藍ちゃんを仲間外れなんかにしないから!」
「いや、そういう意味で呼んでねって言ったわけではないんだけど。まぁ、いいや。私がいないときに入れたりしないようにね?」
「分かった!」
「ふふ、仲良しね。あ、そういえばさっき言ってたお師匠様の名前って聞いてもいいのかしら?」
「うーん。私たちからは教えれないかな。名前を教えるのは、自分にとって信用できるものであるという証明だから」
「そうなの? それならしょうがないわね。私たちがあったときに教えてもらえるよう頑張りましょう」
「そうして、あ、もうそろそろ焼き芋にイイ感じになったんじゃない?」
「そうだね、良い感じに灰になってくれたね。あとはこの中に下準備した芋を入れるだけなんだけど、これぐらいで足りるかな?」
「私は一個食べたら十分だけど、もみじちゃんたちはどうかしら」
「たくさん食べたい! あんまり食べることってないから」
「それもそうか、一人暮らしで一人分の焼き芋を作ることってなかなかないよな。そういえば、一人暮らしなんだよね? 普段は何食べてるの?」
「え? 畑で取れたお芋とか、ニンジンとか?」
「えっと、料理とかは?」
「できないよー。サラダぐらいしか作れるものはないし。お供え物で果物食べたりするぐらい?」
「あれ、食器とか台所とかはないの?」
「食器もあるし台所もあるよ。ただ……」
「ただ?」
「食材が圧倒的に少ないの。自前の畑しかないから」
「あ、そうか。自給自足の生活になるのか」
「昔は人が少なかったし人里に降りて食糧交換とかしてたんだけどなー」
「今は人が多すぎて降りれなくなったのか。あ、もみじちゃんは晩御飯何を食べるつもりだったの?」
「え? 焼き芋。たくさん食べたらお腹いっぱいになるから晩御飯はいいかなって。今までもずっとそんな感じだったから」
「だめよ! ちゃんと食べなきゃ。大きくなれないわよ? というかこれは立派なネグレクトでしょう。お師匠が来たらまず最初に文句言わなきゃ」
「いや、やめといたほうがいいと思う。私たちと違って本物の妖怪だから」
「それはそれ、これはこれ。保護者になったのなら保護者の責任を全うしなきゃ」
「まぁ、それは確かにそうだね。でも、かなで? 無茶はしないでね?」
「分かってるわ。まぁ、そんな会えるかわからない妖怪のことは放っておいて。もみじちゃん。よかったら晩御飯は一緒に食べない?」
「いいの?! 食べたい!」
「よし、そうと決まれば急いで家に帰って……。あれ、そういえば私がここから出て、家に帰ってからはこっちに戻って来れるの? というか今何時とか分かる?」
「今は夕方の六時くらいかな。私が外にいれば入って来れるよ。だから待ってるね!」
「よし、それじゃあしず君。荷物持ちお願いね?」
「分かってる。それじゃあ、食材買ってくるけど何か食べたいものとかある?」
「うーん。あ、ハンバーグ食べてみたい! 食べたことないから気になってたんだー」
「ハンバーグか。分かった。それじゃあ行ってくるね」
「うん! いってらっしゃーい」
もみじは初めての料理を食べられるのが嬉しいのか体全体で喜びを表しながら、手を振って静人達を見送った。静人達はそんなもみじを見て表情を緩めた。もみじ達から離れた後に表情を引き締めると気合を入れるためか頬を手ではたく。
「もみじちゃん、ハンバーグ食べたことないって言ってたわね」
「そうだね。言ってたね」
「師匠のことを本物の妖怪って言ってたけど、あんなにかわいい子にハンバーグすら食べさせないでいたんだから、一発叩くくらいはいいよね?」
「さっきハンバーグ食べてみたいってもみじちゃんは言ってたけど、ハンバーグの存在は誰から聞いたんだろうね?」
「……もしかして、お師匠とかだったりするのかしら。自分だけ食べて感想だけ言って放置? もしそうなら一発叩くだけじゃあ足りないかしらね」
「そうだね、その時は全力で殴ろうか」
「ふふふ、そうね私たちの全力で殴ろうかしら。私たちは非力な人間だけど怒っていることくらいは分かるでしょう」
静人とかなでは笑みを浮かべながらも瞳は笑っていない顔で話し合いながら家へと戻る。