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浄霊屋  作者: 猫じゃらし
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それぞれの在り方 1


 旅館が建ち並ぶ温泉街。

 風に流れて鼻を掠める湯の匂いはそれぞれで、どの旅館にも人が絶えず出入りしている。

 お盆休みのとにかく忙しいであろう繁忙期。

 招かれたのは、その温泉街でも特に老舗と見て取れる大きな旅館。


 通された十畳ほどの和室で、健と大智に挨拶をしたのは、年配の女将だった。



「当旅館にご足労いただき、ありがとうございます。女将の浅香(あさか)と申します」


「浅香さん。あなたが依頼人ですね」


「左様でございます」



 女将が顔を上げる。

 人前に立ち、振る舞いに気をつけなければいけない仕事のせいか実年齢よりは恐らく若く見える。

 着馴染んだ着物に、目尻に出る薄らとした笑い皺が妙に艶めかしい。が、それを隠してしまうほどの疲れ切った様子がなんとも痛ましく見えた。


 今度は大智が頭を下げる。



「依頼を承りました、長谷です。こちらは仁科」


「どうも」



 大智が紹介してくれたので、健は短くあいさつをする。



「この度はこのような形での依頼になり申し訳ございませんでした」


「詳しいことは伺っています。宿泊客として紛れても良かったのですが、限度がありますので……。こちらの提案を受けていただきありがとうございます」


「いいえ、こちらとしては人手は助かります。なるべく本業に差し支えないようにはさせていただきますので」


「ご配慮感謝します。でも、仕事は普通に振っていただいて大丈夫です。そのほうがスムーズに動けますから」



 力仕事もお任せください、とひ弱な二の腕を叩いて見せた大智に、女将は表情を和らげた。



「滞在中はこの部屋をお使いください。仕事着は後ほどお渡しします。では、明日からよろしくお願いしますね」


「こちらこそ、よろしくお願いします」



 そうして、健と大智の住み込みバイトが始まった。





 ❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎





 バイトの仕事として割り振られたのは主に清掃だった。

 客室清掃はもちろん、利用時間外には浴場の清掃もある。旅館内のありとあらゆる所を任され、自由に動けるようにとの女将の気遣いだ。

 作務衣を着た健と大智はあらかたの業務を社員に教わり、早々に個々で動き回っていた。


 そのおかげで今回の対象者(・・・)を怪しまれることなく観察することができた。



「浅香ゆかり。若女将で、あの女将さんの娘だよ」



 客室清掃をしながら大智が話し始める。他に従業員はいない。

 健は布団から使用済みカバーをはがし、大智は忘れ物がないか確認している。



「おかしな様子になったのは半年前。ふとした時に、何かを探してさまよったり空虚に話しかけるようになったらしい」



 それは、健もこの旅館に至るまでの道中で聞いていた話だ。

 一楓がまず依頼を受けてその話を聞き出し、又聞きとなった健と大智で内容を整理する。



「見てる感じ、若女将としておかしなところはなかったけどな」


「そう。人目があると普通なんだって。でも、休憩や業務が終わると……」


「様子がおかしくなるのか」


「それを女将さんや他の従業員が確認してる」



 そういうこともあり、今回は宿泊客を装って若女将に近づいても核心に触れることはできないのでは、と予想した。そのための住み込みバイトだ。

 提案したのは一楓で、たしかにちょうどいい振る舞いができるのだが、健にはなかなかにハードルの高いことをねじ込んでくれた。


 旅館といえば接客。接客といえば愛想。

 運良く裏方業務に回されたが、部屋の案内や荷物持ちまで任されたら本末転倒になっていたかもしれない。

 女将の配慮に心底ほっとしたのだった。


 健はカバーをはがし終えた布団をたたみ、押し入れに積み上げていく。



「最初はみんな、あんなこと(・・・・・)があった後だからって心配してたらしいよ。でもそれが続くと気味悪がられるようになる。若女将は取り憑かれた、なんて言う人まで出てきた」



 大智があえて伏せて言う。

 そこが重要だとわかっている健は、さらにあえて別の角度に矛盾がないか突く。



「この旅館には何かないのか?」


「調べたけど、そんな噂はなかったよ」



 健が布団をすべてしまうと、今度は大智が窓を開けて畳を箒で掃いていく。真夏の熱気が一気に入り込んできた。

 健はテーブルや備品の汚れを拭いた。



「だから、女将さんは不安になったんだよ。原因はそこにしか考えられないって」


「話の流れからしてもまぁ、疑うのは仕方ないけどな……。精神的なものが続いてるとは考えないんだな」


「考えるまでもなかったんじゃないかな。だって、若女将は望んだ結婚をしたわけじゃなかったから」



 大智がゴミをまとめ、健が部屋の最後のチェックをして清掃は終わる。

 けれど、大智との話が終わっていないので換気のために開けた窓をまだ閉めずにいた。じりじりと部屋の温度が上がり続け、汗が滲んでくる。



「政略結婚だったらしいよ。半年前に亡くなった旦那さんとは」


「政略……じゃあ、なんで連れていかれると思うんだ? なんか恨みでもあったのか」


「そこまではわからないけど。女将さんが言うには、政略結婚を持ちかけたのは旦那さんだったらしいよ。結構しつこかったって」


「しつこい……?」



 つまり、それほど家と家との繋がりに利益があったということだろうか。


 渋々の結婚。今の時代に、と思う。そこに怨恨が生まれてもおかしくないかもしれないが……。

 だが、やっぱりそれでなぜ旦那が『連れていこう』とするのかわからない。

 結婚が成立したのなら、旦那にとっては恨むことなど何もないように思える。



「若女将が結婚を受けた理由は?」


「この旅館の存続だよ。一時は危なかったらしい」


「亡くなった旦那が援助したってことか。で、旦那は何を得たんだ?」


「若女将だよ」



 大智はハッキリと言った。

 健は眉を寄せる。若女将を手に入れることが、旦那側になんの利益だったんだろうか。

 大智とのやりとりを思い返して、わざわざ女将が言って伝えた言葉にやっと意味が繋がる。



「あぁ、しつこいって……一方的に好意を寄せてたってことか?」


「その手に鈍い健が、聡くなったね」


「うるせぇ」



 健はパン、と窓を閉めた。外からの熱気が止む。

 冷房のつけっぱなしだった室内にようやく冷気がまわる。



「で、女将の言い分が通るわけだが。大智は若女将のそばになんか視たか?」



 そもそも、話を整理したかった一番の理由はこれだ。

 大智は首を横に振った。健はやっぱりな、と息を吐いた。



「俺も旦那らしいやつは視えない。隠れてるのか、結局は若女将自身の問題なのか……」


「健は、旅館内には他に視える?」


「まぁちらちらと。でも、その中に旦那がいてもわからないな」


「若女将のそばにいないんじゃ、どんな人だったか探らないとだね」


「女将に確認しといてくれ。俺は旅館内にどんなやつがいるのか把握しとく」


「ん、わかった」



 部屋の中が涼しくなり、動いていた分の汗はだいぶ引いた。

 まとめたゴミを片手に持った大智が部屋の扉を開けようとしたところで、健はなんとなく疑問を口にした。



「自分が先立ったからといって、大事な人を道連れにしたいと思うもんなのかな」



 大智が振り返る。見開いた瞳が、どうしてそれを聞く? と問いかけるようだった。

 そしてすぐに目線を斜め下に投げる。

 伏せられた瞼に、わずかに怒りが見えた。



「……中にはね、そういうやつもいるよ。すごく身勝手だし、残された方には迷惑だ」



 吐き捨てて、大智は部屋を出た。


 健は声をかけられなかった。

 大智がなぜそんな反応をしたのか。わずかに見えた怒りは、何を意味するのか。

 まるで経験したような言い方には疑問しか残らなかったが、足早に遠ざかる背中にそれを問うことはできなかった。


 きっと理由を聞いても、またいつものようにはぐらかされるだけなのだろう、と。




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