有象無象にまぎれて 1
ハロウィン番外編。
本編には関係ないです。
(季節ものが書きたかった)
週末、いつにも増して華やぐ都心部。
電車の中から異彩を放つコスチュームの人々は皆こぞって同じ駅で降り、異色の波に溶け込んでゆく。
健もまた同じ駅で降りる。
ため息をひとつ。
階段を急く人達の邪魔にならないよう足早に駆け下り、改札を流れるように出る。
ため息をまたひとつ。
日が落ちているにも関わらず明るく賑やかな待ち合わせ場所を見て、怪奇な人々の輪に混じらねばならないのかと明後日の方向を見た。
非日常的なオレンジ色が視界をかすめていく。
一年に一度、テレビで取り上げられるほど賑わうこの日になぜここに来なければならないのか。
呼び出した面々の顔を探しながら、有象無象の特異な装いの中を縫って歩いた。
「たっけるー」
そして、呼び出した面々のうちの首謀者から見つけてくれた。
「なんで普段着だよー。ハロウィンだって言ったじゃん」
「俺が変な衣装持ってると思うのかよ」
「買うんだよ! この日のために!」
「いらねぇよ」
声をかけてきた大智は黒のマントを羽織った犬耳姿だった。
マントの下は白のワイシャツに蝶ネクタイ、黒のスラックス。律儀に犬のしっぽまでついているようだ。
健がまじまじと見ていると、大智はくるりと回って見せてきた。
マントがひらりと舞い、周囲にいる女子達から「かわいい」と笑われている。
「……サーカスの犬」
「オオカミ男!」
大智が声を大きくすると、大智のその背後に笑いを堪えるさくらの姿が目に入った。
ロングカーディガンを羽織り、下はスカートなのか生足にショートブーツだ。
めずらしくツインテールだが、浮き足立っていないことが健には救いだった。
「大智かわいい〜。似合ってるよね」
「ありがと。乃井ちゃんもそろそろ脱いだら?」
「う、そうだね……」
そう言うと、さくらはロングカーディガンを恥ずかしそうに脱いだ。
その下から現れたのは、水色のシャツに紺色のネクタイ。緑と白の腕章をつけている。
やはり下はスカートで、こちらも紺色だった。
どこから取り出したのか制帽をかぶり、手錠を両手に持った。
大智が嬉々とする。
しっぽが揺れて本物のようだ。
「婦警さんだ! 乃井ちゃん似合ってる!」
「へ、変じゃないかな? 結菜と合わせたんだけど」
「全然変じゃないよ、かわいい。ねぇ健?」
「なんで俺に振るんだよ」
余計なことを、と思う。
感想を言ってやれよと大智が顔で言い、さくらもさくらで、恥ずかしながらちらちらと健を窺っている。
感想を言わないと先に進まないやつだ。
はぁ、と何度目かのため息。
素直に当たり障りなく答えた。
「……似合ってるよ」
スカートが短いけれど、というのは伏せて。
同じような衣装はあちらこちらにいるのに、やたらと視線を向ける男が多い。
それに気づくことなく、さくらは安心したように頰を緩める。「やった」と小さく喜んだ。
「さて、移動しようか。時間なくなっちゃう」
「省吾達は? まだ来てないだろ」
「省吾と結菜はあとで合流だよ」
「遅刻か?」
「ううん、元々ずらしてあったんだよ」
「なんでだ?」
「着せ替えのため」
「着せ替え?」
健が首を傾げると、大智が不敵に口角を上げる。
悪巧みをする顔に初めてオオカミ男を認識した。
そしてまた、視界をオレンジ色がかすめていく。
❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎
「健が普段着で来ることなんて想定済みなんだよ」
商業ビルに連れ込まれ、派手な店舗に入るや否や試着室に押し込められた健。
次々とやってくるコスプレ衣装は有無を言わさず試着を強いられ、披露をするたびに大智とさくらの品評が始まる。
「フランケンはないな」
「じゃあドラキュラは?」
「えぇっ、かっこよすぎるでしょ」
「かっこよくていいじゃん。健くん身長あるし」
「いや、なんか嫌だ。囚人は? 乃井ちゃんと並んだらセットになるよ」
「大智のそれって高身長への嫉妬? 囚人なら普通に警官がいいなー」
「嫉妬じゃない。俺は小さくない」
「はいはい。大智とお揃いでオオカミ男はどう?」
「仏頂面のオオカミ男怖くない? 本当に人襲いそう」
「ねぇ、健くん睨んでるよ」
「キャラものは? ほら、ヒゲのおじさん」
「えーかっこいいのにしようよー」
「バナナの着ぐるみとかおもしろくない? ねぇ健、次これ着てみてよ」
「お前らいい加減にしろよ」
海賊の衣装を脱ぎ捨てた健が試着のカーテンを開けると、大智がバナナとチャイナ服を持っていた。
完全に遊ばれている。
健は大智のおでこを手刀で打つと、うずくまる大智を尻目に試着室に溜まった衣装持って店内を歩いた。
店内には所狭しと多種多様なコスプレ衣装が陳列されている。
見覚えのある衣装を見つけては手元の衣装を確認し、一つずつ戻していく。
似ているものが多く大変だ。首をしきりに動かして左右上下探さなければいけないので、目が回りそうになる。
そうして最後の一着を戻し終えると、隣に並べてあったオレンジ色が目に入った。
非日常的なオレンジ色。それでいて、本日のイベントでは主役のオレンジ色。
「……」
手を伸ばしかけて、やっぱりやめた。
大智達のところに戻ろうと振り返ると、たった今見ていたオレンジ色と同じ物が健を目掛けて勢いよく突っ込んできた。
背丈は健の腰ほどで、小さなオレンジ色が健の足にしがみつく。
「な、なんだ!?」
ついてきていることはわかっていた。何度か視界をかすめていたから。
だが、まさか突っ込んでくるとは思ってもみなかった。
健が驚いて声を上げると、そのオレンジ色はさらにぎゅっとしがみつく。
黒のマントから出る手は幼い。被り物のオレンジ色はすっぽりと頭を覆っており、顔が見えない。
描かれた黒い瞳が健を見上げている。
「と……」
オレンジ色の被り物からくぐもった小さな声が聞こえた。
足にしがみつかれた健は、続きの言葉を待つ。
「と……」
「と?」
「と、と……」
「なんだ?」
「とりっくおあ、とりーと……」
「……あぁ。そういうこと」
健はオレンジ色の被り物をぽん、となでると、陳列されているオレンジ色を手に取った。