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浄霊屋  作者: 猫じゃらし
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引かれた一線

 

 ざわざわと人の動きや話し声が遠く感じる。

 人の気配だけが大きく、それがどこか心地よい。

 遮断された静かな部屋。ここはそんな場所。


 横開きの扉を後ろ手で音もなく閉めた。

 馴染みの職員に挨拶をしてきたままの笑顔を、大智はスッとしまう。

 部屋の中央、ベッドで静かに寝息を立てて眠るその人(・・・)を横目にちらりと見て。


 一直線に歩み寄った、ベッド横の床頭台。

 引き出しに手をかけて一息に開ける。




 ……カチリと音を立てた引き出しは、施錠されていて開かなかった。




 大智は無意識に止めていた息を吐き出す。

 落胆が半分、安堵が半分。

 引き出しにかけていた手を離して、ただ眠るだけのその人を見ると。



「何してるの?」



 音もなく現れた一楓は扉にもたれ、腕を組んで勝ったように笑みを浮かべていた。



「……やっぱり見つかった」


「見つからないと思った?」


「ううん。でも、視て(・・)やろうと思ってた」


「……まったく」



 一楓はため息を吐いた。



「過去視なんかしてどうするつもり?」


「どうって、わかるでしょ」


「必要ないわ」


「それは姉ちゃんだけだよ」



 大智は床頭台から離れ、一楓に近づく。

 決して背が高い方ではない大智だが、女性と比べればそこまで低いわけではない。

 真正面に立ち、見上げる一楓を真顔で見下ろした。



「鍵はどこ? 俺、いつまでも都合よく言いなりにならないよ」


「本気?」


「もちろん。なんなら、力づくでも」



 とん、と一楓の顔の横に手をつく。

 一楓は相変わらず腕を組んだまま、大智の瞳をまっすぐと受け止めた。

 大智を見上げる瞳は少しも揺るがない。



「…………ちょっとは動じてよ」


「慣れないことしないの。大智らしくないわ」


「はぁ、もう……」



 大智はその体勢のままで項垂れる。

 表情を和らげた一楓が、そんな大智の頭をポンポンと撫でた。



「ありがとう、大智。心配してくれて」


「当たり前だよ。本当に力づくでやってもいいんだよ」


「でも、そうはしないでしょ? 大智は優しいから」


「……いざとなったら、姉ちゃんの言うことは本当に聞かないよ」


「それまでは聞いてくれるのね」



 ふふ、と笑った一楓の手が軽くなる。

 ポンポンっと最後に弾むように撫でられ、大智は顔を上げた。

 ついていた手を離し、少し惜しく思いつつ一楓から離れた。



「じゃあ、早速お願いしようかしら」


「依頼?」


「うん。夏休みにぴったりの観光地」


「人がすごそうだなぁ」


「依頼は温泉旅館からだから、終わったらゆっくりしてくるといいわ」


「健とぉ? せっかくの温泉なのに」


「あら、不満? 仲良しでしょ」


「違う人とも行きたいよ」


「だったら、そういう子を見つけるのね」



 からかうように笑う一楓に大智は眉を寄せる。含めた意味を軽くあしらわれた。

 大智の気持ちなどとっくに知っているだろうせいで、この手の話はことごとく流されるのだ。


 けれど、今回はもう少し踏み込む。



「姉ちゃんと。行きたいんだけど」



 いつもなら困らせたくないと、大智は冗談混じりで話題を引く。

 一楓もそう思っていただろう。


 直球で投げられた大智の言葉にぽかんとした一楓は、やがて目を伏せた。



「依頼が終わったら、おつかいを頼んでいい?」


「また俺をあしらう」


「違うわ。大事なおつかい」


「……何?」


「その人が……まだ、その場所にいたら。伝言をお願い」


「なんて?」


「『もう少し、待っていて』」


「…………その相手、誰?」


「お願いね」



 あしらうわけでも、誤魔化したわけでもない。

 まっすぐ大智の目を見る一楓に、それが答えなのだと知る。

 直接的じゃなく、ひどくまわりくどい言い回し。なのに、大智の心を一番深く抉った。


 一楓は残酷に、大智に一線を引いたのだ。



「ごめんね、大智」



 言葉を失う大智に、一楓は泣き出しそうな震える声でそれだけを言った。





 ❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎





 体中から止めどなく汗が吹き出す暑さの、お盆始め。

 駅のホームは人でごった返し、それぞれに列を成して新幹線を待つ。


 数日分の荷物を詰めたボストンバックを肩から下げた大智は、電光掲示板にて新幹線の到着時間を確認した。

 この暑さを我慢するのはあと数分。



「お盆休みの温泉旅館って、忙しいんじゃないのか」



 同じく数日分の荷物を持った健が隣に立つ。



「すげぇ忙しいだろうね。でも、向こうのご希望だから」


「繁忙期にか?」


「むしろちょうどいいんだってさ」


「へぇ」



 さして興味なさげなあいづち。

 心の内では何を考えているやら、この暑さの中でも健は涼しげな顔をしている。


 なんとなく、それにイラッとした。

 いや、ずっとイライラしていた。一楓と会ったあの日から。


 健がふいにスマホを手に取る。

 手早く操作し、その手が止まると涼しげな顔がわずかに綻んだ。

 また手早く操作し、スマホをしまう時には表情は元に戻っていた。


 あぁ、と大智は気づいた。



「乃井ちゃんだ」



 そう言うと、健は驚いて大智を見た。



「なんでわかった?」


「わかるよ。顔が緩んでた」



 長年の付き合いがある大智だからこそわかるわずかなもの。

 健は「マジか……」と手のひらで口元を隠した。



「すげ。もうそんなに進展したんだ」


「してねぇよ。そんなんじゃない」


「いや、明らかに好きじゃん」


「違うって」



 自覚してないだけだろ。

 ついズケズケ言ってしまったが、本気で照れているらしい健にそれだけを呑み込んだ。


 柄にもなく耳を染めた健は、ぼそりと声を小さくする。



「……大事にしたいって、思っただけ」



 だから、それが好きってことだろ?

 大智は、はぁ〜っと大きくため息を吐いた。

 あまりの鈍感さに気が抜ける。

 八つ当たりをしたところで気付かれないだろう。



「いいな……」



 それが、今は羨ましい。


 ホームに待ち望んだ音楽が流れ始めた。

 新幹線が規則的な音を立ててホームに入ってくる。

 列を成した人々がざわめき立ち、荷物を持ち直す。


 大智はまた大きく息を吐いた。



「……行きたくないな」



 小さなつぶやきは雑踏に紛れ、余韻を残すことなく消えていく。





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― 新着の感想 ―
[良い点] ここに至るまでの大智くんと一楓さんの遣り取りを見る限り、相当に問題の根は深そうに思えます。 一楓さんへの恋慕の情を持て余しながらも、彼女の力になりたいと願う彼の真っすぐな想いが眩しいですね…
[良い点] うわぁ…… 前回までの流れで、健サイドに流れが出たなと思うてましたら、 大智サイドが大きく動きそうな予感! どうなるんだ? 謎がまた一つ明かされるのか?! [気になる点] 何が気になるっ…
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