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浄霊屋  作者: 猫じゃらし
65/91

隠伏する気配 3

 

 坂下少年は健の姿を確認すると「なんだ」と胸を撫でおろしたように見えた。

 施錠された扉。関係者でもない人間が入ってくるなど、誰も思うはずがない。


 怪訝な表情で健を見続けていた。


 が、その健の背後から。

 弾んだ声が上がったのには、再び驚いたらしい。



「あ! 見つけたー!」



 大智が顔を出す。

 慌てふためく坂下少年はフェンスに寄り掛かり、なぜか体勢を崩した。

 くるんと体がフェンスを通り過ぎて落下直前。


 破れたフェンスに穴が空いているのが、立ち入り禁止の理由だったらしい。



「た、たすけっ……助けて!」



 フェンスにしがみついた坂下少年はぶらんと体を投げ出した。

 その光景にあわてふためく大智と、とっさに駆け寄り手を伸ばす健。


 引きずり上げると、三者三様で大きく息を吐いたのだった。



「ごめんね。びっくりさせちゃって」



 謝る大智に、坂下少年は再び怪訝な表情を見せた。

 大智と健。坂下少年は右に左にと見やって、静かに口を開いた。



「俺が視えるの?」


「うん。視えるよ」


「そっちの、あんたも?」


「視える」



 答えてやると、見開かれた瞳の中にわずかながらに喜びが見えた気がした。

 しかし、大智の言葉にそれはなくなる。



「俺たちね、君を体に戻すよう頼まれてきたんだ」


「……は?」



 途端、不機嫌さを露わにした。



「誰に?」


「えーと……」


「守秘義務がある。俺たちは仕事で来てるんだ」



 依頼者不明などとは言えない。

 警戒心を剥き出されている今、なおさらに。


 言葉に詰まった大智に代わり、健が毅然と返した。



「なんだよ、守秘義務って。どうせうちの親だろ」


「それについては答えられない。が、お前の両親も心配してるだろ。体に戻れ」


「嫌だね」



 坂下少年はふい、と、そっぽを向いた。



「戻りたくない理由は何?」


「関係ないだろ」


「でもさ、このままじゃいけないし」


「それこそ、あんたらに関係ない」



 頑なな坂下少年に、大智も困り顔だ。

 まだ16歳にもならない思春期真っ盛りの男の子。反抗期も相まって、扱いは非常に難しい。


 会話にならないな、と健はため息をついた。



「たしかに、俺らには関係ないことだ」


「ふん」


「ちょっと、健」



 大智が健を制する。

 だが健は気にせず、坂下少年を見下ろした。

 成長途中の男の子は健の身長には到底及ばず、圧倒された。



「関係ないが、お前の今後を教えてやる。体に戻らない場合の、今後だ」


「……なんだよ」



 物の言い方が悪い自覚はある。あるからこそ、歯に衣着せずにわざと言う。

 これくらい言った方が、驚かしにはなるだろうと。



「魂のない体は死ぬ」


「健!」



 大智が声を張り上げた。

 坂下少年を慮ったためか、そこには焦りよりも怒りが含められていた。



「大智。はっきり言っといた方がいい。体に戻るか戻らないかは、こいつ次第だ」


「だからって……」


「寝たきりの体は機能を落とし、弱っていく。病気じゃなくてもな。それくらい、お前の歳でもわかるだろ」



 ぐっ、と詰まり、坂下少年は健から目を背けた。

 言い返す言葉はない。フェンス越しに、階下の駐車場を当てつけとばかりに睨みつけた。



「…………別に、戻りたくないわけじゃない」



 坂下少年はつぶやいた。


 駐車場に一台の車が入ってきた。

 混雑する中で、なんとか空きを見つけて駐車する。

 降りてきた若くはない夫婦に、坂下少年の顔がさらに険しくなった。



「でも、今は」



 カシャン、とフェンスが鳴る。

 坂下少年がフェンスを掴んでいる。その手には力がなく、ただ指を引っ掛けているだけのようで。



「俺は戻るべきなのか、わからない。やばい奴だっているのに……」


「やばい奴?」


「いるだろ。そこに(・・・)



 指をさした。そして、坂下少年は消えてしまった。


 大きく風が吹き、キィィ——……っと扉が閉じていく。

 屋上に出た際、とっさのことで閉め忘れただろうか。


 坂下少年が指さしたそこ(・・)は、重厚感を出しながら意外にも静かな音で「カチャン」と閉じられた。





 ❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎





「健、坂下少年にちゃんと謝りなよ」



 エレベーターを使うとナースステーションの前に出てしまう。

 それを避けるために階段を使って屋上から下っているのだが、その間の大智はやけに説教じみていた。



「なんで」


「デリケートなことをズケズケと言うから!」


「あー。それな」


「もう、なんであんなこと言ったの! 坂下少年はお年頃なんだよ!」


「お年頃だからこそ、だ」



 5階に着いたところで、急ぎ足の看護師とすれ違う。会釈をして看護師の背中を見送ると、少し声を落とした。



「あれくらいきつく言わないと、あの少年は聞く耳を持たないだろ」


「そうかもしれないけど、ちょっとくらいオブラートに包んでよ」



 坂下少年は姿を消してしまったので、健と大智は振り出しに戻っていた。

 再び病室を訪れるために廊下を一直線に歩き、505号室に向かっていた。



「俺はそんなに器用じゃない」


「言葉選びが悪すぎるんだって」


「あれはわざとだ」



 505号室の少し前で立ち止まる。

 扉が開きっぱなしだ。中からは苛立った女性と男の子の声が聞こえた。


 不穏な空気に、健と大智は病室からは見えない所で、そのやりとりに耳を傾けた。



「——またいらっしゃったの? お見舞いはいらないと言ったのに」


「すみません……」


「あなたのご心配はいりません。光はじきに目を覚ましますから」


「……」



 そこに、廊下を走って男性がやってきた。

 病室に入り込むなり、苛立つ女性との間に入って男の子に帰るよう促し始めた。



「いつも悪いね。光は大丈夫だから」


「俺こそ、勝手に来てすみません。これ、授業のノートです」


「あぁ、ありがと……」


「そんなもの、結構です。光はあなたと違ってすぐ遅れを取り戻せますので」


「やめないか、お前」



 そそくさと退出してきたのは、坂下少年と変わらない年頃の男の子だった。

 健と大智を見ると、早足でその場を去っていく。


 病室では夫婦の諍いが始まっていた。



「おい、やりすぎだぞ」


「何がやりすぎなの。あの子のせいで光は……!」


「光が頭を打ったのは、あの子は関係ないだろう!」


「関係あるわよ! あんな子と遊びに行かなければこんなことにはならなかったのに!」


「お前は、光から友達すらも取り上げる気か!!」



 ぱたぱたと急ぐ足音が聞こえた。

 数人の看護師が病室に入り、夫婦をなだめる。


 廊下に声が漏れないよう閉められた扉はゆっくりと閉まっていく。その隙間から坂下少年の姿が見えた。

 夫婦のやり取りを静かに眺めている。少しつつけば泣いてしまいそうな、そんな面持ちで。


 扉は、完全に閉まった。



「坂下少年が戻りにくいの、少しだけわかった気がする」



 大智が言う。

 健も「そうだな」と答えた。


 キツい印象の母親に、追い返された友人。

 目の前で隠すことなく始まる、自分を巡る夫婦喧嘩。

 気難しい年頃じゃなくとも、頭を抱えてしまうだろう。



「でも、このままじゃいけないな」


「うん。助けてあげたい。俺、力になれるかな……」


「なれるさ。大智なら」



 閉まった扉をまっすぐに見ていた大智が、健を見上げた。

 健は横目で大智を見下ろしながら、意地悪く笑みを浮かべる。



「俺は不器用で口も悪いからあんなことしか言えないけど」


「えっ。そこ根に持ってんの?」


「別に。そのおかげで本音は引き出せたし。あとは、坂下少年が溜め込んだものを吐き出させてやればいいだろ」


「……話してくれるかな」


「大丈夫。大智、得意だろ。人に寄り添うの」



 俺の時も、と。

 口には出さなかったのだが、付き合いの長い友人には伝わってしまったようだった。



「健だって、下手くそなだけで優しいじゃん」



 へらっと溢れた笑みに、自信のなさはもう見えない。

 途端に強気に、「健は本当に損してる」と憐れまれたほどだ。


「いいんだよ俺は」と、健は大智の頭をわしわしとなでた。



「頼りにしてるよ。あとは任せた」




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