隠伏する気配 2
坂下 光は15歳の少年だった。
高校生というにはまだ幼く、制服を着れば着られてしまうような。
そして、取り立てて特徴のない——強いて言うなら、遊びのない生真面目そうな男の子。
進学を終えてたったのひと月と半分。
坂下少年は、ちょっとした事故で不運にも目を覚さなくなってしまった。
「5階はいないね。他の病棟も探しにいく?」
「あぁ。なるべく慎重に」
「あんまり徘徊してると怪しまれるもんね」
ひとまず今いる5階を見て回ったが、坂下少年は見当たらない。
上から探して下っていこうと健は考え、エレベーターに足を向けた。
大智は後ろを歩きつつ、そわそわとしている。
「あのさ、手分けしない? 上が健で、下が俺。その方が効率いいよ」
「いや、それだと二度手間になるかもしれない」
「なんで?」と聞きたげな大智に、健は腕を組んだ。
「忘れたのかよ。俺と大智じゃ、視えるもんが違うんだって。もしかしたら、坂下少年は大智にしか視えないかもしれないんだぞ」
「あー……」
大智は渋々頷いた。
困った表情の大智に、健もなんだか苦い気持ちになる。
お人好しの大智は隠し事が下手だ。鈍い健が勘づくほどに。
そして、頼りであるはずの一楓もどうやら同じ部類らしい。考えてみれば、同じ血筋なので仕方ないのかもしれない。
エレベーターに乗り、なんとも言えない気持ちで確認をせずに一番上のボタンを押した。
到着したのは病棟ではなく、閉じられた扉の目の前だった。
「屋上か。施錠されてるな」
「いつもなら開いてるのに」
「そうなのか?」
「うん、開放時間が決まってて…………って、聞いたことがあるだけ……」
大智の顔がゆっくりと背けられていく。
やっちゃったー。そんな言葉が札で貼り付けられているように見えた。
つい言ってしまった大智と、つい聞き返してしまった健。
気まずさが漂い、お互いに視線を泳がせた。
「……下、行くか」
「うん……」
何も気づかなかった、と健は気を取り直す。
途切れ途切れの会話を繰り返して、階下の病棟もくまなく探して歩いた。
屋上から下り、6階、4階を確認し終えた。2階は診療棟となるので、休日の今探せるのはあとは3階だけ。
またしてもそわそわとし始めた大智に、健は何も触れずにエレベーターを降りた。
他の階と変わらない雰囲気。静かな中に、ざわざわと人の気配がある。
「早く行こ」
率先して歩き出した大智は、ずいぶんと早歩きになった。
「大智、早い。ちゃんと見てんのか」
「見てるよ。大丈夫」
「もう少しゆっくりでいいだろ。早いって」
「そうかなぁ?」
そうしてやり取りしている間に、あっという間に病棟の半分を歩いてしまった。
当初言っていた慎重に、の言葉はどこへいってしまったのか。
「あと半分だね! 坂下少年はどこかな〜」
大智の笑顔が嘘くさい。
健を病室側に近づかないよう、必死に注意を逸らしているのがわかってしまう。
隠したいのは入院患者なのか?
だとして、健に隠すほどの人物とは誰か。大智との共通で、そんな人などいただろうか。
考えながら、自然と足が止まった。
病棟の突き当たりの部屋。そちらに行くことなく、大智は手前の角を曲がってしまった。
不思議な気配が漂う。
「この気配は……」
知ってる。
やけに静まり返ったその部屋の前。
プレートに名前はなく、空室かもしれないが。
確認せずにはいられなかった。
「————健くん」
扉に伸ばした手が、予期せぬ方向から聞こえた声にびくっと反応した。
「……はい」
振り返れば、曲がり角。
現れた一楓と、後ろには安堵した顔の大智がいた。
❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎
「一楓さんが来るなら、俺たちがこの依頼を受ける必要はなかったんじゃないか?」
取って返して、屋上へと向かう。
エレベーターは運悪く捕まらず、今度は階段で。息を切らしながら大智が答える。
「姉ちゃんは、親戚のお見舞いに、来ただけだから」
先ほどの病室。
不思議な気配を漂わせたそこは、大智と一楓の親族が使用しているのだという。
一楓の親族というのなら、その人もまた人にはない力を持っているのかもしれない。
「親戚なら親戚って言えばよかっただろ。わかりやすく隠さないで」
「うっ……俺の一存じゃ言えなかったから……」
その理由がわからない。
わからないが、正体はわかったので深追いするつもりもない。
「ふーん」と返して、階段を黙々と上っていく。
一楓は屋上へ行くようにと言った。そこに坂下少年がいるから、と。
鍵は関係者が開けてくれたから、急いで行くようにと。
「関係者って誰か知ってるか?」
「それは俺もわかんない」
「依頼者かもな」
「病院関係者なら、ありえるのかなぁ」
せっかく会ったのだから確認すればよかったのだが、さっさと送り出されてしまった。
見せる笑顔に、なぜか質問は許されなかった。
最後の段を重たくなった足で上りきる。
少し前に見た、閉ざされた扉が再び目の前にある。
膝に手をついて息を整える大智を確認してから、ドアノブを回した。
——開く。
やけに重たい扉を体で押すようにして開いた。
誰もいない屋上。
突如、吹き付ける風。
扉の重さはこれだったのかと、とっさに身構えた。
顔の前に出した腕は風を受け止め、視界も遮る。その一瞬。
次に腕を下ろした時には、落下防止用に張られたフェンス際に佇む少年と、ぱちりと目が合うのだった。