桜下の雪原 3
何かと健にちょっかいをかけようとするみちるを引き離しながら、大智は事のあらましをやっと話し終えた。
邪魔がなければ簡単に済んだ説明。みちるによって何度も脱線したために、聞いているだけの健もうんざりしていた。
「……で、見つからないと」
健が桜の木を見上げ、そして地面を見た。
舞い落ちた花びらがそこら中に敷き詰められ、雪原ではなく桜色の絨毯となっている。
「この辺りで桜がある公園はあらかた見たんだけどね。公園じゃないのかなぁ」
「……そもそも、それはここなのかっていうのも疑問だな」
健がみちるを見る。
「え〜、どういうこと?」
「あんた、記憶が曖昧なんだろ? 地方にでも旅行した時の記憶なんじゃないのか」
健の言葉で初めてその可能性があることに気づいた大智は、気が遠くなるのを感じた。
隣の市でも探すのは骨が折れる。それが隣県、もしくは、春に雪と考えて飛行機の距離となれば……大智には、最後まで付き合いきれる自信がない。
「そこは確かよぉ! 私が曖昧なのは公園の確かな場所と、その景色だけ!」
「えっ。みちるさん、景色も曖昧なの?」
「うん。最初からはっきりとは言ってないでしょ〜」
確かにみちるは『広がる雪原の中に、桜が咲きこぼれたような場所』と言っていた。
はっきりとはしていないが、大智はそこを疑うこともなかった。
「じゃあさ、その雪原ってどこから出てきたの!」
「桜の下が白かったんだってばぁ。あと、彼が “雪” って言ってたから」
大智はがっくりと肩を落とした。
探し回った公園に雪原は当たり前になかったものの、なんだか振り回された感じだ。
「雪の可能性は低くなったな」
「でも、それなら記憶の “白” ってなんなんだよぉ」
「何かしらねぇ。頑張ってよ大智君」
「みちるさんがしっかりしてよ!」
当事者でありながら適当なみちるに、大智はついわーわーと言ってしまう。言わされている、が正しいかもしれない。
一緒になって騒いでいるつもりはないのだが、そうなってしまう。
健が「仲良いな」と冷ややかにつぶやいた。
「あら、やきもち〜?」
「いえ全然」
「大智君、やきもちだって〜」
「やめてみちるさん、健を怒らせないで。帰っちゃうよ」
健の冷ややかさに大智は瞬時に冷静になった。本当に帰られては困る。
「とりあえず、場所がこの辺りなのが確かなら、手当たり次第に探すしかないな。大智、他に確認してない公園は?」
「あー、地図アプリだとここと……小さいものだとこっちと、こっちにも」
「結構あるな……」
大智のスマホを2人で覗き込みながら、しばし考える。
その間に割って入るように体をねじ込もうとするみちる。
「あ、すごい。健君のことは触れる」と感動したところで、健は逃げるように距離をとった。
「手分けしよう。大智はその人と近場の公園に行ってくれ」
「健は?」
「俺は情報収集してくる」
そう言うと、健はさっさと歩いて行ってしまった。
「両手に花だったのにぃ〜」
「……逃げたな、健」
情報収集など、いつもなら決まって大智に任せているのに。
「なんで逃げるのよ〜」と絡みついてくるみちるをあしらいながら、大智はまた次の公園を探し始めた。
❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎
公園から公園へ、小さな空き地も見逃すことなく練り歩いた住宅地。
このまま進むと隣市との境にある河川敷にたどり着くと、地図アプリが教えてくれる。
「やばい。電池切れそう」
スマホの表示はいつのまにか3%となっていた。
アプリを閉じ、すぐさま健に「電池切れ」とメッセージを送る。連絡を取れないのは困るので一旦合流しなければ。
メッセージ送信完了で2%。
焦りながら「合流場所は」と打っているところで、スマホに着信。
「電池ないって言ってるのに!」
『電話の方が早い。今どこにいる』
「河川敷近くだよ。健、一旦合流しよう」
『いや、そのまま河川敷に行け。隣市の方で、桜と雪——……』
通話がぶつっと切れた。
そのまま大智のスマホは光を失い、動かなくなってしまった。
「あぁもう、大事なとこ……」
「健君、なんて〜?」
「河川敷に行けだってさ」
「河川敷……」
繰り返して、みちるは黙り込んだ。
まっすぐ前を見据える。その瞳が少しずつ見開いていく。
思い出すものが、ひとつ。
「河川敷!」
みちるは走り出した。
走るといっても、地についた足は地面を蹴ることはない。
自分の思うままの速さで、何の抵抗も受けずに目的の場所へと流れる。
大智の声が届かないほどに夢中で。
「みちるさん、待って!」
先を行くみちるの背中がどんどん離れていく。
足裏が痛い。鉛のように重い。それでも懸命に動かして、前へ進む。
だんだんと上がる息に、口を大きく開いた。
住宅地を抜ければすぐに河川敷だ。
急勾配の土手に、手をついて登る。
登り切った先には、見えなくなっていたはずのみちるの背中があった。
川向こうを見て、佇んでいる。
「雪原と、桜……」
みちるの口から溢れた。
追いついた大智は息を整えながら、その目線の先を見やった。
川を隔てた隣市の河川敷。
そこに広がるのは桜並木と、その下に広がる一面の雪景色——……ではなく。
一面に白い花をつけた、低木だった。
「探してたのはここ?」
「……そう。ここ……」
記憶の中の景色と照らし合わせているのか、それとも、再び忘れることのないように焼き付けているのか。
ゆったりと花見を楽しむ人の流れに、こちらとは真逆な穏やかな時を感じて。
吹き付ける風は穏やかに、桜の雨が降る。
友人同士で歩く学生。犬の散歩をするおじいさん。カップルに、親子連れもたくさん。
その中のひとり、父親の前を元気に走る、小さな男の子が転んだ。
みちるはその光景を眺めて、目を細めた。