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浄霊屋  作者: 猫じゃらし
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身代わりの雛 2

 

 結局、泊まっている間に変化らしい変化はなく、一番可能性のあった()もどこかに消えたままにあっという間に週が明けた。


 一度は辞退したものの、このままでは何も解決しない。

 そのため登坂の好意に甘え、平日も泊まらせてもらうことになった週の初日。

 健は大学をサボり、仕事で留守の登坂に許可をもらってひとり家に残っていた。



「……よし」



 持ってきていた参考書を片手にひな壇の前にどっかりとあぐらをかいた。


 家の中には複数の気配がある。リビングには入ってこないが、健をちらちらと見ている視線は感じる。



「さぁ、どいつだ」



 両手で頰をバチンと叩き、気合を入れた。


 チッ、チッ、と時計の秒針音が響く。たまに車のエンジン音が聞こえ、通りがかる人の声や足音も聞こえた。

 リビングの外で動く気配は、常にある。



 日がだんだんと登り、リビングの大きな窓から太陽光がふんだんに降り注ぐ。

 自然の熱は健の背中を心地よく暖め、暇潰しの参考書は緩やかに眠気を誘う。

 連日、ほとんど寝ていなかった。


 静かなひな壇を前に、気味の悪い視線を感じつつも健はうつらうつらとしてしまう。参考書が手からずり落ちそうになっては持ち直し、またうつらうつら。


 人形たちが見据える前で、健の意識は落ちていく。




 ————カチャリ。




 意図していなかった金属音に、ハッと目を覚まして振り返る。

 玄関の扉が開いた音。リビングの入り口。


 そこにいた女は立ち尽くし、目を見開いて健を見ていた。


 健の背筋が凍る。



「……だ、だれっ!?」


「えっ、と」


「け、警察! 警察!」


「わ、ちょ、持って!」



 女は震える手でスマホを持つ。

 慌てて立ち上がった健にびくりと肩を震わせ、口を大きく開く。

 叫び声を上げられるすんでのところで、健も大きく叫んだ。



「登坂さんの依頼で来ました!」



 口を開いたまま、ぽかんとする女。

 それ以上は刺激しないように健は両手を上げて、その場で動きを止める。



「ひな人形の件で依頼を受けました。仁科 健です。登坂さんに許可をいただいて、お邪魔しています」


「…………あなたが?」



 疑いの眼差しを向けられ、スマホを持ったままだがなんとか通報されずには済んだ。

 大智もおらず、こういう時に名刺が必要だよなぁ、と思わずにいられなかった。





 ❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎





「主人と確認が取れました。……ごめんなさいね」


「こちらこそ驚かせてしまい、すみませんでした」



 お互いに頭を下げる。


 女は、登坂の妻だった。

 娘は実家に預けたまま、着替え等足りなくなったのでそれを取りに戻ったのだという。


 週初めの平日。真昼間の時間帯に、無人であるはずの我が家に若い男がいた。

 なんて、誰でも物取りか何かと勘違いしてもおかしくはない。



「神社に正式なお願いをしたと主人から聞いていたんですが、お若いんですね。学生さんですか?」


「大学生です。頼りないかもしれませんが、これでも依頼はいくつも解決してきています」


「そうですか」



 やはり、このバイトをしていく上での身分証が大事だと改めて思う。あまりに理不尽な態度を取られることは少ないが、若さが邪魔をして不安にさせてしまっては申し訳ない。

 その点ではきっと、性別のこともあり一楓も苦労してきたはずだ。



「仁科さん、でしたよね。学生さんにこんなことをさせてごめんなさい。今からでも、お断りしてくれて大丈夫ですよ」


「……なぜです?」


「気を悪くしないで下さいね。頼りないというわけじゃないの。ただ、どうしても不気味だし、主人には捨てるよう説得しているんです」



 登坂の妻は和室をちらりと見る。

 ぱっと見は立派な七段飾りのおひな様。

 しかし、よくよく見れば修繕跡だらけで、迫り来るような迫力には気味悪さが含まれる。


 そんな物なのに捨てず、なぜ律儀に飾っているのかということは、健も気になっていたことだった。



「ですので、主人のことはお気になさらないでくださいね」


「……わかりました。ですが、原因ははっきりとさせた方が後々のためになると思います」


「後々の?」


「今異変を起こしているのは、どういうものなのか。ひな人形に取り憑いているのか。ここの家族に取り憑いているのか。もしくは、浮遊霊のいたずらなのか。人形は燃やしてしまえば終わりですが、異変が終わるとは限りません」


「……原因は家族にあると?」


「可能性の話です」



 登坂の妻の表情は険しい。

 警戒していたものがひな人形だけではなくなってしまったことに、不安が募るようだ。


 だが、それは健も同じ。


 登坂の妻と最初に対面した時、背筋が凍った。

 警察を呼ばれるかもしれないという危機感もあったが、それだけではなく。



「——参考までにお伺いしますが、あなたは幽霊が視えますか?」


「いえ、まさか」



 そう答える登坂の妻の背後。

 不穏な影の数は、片手では足りないほどにいる。

 どんなに害がなくとも、集まれば影響は必ず出る。


 それは本人だけでなく、周りにも。




 カタン。


 トンッ


 トンッ


 トンッ


 トンッ


 トンッ


 トンッ



 ……コトン。




 健も登坂の妻も、和室を見た。

 トンッと音を立てて段を転がり落ちたものは、最後に畳の上を転がる。



「い、いやっ……!!」



 最上段の対の人形。

 女雛の頭が、何の前触れもなく落ちた。体は少しも動かず、その場に座ったままで。



「わ、私は実家に戻ります。仁科さんもどうぞ、お帰りいただいて結構ですから。こんなこと、悠長に解決を待っていられません」



 登坂の妻は慌ただしく荷物をまとめ、出て行ってしまった。

 車の走り去る音。残る静寂に、健は気づく。



「家にいたやつらもついていったのか」



 感じる視線、さわさわとした人の動く気配がなくなった。

 皆、登坂の妻に引き寄せられるように連れられてしまった。


 健は畳の上に転がる女雛の頭を手に取った。


 なんの傷もない。

 ただ、転がり落ちただけ。……気配もなく。

 それが不可解で、登坂の妻のことも不可解。



「あれだけ引き寄せてしまう体質だと……」



 原因は、ひな人形にはないのかもしれない。





 ❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎





 その日、登坂が仕事を終えて帰ってきたのは日が落ちて間もない時間だった。

 昼間に登坂の妻とのやりとりもあった為に、定時で上がったらしい。



「ごめんな仁科君。大丈夫だった?」



 数日お世話になってるのと、大智の持ち前の親しみやすさで健にもずいぶんと軽く接してくれるようになった。

 この家にひとりじゃなくなったということも大きそうだ。登坂の顔色は日に日に明るい。



「大丈夫です。逆に驚かせてしまって、すみませんでした」


「いやいや、私が君たちを泊めてることを妻に言い忘れていたから。……怒ってたかい?」



 登坂はソファに腰を下ろすと、怯えたように健を窺った。

 離れていても妻の怒りは怖いらしい。



「怒ってはいませんでしたよ。でも、この依頼を断ってくれていいと言われました」


「そんなことを言ったのか」


「ひな人形を処分すればいいと。……俺も気になっていたんです。登坂さんはどうして、あのひな人形を飾り続けるんですか?」


「それは……」



 登坂は決まりの悪い顔をした。

 手元に視線を落とし、言葉に出すことを躊躇っている。



「妻と娘のことを考えたら、捨てた方がいいに決まってる。私もそうは思うんだが、祖母が……」


「娘さんへ贈ってくれたものでしたか」


「そう。最初で最後の贈り物だよ」



 自分の祖母が、ひ孫へと贈った最後のもの。

 それを考えると簡単に処分とは決められないが、登坂はそれとは違う理由で濁しているようだった。



「他にも理由が?」


「いや、馬鹿げた話かもしれないんだが……」


「なんでしょう」


「…………仁科君は、呪いの類を信じるかい?」


「呪い……?」



 ひとりでに破損するひな人形。

 登坂の妻の体質に、祖母から贈られたひな人形を飾り続ける登坂。

 そして、さらには呪いときた。


 新たな情報が出てきてはピースが散らばり、うまくはまらない。


 原因であるはずのひな人形は、ここにきてずいぶんと存在感を小さくしたように感じた。




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