御守りのいたずら 3
場所を移して、園内のレストラン。
混み合っているかと思ったが、この後にキャラクター達のショーがあるため人はまばらだった。
皆、早い時間から場所取りに励んでいるらしい。
「う〜ん、なるほど……」
せっかくだからと早めのディナーにしながら、健はこれまでのことを話した。
狐の件は一楓にも関わること、そして巻き込みたくなかったので伏せたかったが、すでに『いたずら』に巻き込まれてしまったさくらには隠すことはできなかった。
大智が “視える” ようになってしまった理由も、さくらはこれで知ることになった。
「健くんと大智はそれが理由でケンカしてたんだね」
「ケンカというか……あー、でも、仲直りはしたから。乃井さんのおかげで」
「私は何もしてないけどね。でも、よかった」
さくらはパスタをフォークにくるくると巻き付けている。
夢の国に合わせた、きらびやかな内装のレストラン。園内にはいくつもレストランやカフェがある中で、ここが一番シックで大人向けなのだとか。
大智の言っていた「怒ってる」という態度は微塵も見せず、さくらは上機嫌で巻き付けたパスタを頬張った。
「まぁ、えっと……そんなわけだから」
「ふん?」
「ありがとう」
もぐもぐと口を動しながら、さくらは目をぱちくりとさせた。
「それと、ごめんなさい」
続いて頭を下げた健の謝罪に、パスタをごくんと飲み込みきれなかったさくらはむせた。
「大丈夫か? ほら、水」
「ご、ごめん。……まさかそんな風に謝られると思わなくて」
「怒ってるって聞いたから」
「うん、怒ってたよ。怒ってたけど、そんな……ふふっ」
今度は笑い出したさくらに健は戸惑い、つい無言になってしまう。
それに気づいたさくらは、必死に笑いをおさめた。
「ごめんね、笑っちゃって」
「いや、いいけど。……もう怒ってないのか?」
「んー。怒ってる、かな」
困った顔を見せる健に、さくらは言葉を選びながらゆっくりと話す。
怒っているけど、そうじゃなくて、と。伝えたいことが、ちゃんと健に伝わるように。
「健くんと大智は……その、特殊なバイトをしてるから。私には言えないことがあるのはわかってるけど、あの状況でいきなり『帰れ』って言われても、納得できないんだよ」
「……」
「心配なの、とっても。大智だけじゃなくて、健くんのことも。それだけは覚えておいてほしい」
「……わかった。悪かった」
うん、と頷いたさくらだったが、何かを閃いたように目を輝かせて健を見た。
その瞳に、健はつい眉根を寄せる。大智もよくそんな目をする。
「でもね、まだダメ。まだ怒ってるから」
「えぇ……」
いたずらっぽい笑みを見せるさくらに、健は少し身を引いた。
「だから、名前で呼んでくれたら許すよ」
「名前って……」
「今日、ずっと呼んでくれたでしょ?」
そう言われて、健は「あっ」と思い出す。
焦ったように早口になる健は、少しめずらしい。
「あ、あれは狐達が!」
「わかってるよ。健くん、本当に別人だったもん」
「そうだよ、あれは俺じゃない、けど……。嫌じゃなかったか?」
「嫌?」
「名前で呼ぶのも……その、無遠慮に触ったり。気持ち悪くなかったか」
「どうしてそう思うの?」
「どうしてって……」
——俺は、人とは違うから。
昔は気にせず言っていた言葉なのに、口籠もってしまう。さくらの前では、言いたくないと思った。
“視える” から、他人とは違う。距離を置かれたし、健も距離を置いてきた。
性格に難があるのはもちろんだが、意識的に友人をつくることを避けてもいた。
信じた相手に恐怖や嫌悪を抱かれるのは、さすがに辛い。
まして、それが異性となると。好きになってしまえば、殊更に辛い。
黙り込んでしまった健に、さくらは少し躊躇ってから、照れ臭そうに口を開いた。
「全然気持ち悪くなんてないよ。……むしろ、すごくドキドキしちゃった」
「え……」
「だって健くん、本当の彼氏みたいに振る舞うから。あんなの、誰でもドキドキしちゃうよ」
それが狐に操られていたせいだとしてもね、と。
ほんのりと頬を染めて、さくらは微笑む。
「私が名前で呼んで欲しいの。だめかな?」
「……乃井さんが、いいなら」
「ありがとう」
にこにこと嬉しそうなさくらに、健の耳が熱くなる。どきりとした。
ここまで踏み込んでくる女の子は、今までいなかった。
「ねぇ健くん。私は今日、すごく楽しかったよ。健くんは?」
「俺は……」
むず痒くなるような言葉を吐き、宝石を扱うようにさくらに触れた。
カップルには当たり前で、健には当たり前じゃない行動の数々。
周りがカップルだらけだからと恥ずかしくもなく、視線を送られても気になることもなく。
普段の健なら耐えられない。
こんな、普通の恋人同士のようなやり取りなど。
自分には無縁だと、考えたこともなかったのに。
「……俺も、さくらと一緒で楽しかったよ」
狐達に頭の中を支配されていても、そこに強制力はなかった。すべて、行動に起こしたのは健自身だった。
相手が、さくらだったから。
こんな健を友人だと言い、心配をして真正面から怒ってくれる彼女だから。
繋いだ手は小さくひんやりとしていて、驚くほどに華奢だった。だから、離したくないと思った。
さくらは友人だけど、と否定しつつ。
だけど、微笑ましいと向けられる視線には、そう見られてもいいとも思っていた。
健を受け入れてくれる、さくらだからこそ。
隣を一緒に歩いてくれることが嬉しくて、繋がった手を振り解かれることもなくて。
いつのまか、とても大きな存在となってしまっていたから。
俺は彼女に、どこまで気持ちを寄せていいのだろう。
その手を離したくないと、素直に思ってもいいのだろうか。
……——なんて、柄にもないことを考えてしまったのは、きっと夢の国のせいだ。