嫗 7
「あー、いたいた!」
大智から連絡が入っている事に気付いたのは、涙を出し切ったあとしばらく経ってからだった。
もう会場に戻るつもりはないとメッセージを送ると、どこにいる? と返ってきたのだ。
「懐かしいね、この公園」
健と同じく袴のままやってきた大智は、寒さのために袖に手を突っ込んで猫背になっていた。
草履のため、足先も冷たく感覚がなくなっているだろう。
わざわざ来なくてもいいのに。
大智は桜の木の下にしゃがみ込む健に近寄ると、驚いた声を出した。
「えっ、泣いてるの?」
「うるさい」
「おばあちゃんは?」
「もう行った」
それでか、と大智は納得した。
隣にしゃがみ込むと、健の背中をポンポンと叩くのだった。
「俺も一言挨拶したかったなぁ」
「……悪い。時間がなかったんだ」
「ううん。ちゃんとお別れできた?」
「ん」
健は短く返すと、少し迷ったが大智にスマホを見せた。
先ほど撮った、健と老婆が2人で写る写真を。
「おばあちゃん写ってるね。健、すごい顔してるけど」
「触れるな」
「あは、ごめんごめん。良かったね、健」
「……ん」
涙は出し切ったはずなのに、また鼻がつんとした。
大智に顔を見られないようにそっぽを向くと、ばればれだったようで笑われた。
込み上げてきたものを無理やり飲み込む。
冷たい空気が鼻を冷やし、だんだんと落ち着いた。
「俺さ、幽霊が視えるようになって怖いことばっかりだけど、良かったと思えるようになったよ」
大智が空を見上げながら言った。
「健のおばあちゃんに会えてよかった」
「……そうか」
「うん。優しくて、笑顔が綺麗で、素敵なおばあちゃんだったね」
「……うん」
健も空を見上げた。
高い青空にちらほらと見えていた雲が少なくなっている。
太陽は小さく、それでも白く眩しい光を放って強く存在する。
あの先に、老婆は消えていったのだろうか。
ぼんやりとしていると、隣の大智がゴソゴソと忙しなく動いた。
かと思えば、いきなり肩を抱かれて目の前にはスマホの画面。
呆気にとられていると、カシャ、とシャッターが切られた。
「…………は?」
「俺も健と写真撮りたい」
「いきなり、なんなんだよ」
肩の手を払うと、大智は満足そうにスマホを見た。
「だって健、写真嫌いじゃん。こんだけ長い付き合いなのに、健との写真全然ないし」
「急すぎんだろ」
「じゃなきゃ撮らせてくれないでしょ?」
ぐぐ、と顔をしかめた。
大智の言う通りだからだ。
「俺しか見ないから。さすがに泣き腫らした顔は送れないし」
大智は立ち上がる。
「送るってなんだよ」
「乃井ちゃんと美咲に頼まれてたんだよね。健の袴姿」
はっ? と、健も立ち上がった。
「勝手に送んな」
「頼まれてただけ! でもさすがにその顔の写真は送れないよ」
「引き受けるなよ。そもそも、俺の写真は……」
健が言いかけると、大智はずいっと健の顔の前にスマホを出した。
画面には、笑顔をきちんとつくった大智と、泣き腫らした上に呆然としている健の写真。
「何か写ってる?」
「……」
「俺には何も視えないよ」
写真をまじまじと見るが、何も写っていない。
健と大智以外には。
成人式を終えて、友人同士で肩を組んで撮ったただの写真にしか見えなかった。
「気にしすぎ、とは言えないけどさ。俺や乃井ちゃん、大学の他のやつらも、健がそういう体質だっていうのはもう知ってるから。写ってたとしても、気にしなくていいよ」
「……そうかな」
「そうだよ。友達だもん」
俺は親友ね! と笑う大智に、健もつられて笑みがこぼれた。
少し前までは寂しさと悲しさで胸がいっぱいだったのに、今はほんのり温かい。
泣き腫らした顔だろうが、もうどうでもよくなった。
大智が健と肩を並べてまたカメラを向けた。
健より低い肩に、押さえ込むように腕を乗せると大智は驚きながらも大きく笑った。
無邪気な少年のような笑顔が2つ、その一瞬を切り取ってカメラに収められた。