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浄霊屋  作者: 猫じゃらし
41/91

嫗 4

 

 年を越し、昼を少し過ぎた頃。

 市で一番大きな神社に来ていた。


「今年も人がすごいね〜」


 参拝を済ませ、境内の隅っこで配られている甘酒をちびちびと舐めて暖を取っていた。

 今日は雲一つなく、太陽が空高く出ている。初日の出を見に行っていれば、綺麗に見えたことだろう。

 だが、そのおかげで空気はいつにも増して冷えていた。

 行き交う人々からは、吐息が白く煙になって昇る。


「お兄ちゃん、早くおみくじ引きに行こうよ〜」


「待ってるから行ってこいよ」


「人すごいからはぐれちゃうじゃん!」


 隣で騒ぎ始めた兄妹を横目に、健は甘酒を味わう。


 大智から初詣の連絡がきたのは、日付が変わってからだった。

 年越しのあいさつと共に時間と待ち合わせ場所が記されていた。

 昨日のことがあったので、てっきりこの話は流れてしまったものだと思っていたが。


「健君は? おみくじ引くよね?」


 勝手についてきたという美咲は甘酒が苦手で、立ち止まる健と大智をせっついていた。


「ん、行くか」


 残りの甘酒を飲み干して美咲に返事をしてやると、美咲は声を上げて喜んだ。


「健君は優しいな〜。お兄ちゃんも見習わないと、一楓お姉ちゃんに相手してもらえないよ?」


「な、なんで姉ちゃんの話に……!!」


 お約束のように甘酒を吹き出した大智。


 そんな大智など気にせず、美咲はさっさと歩き出した。

 美咲の背中を追いながら、大智はふてくされたように言う。


「健は昔から、美咲のこと甘やかしすぎ」


「そうか?」


 特に気にしたことはなかったが。

 少し考えて、いや、と思い改める。


 今回のことであれば、美咲がいなければ「おみくじを引こう」と言うのは大智だったはずだ。

 だが、美咲が先に提案したので大智は引っ込んだ。

 そして美咲に対して否定的になる。


「……めんどくさい兄妹だな」


 昔からそうだ。

 大智がやりたかったことでも、先に美咲が「やりたい」と言うと大智は拗ねた。

 逆に、大智が先に「やりたい」と言うと美咲は怒って「私がー!」とケンカを始めた。

 なぜ張り合っているのか、ひとりっ子の健にはわからないが、兄妹というのはそういうものなのだろうか。


「めんどくさいって言うな」


「巻き込まれるのはいつも俺だぞ」


「ごめんって。……昨日のことも」


 大智はぽつりとこぼした。


「いろいろ、余裕なくて。急に素っ気なくしてごめん」


「別に。気にはなったけど、気にしてはいない。今の大智に余裕がないのは当たり前だし」


「うん……」


 まだ少しふてくされ気味なのか、大智は顔を上げようとしない。

 健は小さくため息をつくと、大智の頭をがしがしと雑に撫でた。


「な、なに?」


「俺も悪かった。考えることが多くて、お前に気を回してやれてなかった。なんかあったらすぐに言えよ」


 雑に撫でられた大智の髪の毛は無造作に散らばり、鳥の巣のようになった。

 健は手を離すと、口角が上がりそうになるのをとっさに顔を背けて隠した。


「え、何笑って……うわ! 髪ぐちゃぐちゃ!」


 ぶはっ! と吹き出してしまったので、健はにやける口元を隠さず大智を見た。

 文句を言いながら髪を直す大智は、いつも通りの大智に戻っていた。




 先を歩く美咲がおみくじ待ちの最後尾に並ぶと、2人の姿がないことに気づく。

 その場で背伸びをして、きょろきょろと歩いてきた道を探した。


「あ、健君見つけた」


 背の高い健のほうを見つけた。兄は小さいので、人の波に埋もれて見えない。


「こっちこっち〜」


 手を大きく上げてアピールしようとすると、ちょうど人の波が消えて兄も見つけることができた。


 の、だが。何をしているんだろう。


 兄は健君によって、がしがしと撫でられている。

 2人は身長差があるため、撫でられているというよりは押さえつけられているように見える。


「いいな、健君のなでなで……」


 つい本音が口をついたが、周りに知り合いはいないので良しとする。

 健君が兄の頭から手を離すと、さっと顔を背けた。

 背けた顔は美咲の方を向いたので、離れていても表情がよく見えた。

 健君が笑っている。



「……笑ってる!!」



 美咲はすぐにスマホを取り出し、瞬時にカメラを起動した。

 カシャ、と小さな音が鳴ったが、人のざわつく音のほうが大きく気づく者はいなかった。

 怒って髪を整える兄と、それを見て笑う健君。

 ズームをし忘れて小さく写ったけれど、美咲は満足だった。


「今年は大吉だな」


 スマホをしまうと、改めて2人を呼ぶために手を大きく振った。





 ❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎





 翌日、健は祖父母の家に来ていた。

 祖父はいまだ退院できずにいるので、家には祖母しかいない。


 その祖母も、祖父の付き添いに新年の挨拶回りにと忙しなく出歩いている。

 祖父が入院してからは落ち着いて家にいることはないという。


「じゃあ健、おばあちゃんは出かけてくるからね」


「うん。気をつけて」


 祖父母宅の玄関で、健は祖母を見送る。

 板張りの床は軋むところが多く、小さい頃に覚えた場所以外にも増えているようだ。

 避けて歩いたつもりだったのに、より大きく軋んだ。


「夕方には戻るようにするから」


「じゃあ、それまでに終わらせておくよ」


「よろしくね。大智君も」


 ギシッと健の後ろで床板が軋む。

 いつも通りの人懐っこい笑顔を浮かべて、大智は祖母に返事をする。


「はい」


 祖母は立て付けの悪くなった引き戸を開けると、家の前に待つ健の母の車に乗り込んだ。

 母が健に手を振る。

 健が頷いて返すと、車は雪をギシギシと踏み潰しながら出発していった。


「よし。大智、こっち」


 健は居間へ入ると、奥の襖を開けた。

 大智が首を傾げる。


「物置の片付けするんじゃなかったの?」


 玄関の外を指差した。

 大智にはそう伝えて連れてきていたのだ。




 昨日の初詣からの帰り道、おみくじが『大吉』だった美咲は上機嫌で、鼻歌を歌いながら健と大智から少し離れて歩いていた。

 スマホの画面をちらちらと確認しては、嬉しそうに口元を緩ませた。


「なんで美咲が大吉で、俺は凶なんだよ〜」


 嘆く大智のおみくじには「苦難有り」の文字が記されていた。

 年末のあの出来事から大智の苦難は始まっているので、やっぱりな、というところである。


「それ以上は下がらないんだから、あとは上るだけだろ」


 などと慰める健は『吉』で、可もなく不可もない。

 だが、その言葉は大智には目から鱗だったらしい。

 どん底であり続けるわけではないと思えば、前向きになれる。


「そっか、そうだよね。俺頑張るよ」


「おう、頑張れ」


 何を頑張るのかはわからないが、大智が意気込んだので健は応援するだけだ。


「ねぇ健。もし必要だったらさ、俺も手伝うからね」


「何をだ?」


「健のおばあちゃんのこと」


 少し迷って、健は頷いた。

 物探しには人手が必要かもしれないと考えていたところだった。




 そんなわけで、祖母には手の回らない物置の片付けをしようかと話を持ちかけた。

 祖父もおらず、健の母や父がいたとしても家の大掃除だけで手いっぱいだったらしく喜ばれた。

 だが、健がするのはもちろんそれだけではない。


「先に探し物をしたい」


 襖を開けた先は6畳ほどの和室で、祖母の着物がしまわれた箪笥や、祖父の溜め込んだ本、そして写真アルバムなど、大事な物が置かれている。

 この部屋に、あの老婆に関係する物がないか調べたかった。

 すでに健の家は物色済みで、他に可能性があるのはここしかない。


「あのさ、健」


「うん」


 健は適当に写真アルバムを1冊手に取り、パラパラと中を確認する。

 祖父母の若い頃の写真が収められていた。この小さい女の子は、たぶん母だ。


「俺がアルバムを見たところで、どれが誰かなんてわからないから意味ないと思うんだけど」


 ぴたりと手を止める。

 止めたページには、親戚が集まって宴会をしているような写真が貼ってあった。色褪せた写真は古ぼけているのに、皆笑顔で賑々しい。

 祖父に、祖母。幼い母。そして、見覚えはあるが名前のわからない、懐かしいおじさんとおばさん達。


「……たしかに」


 健ですら、親戚の面々はうろ覚えだ。

 ましてや大智が老婆の顔を見たのはあの1回っきり。

 写真を見てわかるはずがない。


「じゃあ俺、物置の片付けするよ。健はその分ゆっくり探せるでしょ」


「なんか、悪いな」


「いいよ。もともとそのつもりだったし」


 大智に物置の鍵を渡すと、健は数十冊もあるアルバムと向き合った。

 アルバムを探し終われば、祖母の残している手紙類から宛名を見るつもりだ。だが、老婆の名前がわからないのでこちらの望みは薄い。

 なんとか、写真に写っていることを願う。


 生きている人間(・・・・・・・)として。


「……よし」


 先ほどの適当に手に取ったアルバムは脇に置き、新しいアルバムを手に取った。





 ❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎





 すべてのアルバムを確認して、はや2時間ほど経った。

 アルバムの中身は若い祖父母、それから母が生まれ成長していき、結婚して、健が生まれた。


 そこまではごく普通の流れだと思う。


 健が出てきてからは、不自然な写真が増えた。

 空間がねじ曲がったように写ったもの、手や足が消えたもの、赤や白の光が入り込んだもの……それでも、まだマシな写真を選んで残しているのだろう。

 そして健の物心がついた頃になると、写真は急激に減った。撮られるのが嫌になったからだ。

 1年に数枚程度で、最近のものだと高校を卒業した時に無理矢理撮ったものが1枚だけだった。


 その少ない写真には、どうしても不可思議な点があった。


 どの健の写真にも、老婆は写っていなかったのだ。

 視えている時期、視えていない時期は関係ない。

 すべてに老婆はいなかった。他の()は写っているのに。


「あんなに一緒にいたのにな……」


 恐らく、意図的に写らないようにしたのだろう。

 健を想ってのことかもしれないが、なんだか物悲しい。


 ふぅ、と1つ息を吐いて畳の上に大の字に倒れこんだ。

 感傷に浸りたい気分だ。

 そんな時間がないのはわかっているが。


 アルバムに老婆の姿は見つけられなかったので、次は手紙でも見てみようか。

 健が体を起こすと、立て付けの悪い玄関の引き戸が音を立てた。


「とりあえず終わったよー」


 鼻の頭と頰を赤くして、大智が戻ってきた。

 物置の中とはいえ、外と気温はさほど変わらない。かなり寒かったはずだ。


「おー、ありがとう。コーヒー淹れるからちょっと待ってろ」


 健は隣の居間で、ドリップコーヒーを探して棚をあさる。

 お湯は電気ポットがあるのでわざわざ沸かす必要はなかった。

 その間に、大智は和室の山積みされたアルバムを見ていた。


「わー、すごい量だね。おばあちゃん見つけられた?」


「いや、いなかった」


「そっかぁ。本もすごいたくさんあるね。難しそうなのばっか」


 大智は並べられた本の1冊を抜き出した。

 大事にされてはいるが、表紙は黄ばみ紙は日に焼けて茶色に変色している。

 本を開いてみると、開き癖がついていた。


「何これ。栞?」


 勝手に開いたページに、古く擦り切れた紙が2枚挟まっていた。

 1つの紙には病院名が記され、もう1つの紙には名前が記されていた。

 大智は名前の記された紙を手に取ると、裏返して見てみる。


「え、写真……?」


 写っていたのは若い女性だった。

 くりっと丸い目は二重で、可愛らしい。

 肩ほどのショートカットは外にはねる癖毛だった。


「あっ……」


 写真の女性がぐにゃりと歪んだ。

 視界が急に暗くなり、頭がぐらんぐらんと回るような感覚。

 足はふらつき、力が入らない。

 どこが上で、下で、方向感覚もわからない。もしかしたら倒れたかもしれないが、痛みはない。


 遠くで健が叫んだ気がした。

 でも、それっきり何も聞こえなくなった。



 大智は写真を持ったまま、アルバムの山に倒れこんだ。





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