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浄霊屋  作者: 猫じゃらし
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湖 1

 

  夏休みも10日ほどが過ぎようとしているが、(たける)は相変わらず自室でテレビを眺めていた。

  陽が落ち暑さが和らいだ頃だ、無機質な音を立ててスマホが鳴った。

  着信画面を見ると友人の名前、 “大智(たいち)” と表示されていた。


「はい」


『もしもし、健? これから時間ある?』


「あると言えばあるが、ないと言えばない」


『えーどういうことー』


  間延びした声の後ろから、大智が歩いているような足音が聞こえる。

  足音はカン、カン、カン、と階段を軽快に上がり、少し歩いて止まった。




  ピーンポーン




『ピーンポーン』


  遅れてスマホ越しに聞こえた。

  続いて健の住んでいる部屋の扉がガチャリと音を立て、勝手に開いた。


「来ちゃった」


  扉から顔を出した大智が、いたずらに笑む。

  通話はそれと同時に切られ、どちらともなくスマホを耳から離した。


「連絡しろよ」


  ずかずかと部屋に上がり込んでくる大智に、健はため息をついた。


「今したじゃん。なに、DVD見てんの?」


  レンタルDVDのパッケージを手に取り、タイトルを見て「げっ。これスプラッタじゃん……」と顔をしかめる大智。

  しかめた顔のままパッケージを元の場所に置き、適当な所に腰を下ろした。


「なんでスプラッタ見てんの?」


「ずっと心霊系を見てたんだが、どうにも進展がなくてな。ちょっと刺激強めのを見てみたらどうかと思って」


「なんか違う気がする……」


  しかめたままの顔が戻らないようなので、健はDVDを停止した。

  なにか出せる飲み物はあっただろうかと冷蔵庫を漁りに立ち上がると、大智は首を横に振った。


「なにもいらないよ。それより、出掛ける準備して」


「どこに行くんだ?」


「刺激強めのとこ」


  大智はニコッと笑って車の鍵をひらひら振って見せた。





 ❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎





「お前車なんか持ってたっけ?」


  運転席でハンドルを握る大智に疑問を投げかけた。

  車はナビ通り順調に進み、都会のきらびやかなビル街を抜け人気のない閑静な住宅地を走っている。


「おじさんに借りた。姉ちゃんの親父さん」


「いい伝手持ってんなぁ」


  理由が肝試しということを抜きにすれば、上京先で車を無償で借りられるのは素直に羨ましい。

  大学生ともなれば交友関係が広がり、それに伴い行動範囲も広がる。



  今は夏真っ盛りだ。



  海に行っても山に行っても楽しいことがたくさんある。

  BBQ、花火、キャンプ、川釣りもいい。友人達とわいわいやればなんでも盛り上がるだろう。なんてったって夏だから。

  と、考えてはみたが一つ大事なことを忘れていた。


「大智は、夏休みは他に予定あるのか?」


「んー、いろいろ誘われたけど、姉ちゃんの手伝いがあるから断ったよ」


  大智は友人も多いし、そうだよなぁと思っていたら「健は?」と投げ返された。

  何も答えず無表情でいたら察したらしく、謝られたが。

  大智以外に友人がいないのだから予定があるはずもない。


「ところで、どこに向かってるんだ?」


  ナビは住宅地を抜け少し進んだところの水たまりを最終地点として示している。湖だろうか?

  水たまりの周辺にはなんの情報もなく、健と大智はそのなんの情報もないところを車で走っている。

  実際には木に囲まれた林の中だ。


「あんまり有名じゃないけど、姉ちゃん曰くおすすめ心霊スポット」


  心霊スポットにおすすめもなにもあるのか? とか、仮にも神社の娘がおすすめしていいのか? とか、首を傾げたくなるがそもそも前提からして首を傾げている状態なのであまり気にしないことにした。

  幽霊を視えるようになれ、という前提のほうがおかしいに決まっている。


「危険はないのか?」


「危険を感じたら塩まいて一目散に逃げろだって」


「塩って……」


  大丈夫なのかそれは。

  あ、これ預かってきたと小袋を大智から受け取る。ジャリっとした感触から塩だと理解した。

  違う、塩の心配をしたんじゃない。


「まぁ大丈夫だって。俺も噂は聞いたことあるし、いたずら好きなのしかいないって姉ちゃん言ってたから。あ、でも逃げる時は俺のこと置いていかないでね」


  緊張感のない大智を軽くねめつけたところでナビが終了を宣言した。

  件の水たまりに到着したらしい。





 ❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎





  駐車場から湖までは少し歩くようで、街灯が道筋を照らしていた。

  照らされた道を大智が先導して歩く。


  ナビではよくわからなかったがそこそこ大きな湖だ。

  昼間はハイキングコースにもなるようで、板張りの遊歩道が湖を沿うように設置され、柵が設けられてある。定期的にベンチもあるようだ。街灯も薄明かりだが照らしている。

  これが心霊スポットなのか? と思うほど整備されていた。


  「ここをぐるっと一周してこいっていうのが課題です」


  言いながら大智はどこかへ電話を繋いでいる。数コールののち、相手が出たようでスピーカーに切り替えられた。


『はいはい、着いた?』


  声は一楓(いちか)だ。

  心霊スポット巡りを命じた本人はスマホ越しに参加するらしい。


『今のところ何もなさそうね。少し歩いてみて』


  健と大智はほのかに照らされた足下を、念のために持ってきた懐中電灯で照らしながら歩き出した。

  ギシッ……ギシッ……と板が軋み合う音が鳴り響く。

  昼間であればなんとも思わない音だが、今この状況では不気味で仕方がない。


『大智と健くんはそこの噂聞いたことある?』


  スマホからの問いに、大智に向けて健は首を横に振った。そもそもこの場所すら知らなかった。

  大智のほうは噂は耳にしたことがあると車中で言っていたか。


「俺が聞いたのは、この湖でデートをしていたカップルの男が事故で亡くなって、思い出の残るこの湖に出てくるようになったって話。夜、数人で話しながら歩いていると相槌する人数が増えていたり、足音が増えていたり、服を引っ張ったりって。カップルで来ると、気づいたらお互いが違う手と手を繋いでたって話もあったな」


  懐中電灯で照らした足元を見ながら大智は言う。

  よく見てみると板が浮いていたり、隙間があいていたりと危ないところがある。引っ掛けて転ばないようにしなければ。


『だいたい当たり。そこにいるのは肝試しに来る人たちにいたずらを仕掛ける、愉快な幽霊よ』


「愉快って……」


  幽霊に愉快もなにもあるのだろうか。


『違うのは、事故で亡くなったって下りかな。広まってる噂ほど恨めしい話じゃないわ』


「そうなの?」


 大智が問うと、一楓は「そうよ」と答えた。


『そこの湖には、一人の男の人生が詰まってるのよ』






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