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浄霊屋  作者: 猫じゃらし
32/91

七五三 2

 

 それから数日後、斉木 佳奈(さえき かな)から連絡を受けた健は大智を捕まえていた。

「お腹すいたから食べながらでもいい?」というので、お昼には少し早いが学食を食べながらとなった。

 周りはすでにちらほらと席が埋まっている。

 人の少ない、離れた一角に向かい合わせに座った。


「なんの話?」


 スプーンでカレーライスを一口頬張ってから、大智は聞いた。


「この間、話した件」


「あー、あの廃校の女の人の? いつ?」


「次の日曜」


「日曜かぁ……」


 大智は渋い顔をした。


「日曜は他に約束があるんだ」


 ごめん、と謝ってからまたカレーを頬張った。

 他に予定があるのなら仕方ない、健は特に何も言うことなく大智と一緒に買ったラーメンをすすった。



「私が手伝おうか?」



 背後から急に声をかけられ、健の肩がビクッと跳ねた。

 すすっていたラーメンが変なところに入りむせ返っていると、大智が慌てて水を差し出してくれた。


「ご、ごめんね! そんなにびっくりすると思わなくて」


 声をかけてきた乃井さくらは、ピンク色の可愛らしいタオルハンカチを差し出してきたが、健は断った。

 そんな可愛らしいハンカチを、汚してしまっては悪い。

 大智から受け取った水を飲み干して、息を整えた。


「はー。いや、大丈夫だから。そんな謝んなくていいから」


 申し訳なさそうにハンカチを握るさくらに、荷物をどけて席をあけると小さくなりながら座った。


「乃井ちゃん、何か用があったの?」


 気を取り直して、再びカレーを食べ始めた大智が尋ねた。


「用っていうか、いるのが見えたから……」


「健が?」


 ニヤッと意地悪く笑う大智に、さくらは頰を赤くして手をぶんぶんと振った。


「大智がいるのもわかってたもん!」


「ふーん。で、俺の代わりに健を手伝いたいって?」


 さくらは振り回していた手を膝の上に置き、健を窺うように見た。

 上目遣いで「どう? だめかな?」と訴えるような眼差しに、健はつい体を引いてしまった。

 そんな慣れないことをされると、どう反応していいのかわからない。


「いいじゃん、健。手伝ってもらえば?」


「はぁ?」


 健の口から素っ頓狂な声が出た。


「いいの!? 手伝うよ!」


「うんうん、決まり!」


「ちょ、おい」


 勝手に進む話を健が止めようとするが、2人は止まらない。

 大智がニヤニヤと何か企んでいるのはわかるのだが、さくらがなぜノリノリなのかわからない。

 盛り上がる2人を尻目に、諦めた健はのびたラーメンを片付けることにした。





 ❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎





 後日、健とさくらが訪れたのは、郊外にある佳奈の姉の家だという一軒家だ。

 まだ真新しく見える。この辺りは住宅地になっており、土地を埋め立ててどんどん拡大しているらしい。

 田畑が多く、都心と比べるとかなり自然の多い、静かな場所だ。



 ピンポーン



 呼び鈴を押すと、間を空けず扉を開けたのは佳奈だった。

「いらっしゃ……」と言いかけ、健の後ろにいる人物を見て固まった。


「どうも、こんにちは」


「さくらさん、こんにちは。えっと、どうして……」


 困惑した佳奈は健を見た。


()君の助手です」


 答えたのはさくらだ。

 なんだか勝ち誇ったような表情を浮かべて、胸を張っている。

 佳奈は顔を一瞬引きつらせたが、すぐに笑顔を見せた。


「そうなの。それじゃ、さくらさんも今日はよろしくね。どうぞ上がって」


 佳奈に招き入れられて、用意されたスリッパに履き替える。

 おじゃまします、と玄関を上がると、リビングへと続く廊下の途中に階段があった。

 階段から小さな顔が覗いており、健が気がつくとすぐに引っ込んで2階へ駆けて行ってしまった。


「こっちよ」


 佳奈が手招きして、リビングへ向かう。

 玄関から今通ったばかりの廊下もそうだが、リビングにあるものは白を基調とし、無駄なものがなく整然としていた。とても清潔感のある部屋だった。

 ところどころに飾られる小物が存在感を出し、目を惹く。

 そのリビングには、女性と小さな女の子が待っていた。


「こちらが仁科 健君。それと、お手伝いの乃井 さくらさん」


 佳奈が健とさくらを紹介した。

 2人は会釈をし、女性が口を開く。


「はじめまして。佳奈の姉の、美奈(みな)です」


 佳奈によく似ているが、佳奈より落ち着いた雰囲気だった。

 子供がいるからかもしれない。少し、疲れているようにも見える。

 挨拶をする美奈の足下では、小さな女の子が不思議そうに健達を見上げていた。

 短い髪を耳下で結び、おさげの可愛らしい女の子だ。


「こっちは娘の美羽(みう)です。美羽、ご挨拶は?」


「こんにちは!」


 幼い子供特有の、高い声。

 拙い言葉の発し方が可愛らしい。


「こんにちは、美羽ちゃん。ご挨拶が上手だね」


 さくらは美羽の目線にしゃがみ込み、可愛い〜と頭を撫でた。

 美羽は人見知りすることなく、褒められて自慢げに笑った。


「お子さんは美羽ちゃんだけですか?」


 健が美奈に問う。

 先ほど、階段にいた子は美羽と同じ年頃に見えた。

 だが、美羽とは顔が違う。


「美羽だけですが……あの、なぜ?」


 美奈の顔が強張った。

 まるで心当たりがあるように、健を窺う。


「……いえ、先にそちらのお話を伺います」


 あまり不安を掻き立てるようなことは言いたくなかった。

 佳奈に促され、ひとまず皆、ローテーブルを囲むように腰を下ろした。

 美羽は初めて会うお姉ちゃん、さくらに興味津々なようなので、遊び相手を頼んだ。


「一番最初におかしなことがあったのは、美羽の七五三参りをした日でした。

 神社へ行って受付を済ませて、ご祈祷の時間まで少しあったので、境内(けいだい)を見て回っていました。その日は大安だったのもあり、美羽の他にもたくさん七五三参りに来ていました。

 よその子の着物を見て、あんなに可愛い着物もあるんだねとか、旦那と話していたんです。そうしたら、美羽がいきなり『着物が脱げた』と言い出して。走ったりとび跳ねたりして、足元がはだけたとか、そういうレベルじゃありませんでした。

 着物の袖を思い切り引っ張って、上半身が着崩れたようになっていたんです。美羽も、引っ張られたと言っていました。

 誰に? と聞いても、知らない子だと……。でも、その時は近くに子供はいなかったんです。美羽から目を離したのも、旦那と会話をしたほんの数十秒程度です。


 それから……」


 それまで淡々と話していた美奈だが、そこで言葉が詰まってしまった。

 握り合わせた両手が震えている。

 佳奈が促すように美奈の背中をさするが、美奈の言葉は続かない。



「……着物に血が付いていたんですね」



 健が代わりに言うと、美奈はこくこくと、首を縦に振った。


「それから、この家の中で女の子を見るようになったんです。最初は美羽が、そのうちに私も……。私はちらっと影が見えたり気配を感じる程度ですが、美羽にはハッキリと見えるようです」


 事前に佳奈から聞いていた通りの内容だった。

 恐らく、この家に入ってすぐに階段で見た子が、その女の子だろう。


「その女の子は神社からついてきたんですか?」


「わかりません。でも、美羽はついてきたと言っています」


「女の子が何を言っているかなどはわかりますか?」


 美奈はちらりと美羽を見た。

 美羽はこちらの話など気にせず、さくらとおままごとを始めたようだ。

 美羽にはあまり聞かせたくないのだろう、美奈は声を潜めた。


「最初のうちは、着物を返してと。それから日が経つにつれて、寂しい、帰りたい、と泣いていると美羽が言ってました。寂しいからと、美羽を連れていってしまうんじゃないかと不安で……」


 美奈の瞳に涙が溜まる。

 幼い子供を持つ母親としては、気が気ではないだろう。

 美羽の言う通りだと、女の子が美羽を連れて行ってしまう可能性もないとは言い切れない。

 なるべく刺激せずに、女の子をこの家から離さなければ。


「お話はわかりました。2階を見に行っても構いませんか?」


「2階ですか?」


「俺達が来た時に、階段の上に行ったのが見えました。一緒に来てもらえますか?」


 美奈の顔が青ざめた。

 できれば家主である美奈についてきてほしいのだが、怯えてしまっているのは目に見えているので、強要はしたくない。

 だが、知らない人間が家の中をうろつくのは心配があるだろう。


 どうしようかな、と考えていると、


「私がついていくよ。お姉ちゃんはここにいて」


 佳奈が腰を上げた。

 家主ではないが、姉妹である佳奈ならば問題ないだろう。

 健はありがたく、佳奈の申し出を受けた。


「では、行きましょうか」


 微かに階上から気配を感じる。

 健は女の子を刺激しないように、一段一段ゆっくりと、静かに上がり始めた。




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