始まり 3
背の高い友人、健を急かしながら電車に乗り、乗り換え、若者が集う街にたどり着いた。
ちゃんとついてきているか振り返って見れば、気怠げに後ろをついて歩いている。
「健、はぐれないでね」
「大智こそ、いなくなるなよ」
人が多い……とため息をつきながら。
長年の付き合いで、気乗りしていないわけではないことは感じられる。
だが、相変わらず読み取りにくい態度と表情だ。
乏しいのだ、表情が。感情も。
おかげで俺以外によくつるむ友人というのを見たことがない。
そんな健だが、小中高とバスケ部に所属し持ち前の身長を生かしていたので隠れファンはちらほらいた。
特に表情の出ない顔だが、不細工というわけではない。
顔立ちは中よりちょっと上で、バスケ部補正がかかってモテる要素はある。と言ったのは、女友達の1人だっただろうか。
健はそんなことに気づいてないんだろうなぁ、もったいない。
でも、それを教えはしない。
その身長も運動神経も、俺は持っていない。嫉妬だけど、それくらいの意地悪は許されるはずだ。
なんて考えながら、改札を抜けて駅前のシンボル、もとい待ち合わせスポットで人がごった返す中に入り込んでいく。
人の熱気で蒸し暑い。皆汗を垂らしながらスマホを弄ったりイヤホンで音楽を聴いたり様々だ。
俺は背伸びをしてきょろきょろと辺りを見回した。
健は一楓の顔がおぼろげなようなので当てにならず、俺の後ろをくっついて歩いていた。
「大智ー! こっちこっち!」
よく通る声が耳に届いた。
声の先には、見知った女性が手を振って立っていた。
セミロングほどの黒髪、肌は透き通るように白い。少し青白いくらいだ。
フレアスカートにTシャツとサンダルというラフな格好だが、着飾らなくとも一楓は美人だ。
大抵の格好ならその顔立ちでお洒落に見えることだろう。
「姉ちゃん、お待たせ」
一楓はうんうん、と頷いて俺の後ろに目をやる。
健が軽く会釈した。
「健くん久しぶりね。背も高くなって、ずいぶんイケメンになったんじゃない?」
「久しぶりっす。そんなことないですよ」
「急に呼び出してごめんね。来てくれてありがとう」
「いえ」
「詳しい話をしたいから、場所変えよっか」
一楓が目配せしたので、俺はあらかじめ予約しておいた居酒屋に2人を案内した。
❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎
「とりあえず生」
メニューも見ずに一楓が言ったので俺と健もそれに従う。
店員に注文すると「3つですか?」と怪訝そうに確認された。
「また未成年に見られたのかな?」
俺が言うと、向かいに座った健が「いつものこと」と口角を上げた。
今日初めて笑った顔を見た気がする。ニヤッとした笑いだけど。
「うちの家系は童顔が多いからねー。私もよく年齢確認されたよ」
隣に座った一楓が笑いながら言った。
今回はさすがにされなかったか、と呟いたがすぐに周りの喧騒に掻き消された。
注文した生ビールがテーブルに置かれ、「久しぶりの出会いにかんぱーい」と一楓が音頭をとりそれぞれグラスを傾ける。
健だけ息継ぎなしで飲み干し、料理と合わせて生ビールを追加注文した。
「で、本題なんだけど」
一楓が切り出す。
俺はあらかじめ聞いてあるので、これから運ばれてくる料理の取り分けに徹することにしよう。
「健くんにお願いしたいのは、うちの家業……というか、私の仕事の手伝いなんだけど」
「家業?」
健が聞き返した。
「うち、実家が神社でね。お祓いしてほしいって人形とか壺とか色々な物が持ち込まれるの。人のお祓いもあるわ。やるのは父だけどね」
「大智ってそんな縁者がいたんだ」
ふーん、という感じで健がこちらを見た。
どうやら少し驚いているようだ。
「言ったことなかったっけ?」
「ない………いや、あったっけ?」
なんだそりゃ。
もう少し俺に興味を持て。
「それで、何を手伝うんです? 神社の掃除?」
「ううん、そういうのじゃないわ。その前に確認したいことがあるの。単刀直入に聞くけど……」
店員が生ビールと簡単なつまみを持ってきてテーブルに置いた。
その店員が去るのを待ってから一楓は言った。
「健くん、幽霊、視えてる?」
ふざけたようなことをサラリと放った一楓だが、顔は真面目だ。
不思議と周りの喧騒が遠くなったような気がした。
健が間をおいて答える。
「……視えてません」
「えっ?」
間髪入れず疑問を投げたのは俺だ。
えっ?
「健、視えるって言ってたじゃん!」
「それ小学の時だろ」
「今視えないの!?」
ふぅ、とため息をつく健。
「俺、事故ったことあっただろ。自転車乗ってて車にぶつけられて。その時ちょっとだけど頭打ってさ、それからはもう」
俺は過去の記憶を探った。
そうだ、確かに小学生の時に健は事故にあった。本人はかすり傷程度でぴんぴんしていたが、頭をぶつけたため精密検査などで1週間ほど休んでいた気がする。
だが、視えなくなったなんて聞いた覚えがない。
「本当に視えないの?」
「視えん」
「やっぱりねー」
それまで静かに見ていた一楓が口を挟んだ。
いつの間にやら運ばれてきていた料理も取り分けてくれている。
「なんとなく、そんな気がしたんだよね」
取り分けた料理をそれぞれ渡して、一楓は俺を見て困ったように笑った。
「そんな顔しないでよ、大智」
「ごめん、姉ちゃん。当てが外れちゃった」
「大丈夫よ」
料理に箸を伸ばしていた健が空気を察したらしく、「なんかすんません」ともごもご謝った。
「大丈夫だって。今は視えてなくても、そのうちまた視えるよ」
「えっ?」
俺はまた疑問を口にした。
健も声に出さなかっただけで、同じような顔をしている。
「昔は視えてたんでしょ? じゃあ視えるようになる。健くんは素質がある」
「素質……?」
今度は健が口にした。
料理に箸が伸びたまま固まっている。
「そう、素質。意識すれば戻るのも早いと思う」
一楓がにっこり笑った。
綺麗な笑顔に見惚れたのは俺だけじゃないはずだ。
「そういうわけだから、よろしくね。健くん」
有無を言わさず、そんな雰囲気を一楓は纏わせていた。
健はごくんと唾を飲み込んで固まった。
何も言わないせいで、それが了承だと捉えられたのは言うまでもない。
こうして、健の霊感を取り戻す特訓が始まったのだった。