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浄霊屋  作者: 猫じゃらし
19/91

廃校 6

 

 どこか幼く見える、17歳だという少女。

 最初に現れた時は、ただ賑やかにしている(たける)達に惹かれて寄ってきたのだと思った。

 友達とはぐれたのなら、探してあげようと皆が盛り上がったので、少女もそれで満足するならと付き合うことにした。

 もしかしたら、導くきっかけを作ってあげられるかもしれない。

 そんな少女に違和感を覚えたのは、震えているのを落ち着かせようと触れた時だった。

 いつもなら、健は自分の “()” をこれ見よがしに利用することはない。

 なんとなく勘が働いたのかもしれない。


 少女は、死んでいる者とは違う “氣” をまとっていた。


 上手く説明ができない。

 健は、その “氣” を知っているようで知らない。

 身近に感じたことはあるが、それがなんなのかわからずにいた。




 少女から姿を変えて、代わりに現れたのは20代半ばほどの女性だった。

 セミロングの髪が揺れた。

 女性は寂しげに微笑んでいた。


「いつから気づいていたの?」


「違和感を感じたのは、肩に触れた時だ」


 健は答える。


「えっ……理緒(りお)ちゃん……?」


 さくらが戸惑いを隠せずに後ずさる。


「ごめんね、私は理緒じゃないの」


 女性は目を瞑って俯いた。

 健は女性の “氣” の正体がわからず、腑に落ちない。


『あなた、身体(からだ)はまだ生きてるんでしょう』


 健の疑念に答えたのは一楓(いちか)だった。

 一楓の声は、先ほど揶揄(やゆ)した時と同じように冷たい。


『怪我も治ってる。頭や神経にも異常はない。身体に戻れば、日常が戻るでしょう。なぜ戻らないの?』


 女性は顔を上げると、目を細めて鏡を見た。


「その鏡の設置案が出た時に、私は反対したの」


 だが、女性の言葉に耳を貸す者はいなかった。

 誰もが関わらずにやり過ごしたいと思ったのだろう。代わりにやってくれる誰かがいれば、反対も肯定もせず勝手にやってくれ、という状況だ。


「当たり前よね、だって私は1年目の新米教師だったんだもの。反対するなら代案を出せって詰め寄られたわ」





 ❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎





 女性は大学を卒業後、この中学校に赴任した。

 1年目で、1年生のクラスの副担任を任され、新しい環境と初めての生徒達に一喜一憂しながら頑張っていた。

 この中学校におかしな噂があることは地方からきた女性は知らなかった。

 それを知ったのは、ある生徒からの相談を受けてからだった。


「それが理緒ちゃんだった」


 理緒は感受性が豊かだった、といえば聞こえがいいだろう。

 実際は、他の人間が感じないものを感じ、目にしていた。

 つまり霊感が強かった。

 入学してすぐから、怯えた毎日を過ごしていたようだ。

 小学校からの友達も数人はいたようだが、今までの理緒とは打って変わった様子に距離を置き始めた。

 元は明るい子だと聞いたが、相談を受けた頃には暗く大人しくなっていた。


「私も小さい頃はそういう時期があったから、放っておけなくて。大人になるにつれて視えなくはなったけど」


 一度だけお祓いをしたことがあった。

 その時は何をしても楽しくなく、常に暗い考えに付きまとわれ、人生を終わらせようと考えたほどだった。


「その住職にね、お礼を言われたの。最近はネットが普及して、自己流でお祓いをする人や詐欺に遭う人が多くいる。来てくれてありがとう、頼ってくれてありがとうって」


 だから、鏡を設置せずにお祓いを、と意見した。

 そのほうが生徒達も安心を得やすい。


「そもそも噂が立って評判が落ちている、これ以上目立つことはできない。って却下されたわ」


 着々と鏡設置案は進められた。

 発案者が校長だったこともあり、そもそもその案が覆ることはなかったのかもしれない。

 神聖な鏡だから、邪悪な者を寄せ付けない鏡だから、と何も言わない教師達に触れて回ったという。


「やましさもあったのかしら。まさか中に御札を仕込んでたなんて」


 どこからかき集めたのかわからない大量の御札は、予想以上に力を発揮してしまったようだった。

 結果、渡り廊下を通るだけだった幽霊達は、校内を彷徨い、多くの生徒に影響を及ぼすようになってしまった。

 あとは、健の予想通りだった。


「理緒ちゃんの副担任をやったのは1年だけだった。2年に上がる時にはクラス替えが行われ、関わるのは相談しに来てくれる時だけになったわ」


 理緒のことを心配していた女性だが、教師としての仕事も増えていく。

 自分の仕事に埋もれ、次第に理緒のことは頭の片隅へ片隅へと追いやられていった。

 そのうちに、理緒から相談を持ちかけられることもなくなった。

 理緒が3年生に上がる頃に、不登校になっていると初めて知った。


「あんなに心配していたのに、まさか不登校になってから半年も気づかなかったなんてね。忙しさにかまけて、ずっと慕ってくれていた子を裏切ってしまった」


 理緒の自宅へ赴き、話をしようと試みた。

 だが、「誰にも会いたくない」と母親に言付けするだけで、理緒とは会えなかった。母親は毎回、申し訳なさそうに頭を下げていた。


「それを何度か繰り返して、連絡を受けたのは夏休み明けだった」


 理緒が自殺したと。

 母親が買い物で家を空けている時を見計らって、睡眠薬を大量に飲んだらしい。

 睡眠薬は不登校になってから、精神科に通院し、医師から処方されていたものだったようだ。


「相談を受けている時に言っていたの。家についてくる、だんだん数が増えてる、って」


 学校でも家でも、理緒の気の休まる所はなくなり、それは彼女の精神を破壊していった。

 いきなり怒り、暴れ出す。かと思えば、しおらしく泣いていたり、高笑いをしていたり、普段の理緒だったり。

 理緒であり、理緒でなかった。

 葬式で会った理緒の母親はずいぶんとやつれていた。


「すぐにでも、神社なりお寺に連れて行けばよかった。それを私は知っていたのに……」


 教師という肩書きが、それを邪魔した。


「お葬式の帰り道、すごく悲しくて辛くて、心がはちきれそうだった。その時に、声が聞こえたの」


 優しく、諭すように、女性を許すと。

 だから、こっちへおいで。あの子もいるよ。おいで。


 一緒に行こうよ。


「私は車道に飛び出していた」


 目の前に眩しい光があった。

 その時に気がついた。


「あ、呼ばれたんだって」


 でも、呼んだのは理緒じゃなかった。

 手招きするたくさんの影は、(いびつ)で、皆ニヤニヤと笑っていた。

 理緒じゃない。


「目がさめると、私は私を見下ろしていたわ。酸素マスクをつけられて、包帯まみれで、管がたくさん繋がった私」


 そんな自分を冷静に見ていた。

 ふと、理緒はどこにいるんだろう? と思った。会って話がしたい。

 そこから彷徨い始めた。


「理緒ちゃんの家に行っても、お墓に行っても、見つからなかった。もしかして学校にいるのかなと思って、私は学校に来た」


 学校に入った女性は唖然とした。

 生徒がいるのはもちろんのこと、そこに紛れてたくさんの肉体を持たない者達がいた。

 そこら中を縦横無尽に行き来する者達に、不思議と恐怖心は湧かなかった。

 ただ、近づいてはいけない類の者がいることだけはわかった。


「その中に、あの男の人がいたの」


 なぜ女性がそこまで恐れるのか。

 男が禍々しく歪んでいたから、それもあるが、男の顔に見覚えがあったのだ。

 脳裏に焼き付いて離れない、その顔はーー。


「私を()いた人だった」


 眩しいライトに目がくらみ、避ける間も無く体は宙に浮いた。

 ライトが外れたほんの一瞬に見えた、驚いた顔は忘れられるはずもない。

 そこから女性の記憶はない。

 女性が意識を手放した後、男の車はコントロールを失い、電柱へ追突した。

 男は即死だった。


「恨まれてても仕方のないことを私はした。彼の人生を奪ってしまった」


 男はこの学校を彷徨っていた。

 事故の起こった場所からは離れている、この学校を。

 なぜか? 理由は簡単だった。

 男はいつも鏡の前に佇んでいた。

 忌々しげな顔を、鏡に向けていた。


「彼のお墓は鏡を抜けた先にあった……」


 理緒の自殺、男の死、そして報われない魂達……。

 すべてを起因しているのはこの鏡だった。この鏡をどうにかしなければならない。


「鏡に近づく必要があった私は、彼に気づかれないように、理緒ちゃんの姿を借りた」


 近づいても男は無反応だった。

 ただ、鏡を睨みつけているだけだった。

 女性は鏡に手を伸ばす。一体何が起きるのか?


 バシッと音と共に、伸ばした手に痛みが走った。

 跳ね返された手はジンジンと痺れている。


 鏡を見ていた男の視線が女性に移った。

 とてつもなく黒い感情が渦巻いているのがひしひしと伝わってくる。これは、怒り?

 肉体がない分、直に伝わってくるそれは自分の存在を大きく揺さぶった。


 逃げなければ。


 女性は壁などの存在を気にせずに逃げ出した。

 男が追ってくる気配はない。ないのだが、禍々しくどす黒い男のオーラが女性を呑み込もうとする。

 とにかく逃げた。我を忘れて逃げた。


「それからは一切、鏡に近寄れなくなってしまった。それどころか、常に彼に追いかけられてる気がして、ずっと逃げていたわ。そのうちに学校から出られなくなって、気づいたら」


 健達がいた。

 暖かい光に包まれた健を見ているうちに、だんだんと引き寄せられた。



 この人なら助けてくれるかもしれない、そう思った。





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