始まり 1
大学2年、夏休み。
外はうだるような暑さだ。
日差しは強くアスファルトを熱している。
裸足で歩くと簡単に火傷をしてしまうだろう。
その暑さとは真逆、冷房の効いた快適な部屋に俺はいる。
余計な物は置かずに整然とされた自室。
机や椅子、必要な家具をブラックとグレーで統一している。
ベーシックに仕上がった自室を、なかなか気に入っていた。
「うーーーん」
椅子に腰掛けていた俺は腕を組んで唸った。
背もたれに体を預けると、ギシッと音がする。
「わかんねぇ」
簡素な台に置かれたテレビを見ながらため息をついた。
テレビの中では有名な某怪談タレントが、若い女性タレント2人を連れて廃墟を探索している。
「ここの建物の一室は火事で……」
「その部屋では異臭が……」
「おかしいな〜おかしいな〜」
某怪談タレントが早口で捲し立てる。
女性タレント達は「きゃー!」と騒いで涙目になっていた。
「きゃーきゃー言ってないで早く進んでくれ」
テレビの中の、なかなか歩を進めないタレント達に文句を言う。
どの部屋で何があるのか、情報があるならさっさとその部屋に行って検証なりなんなりしろよ、と。
テレビの中のタレントに文句を言っても仕方ないのだが、もうレンタルDVD3枚目なのだ。
1つくらいはっきりした心霊現象を確認したい。
と、若干飽きながら画面を眺めていると、タレント達は件の火事が起こった部屋に着いたらしい。
画面越しにもわかる、黒く煤けた室内。
窓ガラスは割れ、風が入るのか「寒いね」と女性タレントの1人が言う。
某怪談タレントは「ここはね、かつて4人の家族が住んでいて……」と話し始めた。
俺は画面を注意深く見た。
この廃墟の一番の肝である一室で怪談をすれば何かしら起こるはずだ。
某怪談タレントの話に、女性タレント達は顔がどんどん青ざめていった。
1人の女性タレントが呟く。
「なんか臭くない?」
『異臭がする』とは怪談の中にあったが、実際来てみると窓ガラスが割れてるのである。
臭いがこもるはずがない。
その事実に気がついた女性タレントから連鎖するように、周囲がざわつき始めた。
恐怖がその場を包み込む。
某怪談タレントは「まずいなぁ」と言い、女性タレント達とカメラの後ろにいるであろうスタッフ達に撤退を指示した。
そこからはスタッフ達の声も入り、「落ち着いて!」や「道順は……」と慌ただしく外に向かい動き出した。
そして、タレントやスタッフ達は何事もなく外に出た。
某怪談タレントは「危なかったねぇ、集まってたよ」と言った。
女性タレント達は涙を流しながら抱き合っていた。
「今回起こったことは……」某怪談タレントがまとめ始める。
遊び半分で廃墟に入らないように、と最後に付け加えてエンドロールが流れた。
「やっぱわかんねぇ……」
DVDを停止して、俺は天井を仰いで脱力した。
もうちょっとこう、影だけちらっと見えるとかないものだろうか。
声は聞こえるとか。
それとも、今まで見た映像自体に本当に何もなかったのか。
「疲れた……」
DVD3枚ぶっ通しで見たので体も固まっていた。
軽く体を伸ばし、ディスクを取り出してケースにしまう。明日返却しに行こう。
自室の窓から外を見る。
陽はだいぶ落ちたが、まだ涼しくなる気配はない。
辺りを見回して“何か”ないか探してみる。
“何か” はない。ないというより、いない。
なぜ俺がこんな奇妙なことをやっているのか。
心霊オタクで趣味だからやっているわけではない。
これは、俺のれっきとしたバイトなのだ。
“幽霊を視る”
まったく視えないのだが。
“視る” ということは前段階であり、他にもいろいろやらされるらしい。
つまり課題だ。視えるようになっておけよと。
なんとか感を研ぎ澄まさなければならない。
めんどくせーと呟き、あくびをした。
友人が困っていたのでこのバイト話を受けたが、少し後悔した。