前川の葬儀
大本堂に僧侶がずらりと並び、参列者は何百人。
前川とは今日が最期だというのに誰か他の葬式に来たような気分だ。
屋敷の大きさと身分などではすでに比較にならないことは分かっていたが、出会えた人と人脈もまた凄い。身分を越えた近しい間柄でいてくれたことには感謝しかない。
見回して誰か知り合いでもいないかと探してみると本堂の前を歩く男で目が止まった。大柄で堂々とした姿勢に見覚えのある袈裟姿。詠唱寺の住職、広範である。
「――見間違いか?」
山寺の住職がここにいるわけがない。しかし派手な袈裟姿とあの体格は目立つから間違えるはずはない。引き寄せられるように歩を進めたが、境内を埋め尽くす人混みに消えた。
苛立つと、後から肩を叩かれた。小男だが、身なりはきちんとしている。
「――銀。何でついてきた?」
「別についてきたワケではありませんよ。いやあ、さすが旦那ですね」
銀次は手招いて人気のない木陰に誘いこんだ。
銀次と前川の葬式には何の因果も感じられない。冷ややかな視線になるのも当然だ。
「あっしは言われた通り、雛菊とお竹の違いを追って、寺に寄ってここに辿りついたんで」
「広範か。しかし何も今日を狙わなくても良かろう」
彦左衛門の疑いを晴らすように銀次はまくしたてた。
「いいえ、今日でないと! 山吹楼に探りをいれまして、身請けの斡旋や売りをしていないか調べてきところ証拠がゴロゴロ出てきました。その一連の流れでヤツラが集まりそうなのが今日のこの寺だったんで」
「山吹桜の主が来るということか」
「遊郭で取引していたのは事実ですが、置屋を回って金を巻き上げる役目は別なようです。広範が御布施とか言って、銭を要求しているに違いないですよ」
彦左衛門は首を傾げた。首の痛みもかなり和らいだ。これでかなり首が回る。
金あつめが目的なら、別にもう一人いても良い気がする。金は天下の回り物とよく言うが、それだけが人を動かす手段ではない。あの鍛えられた体格と気力、少々の洒落っ気。時おりみせるギラついた眼差し。なにが広範を僧侶に留めておくのか。
しかし詠唱寺で親子が二人も命を落としているのは事実だ。そこに重大な理由がある。やはり攻めるべきは広範。
「やつら托鉢はしているのか?」
「山寺ですが、もともと金はあるんで必要ないと思いますよ」
「寺が新築だった。金回りが良くなったのは最近だよな」
「10年前に支援者が現れたそうで、その前は托鉢もやってました」
「支援者というと?」
「そこまでは……昨日の今日ですよ」
「あとで裏、とっておけよ。おそらく知り合いだから駿河屋の八十吉もその中に入っているだろう。托鉢を辞めた時期は雛菊の母親が死んだ頃と重なるな。もともと金があるのに托鉢をしていて、さらに支援者を得た。胡散臭い托鉢だ」
「托鉢するのに他に目的が? 貧乏な村の人間から何を奪おうってんですか」
彦左衛門は品のない想像に首を振った。人が殺しに動く理由はさまざまだが、多くは金と男女の絡み合い。
「お前が一番見慣れているやつだ」
彦左衛門はふと笑った。広範のあの目が好色だと理解できた。それも少し自分に似ているという理由で。
「母親とお梅が死んで、お竹は行方が知れず、そしてお松。どう考えても狙われている。だからお松は長い間、逃げていた」
「じゃあ広範を!」
早速動こうとする銀次の肩を掴んで止めた。
「証拠が無い。ガタガタ騒ぐな。狙った獲物が逃げちまう。確実に捕えるならば時期を待て」
「あっしにできることは?」
「俺は今日、非番なんだ。仕事は吉原に腐るほどあるだろ」
「じゃあ……死んだ遣り手について調べますよ」
雛菊の時は計画が練られていた。首吊りに見せかけ、俺を襲い、佐助の家に頭巾を置いて罪を着せるそぶりまであった。なのに遣り手の女を殺した時は、まるで放たらかしだ。
「殺しの犯人が一人とは限らん。気を付けることだ」
「合点承知」
また仕事かと、しょぼくれる銀の背中を彦左衛門が叩いた。
「仕方ねェな――今度一席もうけて、奢ってやるからよ」
「本当ですか!」
銀次の目が生気を取り戻してくる。
「いいさ。ご祝儀はたっぷり戴くからな」
「ご祝儀?」
これがうまくいったら、小春と暮らせる。彦左衛門は笑みを隠せない。
「その話はあとだ。これから大事な話があるのだよ。明日にしてくれ」
急に態度がよそよそしくなった。彦左衛門は銀次を追い出そうとしている。銀が振り返ると妻の志津が立っていた。
「旦那もスミに置けないですねぇ。――じゃ」




