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吉原大門事件帳ー小春日和ー  作者: WAKICHI
ー雪見桜ー 第三幕 愛しい女
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彦左衛門の真実

 桜の季節に雪が降るように、長く人生を過ごすと、常に暖かい春というわけにはいかないもの。同様に愛に華やぐ季節でも、時に厳しさに見舞われる。


 春となるか冬に戻るか。長い冬を乗り越えた桜だ。花冷えとなっても必ず花は咲く。雪を載せたとしても、桜は試練を越えた自信と共にいっそう輝きを増すだろう。厳冬の暖かな小春日和ではなく、今度こそ本当の春だ。


 小春との日々はこれからも長く続く。彦左衛門はそう信じた。


 上手くいくか否かはこの弔いが鍵となる。


 前川の弔いは盛大に行われた。友人を名乗る人々は世間に名の知れた男ばかりで、参列者に切れ目はなく、何百人と来ている。今まで身分の抜きで付き合っていた彦左衛門にとって、それは驚きであった。


 その昔、志道館では野口、前川と共に三羽烏さんばがらすと呼ばれ、切磋琢磨した。あれから年月を経て、前川の残した功績がいかに偉大であったか。読経の声を聞きつつ、思索にふける。


 ――前川と揉めて楽しむのもこれが最後だな。


 前川と知り合った頃、彼は志道館では下っ端だった。

 風が吹けば倒れるような痩せた侍で、人の顔より書物を見るほうが長い男だ。人付き合いなど無用で、面倒とばかりに時間があれば書物を読みふけっている。


 彦左衛門は豪快な剣で信頼を集め、志道館で切れ者は誰か聞けば、小久保の名が必ず挙がる。若かりし彦左衛門は剣と女に長けて、まことに遊び上手であった。ただし書物の前に座るのだけは苦手で、理由をつけては前川を頼った。


 二人はお互いに無いものを補うように彦左衛門は剣と人つきあいを教え、前川は学びの楽しさを教えたのである。そうして数年も経てば、お互いに実力を伸ばし、互いに名の轟くところとなった。


 前川は家老になったが、年月を経ても変わらないのは友情と、彦左衛門が女に好かれることだ。

 志津は前川と親しくしていながら、家柄の低い彦左衛門へ嫁いだ。前川の密かな悲しみを察した、彦左衛門は遊びを知らぬからだと、酒と芸妓遊びを教えた。


 その後、品川宿で彦左衛門は小春と出会った。道端で佇む少女はその界隈で有名な女郎だった。彦左衛門は居ても立っても居られず、前川から一世一代の借金をして、親代わりになりたいという。


 前川は驚いていた。妻を持ちながら、身請けなど冷静とは思えないと反論したものだ。どうやら彦左衛門は女に溺れないものと思っていたらしい。しかも相手は噂に聞くような若い売れっ子の女郎で、とても一介の役人がどうにかできるものではない。


 前川が反対すると、彦左衛門は少々の悪事に手を貸して金を集めた。裁かれはしなかったが、噂だけでお役目の降格は免れない。吉原大門番所に移動となっても諦めきれない彦左衛門に前川が力と金を貸したのは、邪心がなかったからだ。娘として大事にして、独り立ちさせたい。その想いに感動した。


 小春は芸子になり、才能を開花させると、たちまち有名になった。引く手あまたの男たちが我が物にしようと躍起になる中、彦左衛門は悩み、誘いをかけた。

『前川、俺の女を見る目が確かなのは知っているだろう。小春には芸だけではなく、男心を掴む才能がある。――小春は江戸で一番の芸妓になる。そのような女子は夜の政に是非とも必要。旦那になれと言っているのは、お前のためだ』


 助け舟を出すのは二度目。前川も最初は納得がいかなかった。宴で口説かれようが、すべては淡い夢物語。上辺だけの口約束など太陽の下に晒されれば酒の酔いと共に消えるものだと思っていた。


 だが小春が美しく成長するたびに、彦左衛門が正しかったのだと思い知らされた。

 大事な客を招いた密かな夜の宴。苦境に立たされた時、小春がそっと手を握るだけで力が湧いた。舞を見て、小春に酒を注がれるだけで、勢いが出た。実のところ小春が掴んでいたのは客の心ではなく、前川の心であった。


 前川も小春を愛していたことだろう。そして真面目だからこそ、小春の気持ちを最大限に尊重していた。いかに好いても小春の身体を求めることはない。彦左衛門はそれを計算して旦那になるように薦めた。


 以来、彦左衛門が小春と共に、前川の前にいることは一度もなかった。前川の前で、小春が彦左衛門に向けて一度でも微笑んだら、騙されたと思うからだ。長い友情も愛憎の前では簡単に崩れてしまう。


 しかし前川が霊山に旅立った今、小春は自由の身だ。もはや心置きなく、正々堂々と主張しようではないか。これが真実だと。



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