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吉原大門事件帳ー小春日和ー  作者: WAKICHI
ー雪見桜ー 第三幕 愛しい女
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二つの盃

 

 春の月もすっかり傾き、夜も更けた。

 酒が入って寝転ぶのは心地良いが、まだ夜風の寒い季節である。


 ふいのくしゃみに目が覚め、上掛けが落ちた。羽織をもう一度掛けくれる人が欲しいが、返事をしたのは蛙だけ。


「なんだ。帰っちまったのか。仕方ねェな」

 ようやく立ち上がったところで足音がした。


 片足を庇うような足どりだから残念に思う。それは小春ではなく銀次だ。裏戸から現れて、目も酒もさめて、興ざめだ。


「遅くにすいません」


 彦左衛門は残り少なくなった酒瓶を逆さにして注いだ。

「ちょうど一杯ある。これで一息ついたらどうだ」


「――へぇ、でも急いだほうが」


「一杯くらい呑む時間はあるだろ?」

「いただきやす!」

 銀次が一気に飲み干すと、彦左衛門が切ない顔をしている。


「とっておきの酒だったんだぞ」

「それより!」


 銀次の必死さに、彦左衛門は額に手を当てた。言いたいことは分かっている。

「銀よ、俺は明日は休むと言った筈だ」


「――すいません。でも、どうしていいか・・・・・・」

「まぁ話は聞いてやるけどよ」


 銀次は頭巾の男が再び現われて、遣り手の女を絞め殺したことを伝えた。男の素性も分からず、女郎でなく遣り手の女が狙われた経緯も不明だが、犯行の手口が同じだ。


「気になるのは、あそこは雛菊がちょいと前にいた廓なんで」

「雛菊が死んでから、まだ日が経っておらぬというのに」


「雛菊と何かしらのことはあるかもしれませんが、遣り手の女と接点がなかなか見つからないんで、困ってます」


「お梅、雛菊、遣り手の女。殺しに慣れてきて、殺生を楽しみはじめたのかもしれん」

「仏罰を恐れぬ鬼畜ですなぁ」


「お竹の安否は?」

「依然分かりません。雛菊とお梅が亡くなったので危険を感じているんでしょう」


「雛菊とお竹は顔が似ているんだろう?」

「そうですね。仲ノ町通りで見間違えたという証言もありやす」


 銀次は暗闇から盃を拾ってきた。


「落ちてましたよ、さっきの盃と揃いでしょう。似ているから思いだしましたよ」


 盃が二つ、無事に揃えられて彦左衛門はふっと微笑むが、やがて真顔になった。


 二つの盃を手に取ると、何回か手元でくるくると交換する。


「銀、どっちが落ちた盃だと思う? 正解したら、もう一杯飲ませてやろう」


「ええ? そんなこと分かりませんよ。ちょっと大きい方! だって旦那が飲んでいて、酔っぱらって落としたんでしょう?」


「運が無いなぁ。良い酒だから小さい盃でチビチビ飲んでいたのだよ」

 そう言いながらも上機嫌で彦左衛門は新しい酒瓶を持ってきた。

「えっ、いいんですか!?」


「答えられたらな」

「何をです?」


「他人には見分けをつけるのは難しい問題だ。だが銀次なら答えられるかもしれん。女の見分け方なら、得意だろう?」


「へぇ! それは任してください」

「雛菊とお竹の違いは?」


 銀次はしばらく唸った。

「それは……化粧と髪結いと着物で」


 二つの盃が似ているように、雛菊とお竹と違いもわずかなものだ。


「銀、お松はずっと逃げていたのだ。遊郭に逃げ、身の危険を感じるような客とは触れ合おうとしなかった。それが頭巾の男と一夜を共にしたのは理屈に合わない。別人としか思えん」


「別人といっても、遊郭ですからね」

「でもお竹はよく似ているんだろう?」


「いくら何でも芸子が下位遊郭で身体を売ることはないでしょう」

 彦左衛門は子供のように口を尖らせた。


「最近、総締という役目を名乗る男が芸子の身請けや身体を売らせて儲けている。もし妹が騙されて、雛菊とそっくりの姿をさせられていたら? または両者の同意により二人が交代していたら?」


「お竹の姿になれば雛菊は自由に動ける。そういうことですか!」


「そうだ。その間に頭巾の男が現れた。お竹は何も知らないまま殺されたかもしれん。だが証拠が無いのだよ、お竹と雛菊の違いだよ、銀。化粧と髪結いと着物では判断がつかん。決定的な違いを調べろ」


「どうやって! まさか墓を掘り返せって言うんじゃないでしょうね」

 銀次は鳥肌をさすって抑えようとする。


「きっかけはお梅が詠唱寺で死んだこと。そこには協力者の男がいる。その男なら詳しそうだと思わんか?」


「では、その男を探し出して聞けと! ――はぁ、どうやって探せばいいやら……」

「調べる場所は多くない。お梅の知り合い。詠唱寺、駿河屋、実家ぐらいのものだろう。すぐにできるよな?」


「旦那も人づかいが荒いですね」


「雛菊が十日前に激怒したのは、お梅に関しての重大な事実を知ってのことだとしよう。俺が雛菊なら、お竹が身代わりになってもらえるなら、追いかけてとっつ構える」


「お竹には具合がわるいフリをしてもらいちょっとの間交代か……できますね」


「誰かに見つからなければ、お竹は殺されずに済んだだろう」

「誰かがお竹に客を取らせようとしたから?」

 銀次は色めき立つ。

「総締の仕業だ!」


「さて、どうだろう。遊郭の中の話だ。そっちの仕事は任せる。遊女に客を取らせることができるのは店の者。難しいことではあるまい」


「はは……そうでした!」



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