表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
吉原大門事件帳ー小春日和ー  作者: WAKICHI
ー雪見桜ー 第一幕 事件
40/57

親のように・詠唱寺 広範

 早朝の涼しさはなくなり、陽射しが照りつけてくる。


 出はじめの新緑がまだ眩しい頃である。木漏れ日が美しいが、寂しさ漂う背中ばかりだ。佐助は陸の手を取り、棺桶を担ぐ男らが続く。


 彦左衛門は最後方から、それらを眺めていた。先頭を歩く気丈を振るまおうとする女の背中が、小春に似ている気がしたのだ。


 自分が死んだ時は、これ以下の人数かもしれない。


 身内は少ないし、志津とは別れた。小春や銀次は見送ってくれるだろうか。確実に歳を重ねている。自分もそろそろ先が見えてきたのだから、いろいろと覚悟を決めなければ。


 深刻になりすぎて、笑いが出る。

「……まったく縁起でもない」



 詠唱寺は小さな山寺で、墓はさらに山奥にあった。

 弔いが終わると疲れを感じた。登山をしたのは久しぶりで、日々の運動不足を感じる。


 小さな本堂の脇で休憩していると、住職がにこやかに話しかけてきた。

「いろいろとご苦労さまです」


 袈裟を揺らしながらの隣に座る。名を広範と名乗った。彦左衛門と背格好が似ていて、歳も近い。洒落っ気があるのか、色鮮やかな袈裟を着ている。誰が見るわけでもないのに、質素な山寺に不似合いにみえた。


「江戸に山があるとは思ってもみませんでした。ご住職はさすがにお疲れではないようですな」


 広範は笑うと目が線のように細くなる。壮健な男だ。

「ここを住処にしておりますし、日々修業の身です。小さな寺ですが、修練する場としては恰好の場所です。この歳ですから、さすがに若い修行僧たちの勢いには負けますが、技術に関してはまだ負けませんよ」


「それは頼もしい。こういう歳になりますとどうも老け込みがちで、若者に臆してしまいます」


 広範は頷いた。

「若い者が先に逝ってしまうとは、世の中は非情ですな。お松は美しい娘だった。私は男親のいない彼女たちが心配でなりませんでした。それがこんなことになってしまい、せめて成仏されることを祈るのみです」


 彦左衛門は目を細めた。

「先月、姉妹のお梅が亡くなったそうですね。残ったお竹さんの悲しみはいかばかりか。お竹さんは弔いに間に合いませんでしたな」


「置屋の女将には連絡したのですが。お竹は舞子ですから、後日改めてということでしょう。こうも続けて姉妹を亡くしては辛いでしょうね」


「お梅さんは、こちらで自害したと伺いました。どなたが見つけたのですか?」

「私です。毎朝、墓前に寄るのが習慣になっておりまして。気付いた時にはもう……」


「毎朝? ご苦労なことです。まさか首を括ってなんてことは無いですよね?」

「鋭利な刃物で首を。病が辛かったのかもしれません」


「お梅さんはほとんど外に出られなかった。どうやって、この厳しい山道を登ってこられたのでしょうか。朝に見つかったとなれば、皆が寝静まった頃に家を出たことになる」


 お梅は病弱で、知り合いも少ないのだ。そのような人間が真夜中に一人でここまで辿り着けるはずがない。

「協力した者がいるということですね」


「体力のある男です。お梅さんをおぶって、暗い山道を登ったのでしょう。謎は多いです。なぜお梅は誰にも言わず、自害したのでしょう。誰と、どういう手紙のやり取りをしていたか、気になるところです。一緒に行った者がいるなら、自害を留まらせるのは可能だったのではないでしょうか」


 広範は頷いた。

「死ぬのなら、母親の墓前でということでしょう。一緒にいた者は責任を感じたことでしょう。おそらく死んでしまったことに、恐ろしくなったことでしょう。ならば簡単に名乗ってこないでしょう」


「私の想像です。まだ証拠になる品はひとつもありません」

 広範が微妙に緊張している。彦左衛門はそれとなく刀に左肘をかけて貝の根付をいじくっていたせいだ。捕り手というだけで緊張して逃げ出す者も多い。けれど広範は恐怖していない。好戦的な面があるのだろう。


「ご住職はバラバラに散った三姉妹の行方をご存知だったのですよね」

「所在を知ったのは最近のことです」


「ならばお竹がどこの置屋か分かりますね。お梅の親戚の家に寄った後、お竹のところにも寄っていこうと思います」

 彦左衛門は仔細を教えてもらった。


「お竹ひとりとなってしまいましたな。吉原は生きていくのに厳しい場所だと、噂には聞いておりましたが。もっとも、知ったところで貧乏住職では助けようがありません。罪深き場所に落ちてしまったものです。


 あの家は母親一人で旦那は滅多に帰ってきませんでした。貧しいうえ、急に子が三人に増え、口減らしするしかないところまで追い詰められておりました。子供らは薄い粥を目当てに、うちの寺の手伝いをしていた時もありました」

「当時は飢えた子供ら多かったですからね」


「中でもお松は目がはっきりして、とても可愛らしかった。一緒に遊んでいた佐助などはいつか嫁にすると息巻いておりました。ずっとこの寺にいれば幸せに暮らせたでしょう。お松が駿河屋さんから戻ってきた時に、もっと強く御仏の慈悲を説くべきでした。吉原などいかずとも幸せは必ず来ると信じるべきだったのです」


「ご住職、お松が吉原を選んだ理由が分かりますか」

「幼いゆえに煌びやかな遊郭に憧れたのでしょうかね」


「十日前に、お松を訪ねて佐助が吉原へ行ったそうです。理由をご存知ですか?」

「佐助は弟子ですので、たまに修練に参ります。しかし、そう言った話はしませんので」

「ほう、佐助を弟子に?」


「彼は棒術の才能がありまして、幼い頃からずっと続けております。最近は仕事に忙しいようですが、いざとなれば強いですよ」


「強いといっても程度が分かりません。趣味の範囲を超えてということでしょうか」

「免許皆伝程度です」

 武芸の嗜みが有り、もう教えることは無いと言われる程度なら、人は殺せるわけだ。


「師匠であるご住職ならば、もっと強いとお見立ていたします」

「まぁ、弟子に負けたくありませんがどうでしょう。確かめてみますか?」

 広範が袖を捲ると、隆起した筋肉の逞しいこと!


「それは勘弁を!」

 彦左衛門は不敵に笑った。広範は挑発的だ。


「今日は山道で疲れました。私の方がつとまりません。同年代でありながら、お強そうで、誠に羨ましい限りです。遊んでいる場合ではありませんね。お松が殺されたのですから、真面目にお勤めせねばなりませんなぁ」


 広範の細い目が彦左衛門を捕えた。

「殺された?――首を吊ったとききましたが?」

「自害を装っていますが、頭巾を被った男の仕業です。とても強い男で、廓の男衆でも捕えきれなかったのです。勿論追っ手はかけております。岡引は私とは逆でして、耳は早いが、足は遅い」


 彦左衛門は顎に手をあて、しばらく広範を見ていた。

「では、そろそろ失礼します。――山は日が暮れるのも早いようですので」



 ※    ※    ※



 彦左衛門は痛めた首を触りながら山を降りた。その途中で小さな悲鳴を聞いて、足が止まった。

「お?」


 ミィ。――ミィ。

 生まれて間もない子猫の鳴き声である。手を出すと、ふわふわで、必死にすがりついてくる。


「迷子の子猫さん、お母さんはどこかね~。三毛猫も雄なら高く売れるんだがなぁ」

 首根っこを持ち上げるが、やはりアレは無い。代わりに腹に血のような汚れがある。


「俺の女好きが祟ったか」


 山深い茂みに入ると母猫はいたが、すでに死んでいた。鋭利な刃物で刺され、まだ日は浅いようだ。

「誰がやったのか。かわいそうに」


 彦左衛門は子猫を抱えて山を降りた。厚い雷雲に光が閉ざされて、いつもより早く暗くなってきた。


 いやな感じだ。


 暗く重々しい、いつ誰かに襲われてもおかしくない不穏な空気だ。

「とんだ拾い物をしたかもしれぬ」


 彦左衛門は困り果て、首をさすった。


 懐で愛らしく、ミィと返事が返ってきた。彦左衛門はまったく疲れを感じさせない早さで麓へ降りていった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ