(20)鬼子母天神
小春は桔梗楼のおテツの部屋を訪ねた。
今日は仕事ではないので、かなり地味な恰好であった。江戸小紋の着物だが、艶やかな小春が着るにはちょうどいい。
おテツと小春は煙草をくゆらせながら湿っぽい会話を繰り返していた。
「そりゃ、嬉しい話だけどねぇ。アンタ、本当にいいのかい?」
おテツは同情した面持ちだが、内心は笑みを隠せない。
小春が楼に上がる決意をした。それはおテツにとって喜ぶべき快挙だ。
美しい小春を手に入れたい男の数、実は桔梗のお蜀の倍はいる。当然おテツの懐も倍以上儲かるし、小春は間違いなく吉原で一番の花魁になれるに違いない、とおテツは踏んでいる。そうなれば桔梗も大店の仲間入りだ。
けれど決して身体を売らなかった小春が、そこまでする理由は何なのか。おテツには伺い知れない。
「ええ。七日。いえ、三日で結果を出します。その間に必ず暴いてみせます」
小春の決意は固かった。
「あんたも“寝る”なんて変わった……いや、ちっとも変わってないか」
「?」
「いつも静かだけど、根は強情だよ。あの小久保のためなのかい?」
「ええ」
きっかけは源次郎だった。あの男が沈めていた小春の影の部分を浮かび上がらせた。
お吉不明の件と清七の馴染みの女郎を探すのに、彦左衛門が桔梗楼に直接足を運ぶ。だが役人が調べたところで、誰も口を割らないだろう。じっくり事件を解決する時間もない。年の瀬は迫っているのだ。真相をただちに暴くには、ひそかに内部に侵入して突き止めるしかない。
小春は覚悟を決めた。
あの姿を彦左衛門に見せるのは辛い。だからおテツの協力が欲しい。
「手順は分かってます。三年前、品川で短期間ですが売ったことがあります」
「三年前の品川宿?」
おテツはピンときた。小春に対する疑惑が確信に変わった。
「やっぱりあんたがあの幻の、鬼子母天神だったんだね?」
小春が頷くのを見て、おテツは興奮して立ち上がった。
「うちに現れるなんて夢のようだよ!」
おテツは誰かに向かって言いふらしたい気分だった。噂に聞く伝説の女が目の前にいる。そして自分の店で働いてくれるというのだ。
「ただの噂。所詮女郎。そんな立派なもんじゃないです」
「……人の子を食い自分の子を養う鬼子母神。その頭文字をいただいた女。客を食らって、貢ぐ女にはピッタリの名前だと思わないかい?」
おテツはしばらく興奮して、小春は黙ってそれを見つめていた。
「おテツさん。ひこさまには、くれぐれもばれないように頼みます。もし途中で露見したら、事件が解決できないどころか、ひこさまともこれきり。それじゃ生きていけない。
ひこさまが事件を解決して名をあげることが、あたしの唯一できることなんだ」
「全部が終わったら、どうするつもりだい? あの捕り手、怒るだろ」
「その先は決めていません。
――でも陸奥に行こうと誘われてる。梶原源次郎とは長い付合いなんです。もしかしたら家族みたいなもんなのかもしれないねぇ」




