プロローグ
「勇者さま…もう、云ってしまわれるのですか……」
碧い瞳に涙を浮かべながら少女はそう言った
「ああ、すまないストフィリア。この世界で、俺の役目は終わった。これで君に会うことも、もうないだろう」
木漏れ日を受け、輝いていた少女の涙を俺は人差し指で拭う…。
「で、でしたら最後にどうか、わたくしに…そ、その…キスをしていただけますでしょうか!?」
ストフィリアは白い肌が一際目立ってしまうくらい頬を林檎色に染めながら俺の目を真っすぐに見つめてきた。彼女の気持ちに答えようと俺は頬においていた手を彼女の小さく可愛らしい顔にそっと添えなおした。
そして俺の唇と彼女の唇が触れあ………………ジリィリリリリリリリッ!!
藪からスティックに横からジャベリックスローをかましてきた機械仕掛けの鶏に苛立ちを覚えながらそれを抑えて、目を覚ます。
「………またこの目覚め方か、くそっ。また女の子とキスしそびれちまったじゃねぇか!!」
俺、一ノ瀬 東は正真正銘勇者である。いや、別に頭がおかしいわけでもさっきのが妄想ということでもなく単なる事実である。いやマジで。
------俺は12歳のころ交通事故に巻き込まれ、一度死んだ。ちなみに物語上死ぬのが手っ取り早いからとかそんな簡単な理由ではない。白い壁に包まれている空間で意識を取り戻したとき、何故かそれだけは分かっていた。そして俺はこのまま死後の世界とやらで暮らしていくんだ…。そう思っていた矢先、突如俺の視界の前に女神様が現れたんだ。まぁ…正確には女神ではない。筋骨隆々、しなやかに顕在する肉体美。マッスルポージングをしながらマツコ・デラックスにステーキライスデラックスセットを合わせたような彼は…いや彼女は俺にこういった
「あんたを生き返らせてあげるから、世界を救いなさい」
最初訳も分からない俺はそりゃモチロン抵抗したさ、もちろん拳d…ではなく言葉で。
「…え、なにいってんだおっさん、俺は別に生きかえりたくもなきゃ…」
「あ? てめぇ誰に口きいてんだ? 俺は女神様だ、そう呼べ。ぶち殺されてぇのかクソガキ」
やたら声にドスが聞いていて、さっきまでの厚化粧の気持ち悪い笑顔より何倍もおぞましい顔をしていた。これが女神様と初めての出会いだった…つか仮にも女神が仏に向かってぶち殺すって…。ひと昔流行った暴力系ヒロインの方がまだ甘い要素あったぞ。ビター100%か、これじゃステップもふめねぇ…。
「とにかく、あんたは勇者になって世界を救えばいいの! ちゃんとご褒美もあるから気長に頑張りなさい! 世界救ったら迎えに行ってあげるわ」
そうして俺は無理やり勇者となって世界を救うことになった。…まぁ別にそれはそれで良かったんだ。勇者とか憧れてたし、生前はこれでもヲタク文化は好きだったし何より憧れるだろ? 剣と魔法の世界なんて。
でも現実はどこまでも厳しくその世界でも苦労したし、色んなものを積み上げてきてやっと世界を救ったら前にいた世界に何事もなかったかのように戻されるし。まぁ後に聞いた話によればこれがご褒美の一つみたいだったけど…。けどその後味を占めた女神に3回も世界を救わされ、毎回、毎回いい所で元の世界に戻される。まぁこの話はまた別の機会で今度詳しく話そう----。
そして俺はキスできなかった悔しさを胸に抱きながら身支度をする。別世界では勇者の俺がどこへ行くって? …学校だよ、くそったれ。高校二年生17歳となった俺は家を出て通学路へ飛び出した。