荷物整理とシャルの過去
さてカムイはここまで大賢者の仕込んだ仕掛けについて話していたがその仕掛けのあまりの規模にカムイの隣で聞いていたシャルは思考停止に陥っていた。
そんなシャルを確認したカムイは彼女を元に戻すため、肩を軽く揺さぶり声をかける。
「お~い、シャル?大丈夫?まだ本題を話していないからここで思考停止されると困るんだけど。」
「・・・・・・・はっ、すいませんです。あまりに大賢者様がとんでもない仕掛けを城に施していて呆然としていたです。・・・それでカムイさん、今少し恐ろしいことを言ってなかったですか?確か本題がまだ・・・だと。あれだけのものを仕掛けてなお、それ以上の物を仕掛けていたのですか、大賢者様は?」
「いやいや、違うよシャル。一応さっきのが大賢者さんが仕掛けた最大の仕掛けだと思う。本題っていうのはこの城の抜け出し方についてだよ。・・・まあ情報に乗せてないだけでもっとすごい仕掛けがあるという可能性もあるけどね。(ぼそり)」
「あ、そういえばそうだったのです。さっきのはあくまで大賢者様が城に仕込んだ仕掛けの話だったのです。どうやって城を出るかは聞いていなかったのです。カムイさんの言葉を聞いて安心したのです。さっきの説明に出た魔導炉でさえ一部屋どころか一つあれば世界戦争が起きかねない代物なのです。それ以上のものがあったらどうなっていたかわからないのです。・・・・あれ?カムイさん何か言ったですか?」
そう、カムイは城の仕掛けについては話したがまだ城を抜け出すことについてまだ話せていないのである。
カムイはシャルにそのことを話し、意識をそちらへ向かわせる。その際カムイは不吉なことを呟いてはいたが幸いその声はあまりにも小さく隣にいるシャルにもカムイの予想は聞こえていなかった。
「ん?い~や何にも言ってないよ?気のせいじゃないかな。それより本題だけどどうやって抜け出すかなんだけど、ここに来れた以上難しいことは何もないんだ。さっきシャルが確認したか壁に偽装された扉があったでしょ。その部屋に使い捨ての転移魔法陣があるからそれを使うってこと。条件だけ指定された魔法陣らしくて起動した時点でその条件に最も合う場所に送られるみたいだよ。当然これも大賢者さん作だね。しかも大賢者さんが一から組んだ魔術の一つみたい。」
「はぁ~~、すごいとしか言えないのです。城の事を聞いた後ではあまり驚くこともなくなってきたのです。本来転移の魔術は遥か昔から術式には一切手を加えることのできない魔術だったのです。それを改良するではなく、一から組んだ大賢者様は本当に規格外としか言えないのです。」
シャルはそんな大賢者を規格外と呼び呆れてため息をつく。普通の人ならかなり驚くだろうがつい先ほど大賢者の仕込んだ最大の仕掛けの事を聞いてしまっているためそこまで驚きは少なかったようである。
「へぇ、規格外ねえ。ボクも元の世界ではそう呼ばれたこともあったからちょっと親近感がわく気がしなくもないかな?まあそんなことより、城脱出の方法についての情報共有は済んだことだし早いとこ出ていきたいよね。いくら中庭で襲撃者を撃退したとはいえあれが全部じゃないだろうし。そろそろ城内が騒がしくなってくるかもしれないからそろそろシャルの部屋に案内してもらおうかな?・・・・確かこの指輪の中に当時の城の見取り図もあったはずだよね?」
そういって早くも次にやることを決定したカムイは指輪から一つの紙を取り出す。
その紙にはこの城の見取り図が書かれており、その一か所に赤い丸で囲まれた場所がある。
そしてその隣に転移部屋と書いてある限りこの赤丸が現在の位置とわかる。
ほかにも仕掛けや城の隠し通路についても描かれており、この見取り図は大賢者の作成したものだと理解できた。
カムイはそれをシャルに見せながら問いかけた。
「ねえシャル、大賢者さんが手を加えて以降城の大規模な改修ってしてないんだよね?」
「はいです。ところどころ修理や模様替えはしていますが部屋の配置や間取りは当時から変わっていないようなのです。」
「じゃあ、この見取り図で大丈夫そうだね。シャル、君の部屋ってどこにあるか教えてもらっていい?ルートを決めるから。」
「わかったのです。え~っと・・・・・・・・・・ココ、なのです。」
カムイの言葉にすぐにうなづいたシャルは自分の部屋を探そうとじっくりと地図を見るが、それと同時にしばらく黙り込み少し逡巡したあとある場所を指さす。
カムイはその場所をのぞき込み苦笑しながら心に思う。
(大賢者さん、あなた絶対に予知能力みたいなもの持っていたでしょ?)と。
カムイがそう思ったのも当然の事であった。
今、シャルが指さしている部屋の場所というのが現在いると思われる部屋の二つ隣の部屋だったのである。
しかもご丁寧に転移陣のある部屋の逆側の部屋にシャルの部屋とつながる隠し扉まで作って。
「・・・・・はぁ、大賢者様は本当に・・・・イタズラが過ぎるのです。第一私の部屋には隠し通路の扉はあっても隠し部屋への扉はないはずなのです。それに間取り的にあそこの壁ですが、そこは何もない壁だったはずなのです。でもさっきの扉の隠蔽具合を考えるとありえると思えてしまうのです。」
シャルもさすがにココがシャルの部屋の近くだったことには少しショックが隠せないようで目元を抑えてしばし考え込んでいた。
しかし、しばらくすると立ち直りカムイの方へ顔を向ける。
「まあいいです。近くということは移動にそんな時間をかけなくて済むのです。城の事に関しても私が考えてもどうにもならなそうなので考えるのをやめるのです。さあカムイさん、早速部屋に行って私の荷物をまとめてしまおうなのです。」
そうシャルは吹っ切れたようにカムイに告げ扉に向かう。
カムイもそれについていくがさすがに先頭を任せるのは危険と考え、シャルより先に行き壁に偽装した扉を開けてその部屋に入る。
その部屋は4メートル四方の小さな部屋でさっきの部屋と違い何もない。
そして目の前には一目で扉とわかるもの、後ろを確認すれば自分は壁を開けた形になっていておそらくそれを閉めれば完全に壁と見間違うだろう扉がある。
カムイは向かいの扉の前に立ち壁の向こう側に意識を集中する。
幸いその部屋には誰もいないようでカムイはひとまず安心する。
「シャル、部屋には今誰もいないみたいだから早く済ませてしまおう。必要なもの以外にも持っていきたいものとかもこの指輪があれば入るだろうから、片っ端から持っていこうか。何なら部屋の中の動かせるもの全部でもいいしね。」
「はいなのです。」
カムイの冗談めかした言葉にシャルがクスリと笑いながら返事をする。
そんな返事が聞けたところでカムイが目の前の扉を開け部屋に入りシャルもそれについてくる。
「じゃあやろうか。ボクも周りに誰か来ないか警戒しながらしまっていくよ。もし誰か来た場合は合図するからその時はすぐにさっきの小部屋に戻ってね。シャルが入ったらボクも続くから扉は閉めないようにしておいてね。」
「わかったのです。」
二人はそのまま荷物をまとめていく、とはいっても部屋にある物を片っ端から指輪を触れさせ『収納庫』へと入れていくだけではあるが。
シャルは小物や元々愛用していたものを中心に、そしてカムイはさっき言ったことは冗談ではなかったようでベッドやテーブルなどの大きいものを含めて選別せずにすべていれていく。
シャルはそんなカムイを見て、それらがすんなりと入る『収納庫』を作成することのできる大賢者は本当に規格外としか言えないと思えたが、それを平然と使いこなし、それ以前に常人では耐えられないといわれていた情報転写をされてさえ平然としているカムイもかなり規格外だと思うのであった。
そして30分後、その間に誰も近づいてくることはなく、ついには部屋には何もなくなっていた。
例えるならそう、つい先ほどいた宝物庫と同じようになっていたといえばなんとなく想像がつくだろう。
壁はかけられていたものはすべて外され残るのはそれを固定していた留め具のみ、床も敷かれていた絨毯さえも回収され石材で作られた寒々とした床がむき出しになっていた。
それを確認した二人は部屋を見回して一息つく。もちろんカムイは周囲の気配を確認しながら。
「ねえカムイさん、いくら大賢者様の作った『収納庫』の容量が膨大だとしても部屋のもの全部入れてしまうのはちょっとやりすぎじゃないです?」
「あはは、なんでも入るからちょっとどこまでいけるか気になっちゃってね。ついついやりすぎちゃった。」
「いえ、確かに私も気になったからカムイさんの事強くは言えないですけど、あえて言わせてくださいです。これじゃ宝物庫と同じ状態じゃないですか。」
「いや、まあいいんじゃない?どうせボク達がここから出れば自動的に誰も入れなくなるんだから。それに家具類もいろいろと役立つかもしれないじゃない?例えば家買ったときとか、それにそれなりに高級品みたいだから最悪シャルの思い入れのないものに関しては路銀に困ったときの足しにもできるしね。」
「確かに、・・・・・・そうですね。そういうことで納得するです。確かに元々私の私物ですし、他の人に隙にされるのは嫌なのです。」
「うん、じゃあ荷物もまとめた事だしこの城から脱出しちゃおうか?他に持って行かなきゃならないものとかはないんだよね?なんかこの部屋に人が向かっているようだしね。」
カムイは自分がやりすぎたことに関してある程度シャルを納得させた後、話しながら元の部屋への扉を開けシャルを手招きする。
部屋のへと向かってくる気配を見つけたようでその合図であった。
「え?あ、ないのです。」
シャルにもそれが伝わったのか答えながらすぐに行動する。
シャルは王族とは思えないほどに身軽に動き、カムイの開けた扉に滑り込む。
カムイもそれに続き、するりと部屋に入り開けていた扉を閉める。
そして、王女の部屋、いや元とつけてもいいであろう部屋は物も人もいない殺風景な部屋になったのだった。
「さて、一仕事終えたところで早速、と言いたいところだけどどこに飛ばされるかわからないし少し休んでいこうか?ここなら誰にも見つからないだろうしね。」
「はいなのです。ところでその誰にも見つからないというのはどういう意味ですか?大賢者様の事ですからこの部屋もとんでもない仕掛けがあると思うですが。」
小部屋から元の部屋に戻った二人はカムイの提案もあり、椅子に座りしばらく談笑する。
それはとても今からこの城から抜け出そうとは思えないゆったりとしたものであった。
「ああ、それはね、この部屋自体が一種の亜空間扱いなんだって。あと隣の転移部屋も。そして登録者がさっきの小部屋への扉に触れると元の空間につながるって寸法だって。あ、登録者っていうのは今はボク達二人と大賢者さんね。彼女もこの城にいる間は良くこの部屋で息抜きしてたみたいだね。それとボク達が抜け出した後はこの部屋のある亜空間に城を転移させるみたい。」
「はぁ~~、この部屋も城の仕掛けの一部なのですね。」
「ところでシャルに一つ聞きたいことがあるんだけど?」
「はい?何ですか?」
「いや、シャルって王女様だよね。なのに時々王女様らしからぬ乱暴というかちょっと羽目を外した言い方になるのはなんでかな?って思ってね。」
「ああ、それは私のそばにいた者たちのせいなのです。何度か聞いているうちにその者たちの言っていた言葉の意味を覚えたのです。公の場や周りに人がいるときは気を付けているのですが、ちょっと気を抜くとでてきてしまうのです。」
「じゃあ、シャルはそれだけボクの事を信頼してくれているということでいいのかな?」
カムイがそう聞くとシャルは少し顔を赤くして軽くうなづいた。
「はいなのです。カムイさんとは知り合って一日も経っていないですが私をこの城から連れ出してくれると言ってくれましたし、それにカムイさんの近くにいるとなんだかほんわかとするのです。」
「そうなんだ、じゃあついでにもう一つだけ、抜け出したいと思う理由をさっき軽く聞いたけどもっと詳しく聞いていいかな?」
カムイのその言葉にシャルはうなづき話し始める。
それは簡単に言ってしまえば一種の王位争奪戦と同じようなものだった。
このスラッド魔王国は例外を除いて実力主義の国であった。
その例外は王の継承である。王族が複数人いる場合継承権は実力順に決められる。ただ王になれるのは王族だけである。まだシャルの父が王である時は大丈夫であった。なにせ国で一番強かったのだから、それも十魔将全員を相手にしても圧勝できるくらいに。
しかしシャルが幼いころ王と王妃が流行り病に伏せってしまう。
その時は国中が二人の病を治すために尽力した。しかしその病は治らず、徐々に二人は衰弱しやがてなくなってしまった。
当時王妃はあまり子宝に恵まれず、生まれたのはシャル一人であった。
そのため王と王妃が亡くなった後、次期王はシャルである。それは王が亡くなる前に遺言として残した言葉にもあった。
二人が亡くなり、追悼が終わった後、問題が起こる。
王の遺言通りにシャルの王位継承式が近づいた頃である。十魔将がシャルの王位継承に異議を唱えたのだ。
彼らは「実力の伴わない王女は王にはふさわしくない、王になるのは一番強いものであるべきだ」と主張した。
その時は亡き王の側近たちにより穏便に収められたが、シャルの王位継承は保留となった。
そこから、十魔将はシャルによく突っかかってくるようになる。
シャルが王族としての政務を行っていれば嫌味を言いに訪ねてきたり、会議に参加していればシャルの意見がすべて無視や否定されたり、少しでも実力をつけようと訓練に参加すれば何故かその時に限り教官は十魔将の誰かになり一方的に攻撃されぼろぼろになる。
そんなことが六年程過ぎたころにはいろいろと諦めがついていた。すこしは実力はついたが十魔将にはかなわず、政務や会議では相変わらずの対応である。
しかも六年前シャルをかばってくれた先王の側近は全員退職していて城内はほぼ十魔将の手の者だけになっていた。
そんな日々に嫌気がさしたときに訪れるのが中庭であった。
そして今日、そんな日々にシャルの心が限界を迎えようとしたときに召喚陣が現れる。
シャルはこんな日々に終止符を打てるかもしれないと魔法陣に願った。
もう一人でいたくないという思いを、もうこんな日々は嫌だという思いを、そしてこの城から出たいという思いを。
そして召喚陣が光を放ち、収まった時そこにいたのはカムイであった。
「うん、そんなことがあったんだね。シャル、よく頑張ってこれたね。でももう大丈夫。ボクがいるから、シャルの願いはボクがかなえるから。ね?」
カムイは話を聞いた後、軽くシャルを抱きしめそう言った。
その言葉とカムイの温もりにシャルの目から涙があふれていく。
父と母が亡くなった時もその後の事でいっぱいいっぱいで泣くことなどできなかった。
十魔将によりつらい目にあわされても泣くことはなかった。泣けば弱みを見せたことになり更につらい目に合うかもしれないから。
シャルは六年ぶりに泣くことができたのだ。
カムイは肩に顔を押し付け泣き声をもらすシャルを抱きしめ続ける。
部屋には静かな泣き声が響き続けた。
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今までの話でシャルの一人称の“わたし”が“私”と漢字表記になっていたため機能を使って修正しました。
もし余分なところまで変換していたらご指摘お願いします。