二人の少女の出会い
魔族たちが集まり暮らす国、スラッド魔王国。
その王城にある中庭に一人の少女が現れる。
少女は慣れた足取りで中庭全体を見渡せる位置にあるガゼボ(西洋風の東屋のようなもの)へ向かいそこにあるベンチに座り、中庭を見わたす。
「いつ見てもここの風景は変わらないのです。いえ、日に日に朽ちていっているです。父様、母様が居た頃はここも花壇いっぱいに花が咲いていて、噴水も水が湧き出ていたのですが、それも今は見る影もないのです。やっぱり、六年も手入れされなかったらこうもなるのですよね。」
少女の瞳は長年手入れされていなかった中庭を映していた。
花壇周辺はかつてあった低木や花など全くなく、うっすらと雑草が包んでいて花壇と通路の境界線すらわからなくなっている。
そのうえ噴水も水を生み出す機構が壊れ、そこに使われていた空気中の魔力を集め供給する魔道具は何者かに盗まれてしまっており、ぽっかりと穴が開いている。
そんな風に荒れ果て、周りの王城の建造物とはかけ離れた見た目から、この中庭に好んで足を運ぶものは、今やこの少女しかいない。
そのため、少女は一人になりたい時があれば中庭を訪れ、ほんの少しの間一人の時間を過ごした後、中庭を去る。
そうやって少女は日に日にたまっていくストレスを発散していた。
そして、今日も少女はいつもと同じように中庭を眺めていた。
この王城の中庭には、世界でも一部の者たちだけが知る、とある伝承がある。
遥か昔、この世界には邪神という神によって破滅の危機を迎えていた。
邪神はこの中央大陸を拠点として自らが生み出した異形の者たち、そして邪教徒を率いて世界中の物を破壊し、生物を蹂躙していった。
これは後に、他の神々からの神託により邪神はちょっとした暇つぶしの遊びであったことが判明する。
まあ邪神側がどんな理由であれ、それは当時、この世界に生きる者たちにとってはとてつもない脅威となり襲い掛かってくることは変わりない。
彼らは必死に邪神の軍に対抗していき、自らの国への進行を食い止めていた。
しかしそれもほんの少しの間だけであり、周りの国との均衡が保たれたとき、邪神は自分への反抗者がいることをよくは思わなかった。
邪神は自らの眷属たちに更なる力を与え、さらに今まで以上の数を簡単に生み出されるようにした。
それにより邪神の進行を食い止めていた者たちは、次第に追い詰められていくようになる。
そんな邪神軍と人間達の連合軍が戦いが数年続き、連合軍側の勢力が半分になる頃。
これ以上は邪神に好き勝手させられないと判断した天界の神々は、連合軍側に一つの魔法陣を与えた。
『勇者召喚の魔法陣』
それが神々から与えられた魔法陣の正体である。
その効果は数多ある他の世界から、勇者となりうる人間を召喚するというものであり、その人間は元々の素質と世界の壁を越えたことによる魂の器の拡張により、かなりの力が付与される。
連合軍は神々から与えられた魔法陣に希望を託し、勇者召喚の儀を行う。
そして召喚されたのは一組の男女であった。
召喚された二人は最初は戸惑っていたが、召喚された状況を聞き、周囲に流されながらも過ごし、この世界へと順応していく。
その過程でみるみるうちに強くなっていき、次第に少年は勇者様、少女は賢者様と呼ばれ慕われていった。
そして召喚より4年で勇者たちは、仲間を集め邪神軍との戦いに勝利を修め続け、ついに邪神と対峙することになる。
その決戦では邪神を倒すことは叶わなかったものの、肉体と魂を分割し封印することに成功する。
そんな戦いの中、勇者の仲間たちも戦いの中で力尽き、勇者は邪神の封印で自らが生贄となる。
たった一人賢者だけが生き残り、連合軍へと帰還する。
少女の帰還と邪神の封印に喜ぶなか、少女以外の勇者たちの殉死に各国は悲しみ悼んだ。
そして邪神封印より5年。
邪神との戦いにて生き残った少女は、神々から一つの使命を与えられ活動していた。
少女の使命はただ一つ邪神の封印された器を納める祠を、連合軍各国を巡り築くこと。
そしてその対価は邪神封印の直前に受けた呪いの軽減であった。
少女本人は完全な解呪を願っていたが、邪神が渾身の力を以て呪いをかけた影響で解呪に、魂が耐えられないということであった。
そして少女は祠を築いていき、その後神々より遣わされた使徒が現れ、器をコアに、器から漏れ出る力を動力として稼働し拡大する大迷宮を作成していった。
その間にも少女は自分の召喚した魔法陣を解析、複製していき今後どの大陸で邪神の力による脅威が起こっても対処できるように各大陸に存在する連合軍の4つの大国の王城に隠し部屋を作り、魔法陣を設置、一部の人間だけにこのことを教えていった。
そしてオリジナルの魔法陣は中央大陸のこの中庭のガゼボの地下深くに設置したという。
そんな五年間の間に少女は様々な場所で善行を重ね、次第に大賢者様と呼ばれ、さらに慕われていく。
その後、邪神の肉体の器、魂の器をさらに12分割したすべての祠を設置し終わり、大迷宮の出現を確認したのち、このガゼボで最後に目撃され姿をくらましたという。
その後、勇者と賢者の話は伝説として語り継がれる。
そして邪神封印から帰還した後の少女の話の真相は一部のものたちにのみ伝えられる。
まあ、そんな伝承が4大国と魔王国の一部の者に語り継がれている内容であった。
この中庭の少女もその中の一人、いや今となってはこの魔王国に魔法陣の事を知っている家は1つだけ、王家の者だけであった。そして王家の者もすでにこの少女、もとい王女一人となっているのだ。
閑話休題
しばらくして王女はベンチから立ち上がる。
そろそろ時間なのだろう、彼女は名残惜しそうにもう一度、立ったまま中庭を見わたす。
そして、いつものようにこの中庭を立ち去ろうとする。
しかし今日この時、いつもとは違うことが起きようとしていた。
突然ガゼボの四方の柱が別の色に染まる。
色は青、黄、赤、緑。
そして長年掃除されずに黒ずんでいた床は白く輝きだす。
その光は長くは続かず、光が収まると同時に現れたのは一つの魔法陣。
それはかつて邪神を封印した勇者を召喚した魔法陣に勇者の少女が手を加えたものである。
王女は突然の出来事に驚き、一瞬思考が停止するが、すぐに立ち直る。
先ほどの伝承には少しだけ続きがあるのだ。
それはこの魔王国の王族のみに伝えられるもの。
それは他の4大国の者や魔王国の王族以外には、一切教えられなかったもの。
この世界で大賢者である少女が、最もこの国の王族を信頼していたからこそ教えられたものである。
その内容は勇者召喚の魔法陣の事である。
・複製の魔法陣は元々オリジナルの魔法陣より一段階低い召喚になること。
・オリジナルの魔法陣には神々の助力を得て発動条件を設定したこと。
・オリジナルは条件設定をしたことで以前より強力な勇者が召喚される可能性があること
・そしてオリジナルの発動の方法、最後に少女が4大国に仕込んだ様々な仕掛けの話。
そのほかにも細々とした内容はあったがそんなことを少女は当時の王族に伝えていたのだった。
そして一度だけオリジナルの魔法陣が発動したことがあった。
その時の勇者ついてはほとんど伝えられていないが、召喚主やみんなを幸せにしたとだけ言われていた。
王女はそのことを思い出し、もしかしたら勇者が自分を助けてくれるのではないかと考えてしまう。
もちろん現実ではそんな都合のいいことは、奇跡としか言えない程にないのも彼女はわかっていた。
しかし、今の自分の状況や伝承から少しだけでも期待していたかった。
だからこそ、王女は勇者召喚を行うことを決意する。
王女は教えられた条件を思い出し、手順通りに召喚の魔法陣を起動させる。
すると魔法陣は今まで以上に白く輝きだす。
王女はそのまま魔法陣の中央にある二つの丸い空白の一つに佇み、祈りをささげる。
「誰かわたしをここから出してほしいのです。もうこんなところで一人でいるのはつらいのです。誰か、ここからわたしを助けだしてほしいのです。」
王女は必死に魔法陣に訴えかける。
これが最後の好機だと思いながら・・・。
これで何も起こらなければもう諦めるしかないと思いながら・・・。
「うん、わかった。ボクの持てるすべてをもって君を助けてあげよう。だから、もう安心して。ボクが助けてあげるからには・・・君はもう自由に生きていけるよ。」
祈っていた王女の耳にそんな言葉が届く。
そして魔法陣がさらに強い光を生み出し、ガゼボ全体を埋め尽くしていった。
それを見ていた王女は眩しさにたまらずに両手で目を覆った。
光が収まって王女は目を開け、正面を見据える。
そこには先ほどまで床に浮かんで光っていた魔法陣は光を失い、王女の佇んでいた空白とは別の空白には一人の少女が立っている。
その少女は自分と同じくらいの年頃で、肩の少し上で切り揃えられた漆黒の髪を風になびかせ、その少女の黒い瞳は、まっすぐと王女を見つめている。
少女は王女に向かって声をかける。
「初めまして。君がボクに助けを求めた人だよね? 自己紹介をさせてもらうよ。ボクは中津・・・いや、カムイ・ナカツといったほうがいいかな?。君の願いはボクにしっかりと届いたよ。よろしくね。」
そんな少女・・・カムイの言葉に王女は、とっさに反応できず見とれてしまう。
しかしそこは幼いながらも一国の王女である。
すぐに気を取り直しカムイに向かって言葉を返す。
「は、はい。わたしの願いに答えてくれてありがとうなのです。わたしの名はシャルロッテ・ロードスというのです。一応この魔王国の王女なのです。よろしくお願いするのです。」
カムイと王女・・・シャルロッテはお互いにお辞儀をする。
「うん、シャルロッテか。いい名前だね。いや王女様なら敬語で話さないとダメかな? どうでしょう?シャルロッテ王女殿下。」
「いえ、堅苦しい言葉遣いはやめてほしいのです。わたしは王女とは言ってもお飾りのような存在ですし、基本的に堅苦しいことは苦手なのです。だから、わたしの事は王女として接してほしくないのです。それとわたしの事はシャルと呼んでほしいのです、カムイ様。」
カムイが改まって敬語で話そうとするとシャルロッテは即座に否定し、普通に接してくれることをお願いする。
「わかった。じゃあシャル、自己紹介をしたところで君にいろいろと言いたいことや聞きたいことがたくさんあるんだけどその前に・・・ここに何人か急いで向かってくる気配があるんだけど、これは大丈夫なのかな? なんかその気配が不穏・・・というか殺気が混じってるんだけど。」
「えっ、そ、それはまずいのです。事情は後で話すのですがわたしがカムイ様と一緒にいる所を城の他の人に見られたら最悪わたしたち二人とも殺されてしまうかもしれないのです。だから隠れるか逃げるかしなきゃダメなのです。カムイ様、わたしについてきてほしいのです。」
シャルはそういうとカムイの腕をとり城の方へと逃げ込もうとする。
しかしカムイの身体は、シャルがいくら引っ張っても動かない。
「ねえシャル、それって今来ている人たちはみんな敵ってことでいいのかな? 倒しちゃいけないの?」
そんなカムイの言葉にシャルは一瞬呆ける。
「え? あ、はい。と言いますか城の者はわたしにとってみんな敵のようなものなのです。あと倒すのはいくらカムイ様が召喚された異世界の方でも今は無理だと思うのです。たぶん向かってくるのはこの城、いえこの国でかなり強い人達だと思うのです。だから逃げましょうです、カムイ様?」
「へぇ~、この国でかなり強い人たちねぇ。ねえシャル、逃げるのはなしだよ。どう逃げたってその人たちの移動速度じゃあ、シャルは逃げきれない。ボクだけなら逃げきれるかもしれないけどそれはボクの矜持に反するし、何よりボクは初めて来たところだから迷いそうなんだ。だからボクはその人たちと戦うからシャルはその建物の中で身を守っていてくれない? あまり離れられると守れなくなるからね。大丈夫、ボクはだれにも負けないよ、絶対に。」
といってシャルの言葉を聞いたカムイはそう自信たっぷりで答える。
シャルはカムイに無理だと言おうとカムイの眼を見て口を開こうとした。
しかしカムイの眼を見た瞬間、考えが変わる。
カムイの眼にはシャルを絶対に守り切るという覚悟と自分は絶対に負けないという自信で満ちていた。
シャルはその力のある眼に考えを改める。
カムイが居てくれれば、もしかしたらわたしを守り切って全員倒してしまうかもしれない、と。
カムイと一緒なら、もしかしたらわたしはこの城から外へ出られるかもしれない、と。
カムイと一緒にいれば、この城から出た後の世界はすごく楽しいかもしれない、と。
そんな思いがシャルの中に湧き上がってくる。
「シャル? どうしたの?」
そんなことを考えていると、カムイが心配そうに声をかけてくる。
「早く隠れないと死ぬことはないけど怪我はしてしまうかもしれないよ。」
シャルはカムイの言葉にはっとする。
そう、今はそんなことを考えている暇ではなかった。
シャルは先ほどとは違いカムイの言葉に従うようにガゼボの中に入る。
それと同時に、中庭に何人もの鎧をまとった者たちが入ってくる。
その者たちはシャルとカムイを確認すると何も声を上げずに二人に向かって剣を向けてくる。
その者たちの視線には殺意が宿っており、問答無用で二人を殺そうとしているのが見て取れた。
それを確認したカムイは周囲を見回し数を確認する。
「ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ・・・・。うん、この周囲の気配の人全員だね。そして、そのボク達を見る目から判断すると、どうしてもボク達二人を殺したいようだね。できればその理由なども聞きたいところだけど、それは後でシャルに聞くとしようか。さあ皆さん、心の準備はよろしいですか?」
そうあえて丁寧に告げられた言葉が中庭に響きわたった。
誤字脱字などありましたらご指摘お願いします。
王女の名前はシャルロッテですが今後シャル表記で行きます。
今後シャルの正式名が出てくることは滅多にないと思われます。