旅立ち
……こんなはずじゃなかったんだ。
「マースーター」
ボクはディラードの呼びかけを拒否して布団の中へ。
「あぁ…天国ぅ」
「……マスター」
ディラードの声に若干の呆れと心配が入っているがそんなことは気にしない。
気づけばボクは、また引きこもりになっていた。
最初はダンジョンを増築と移設だけのはずだったんだけどね……
あれから何日お日様を見ていないんだろう。
ボク的には至って健康的な生活なんだけどね。
「マスター」
流石にそろそろ引きこもりを脱しなければまずいかもしれない。
「ディラード…恥ずかしいんだけど。ボク……ちょっと太ったかもしれないんだ」
「はぁ?!」
最近になって気づいたのだが体が全体的にプニプニなのだ。
二の腕も足もお腹も……
これはダイエットが必要かもしれないなぁ。
「マスター。吸血鬼は太りませんよ?準備できてるんですよ早く行きましょう」
「やだー」
「駄駄こねないの。ほら行きますよ。」
ディラードがボクを持ち上げる。
「ちょっと!この運び方はないんじゃないの?」
「早く行きますよ……あぁ…待たせたら怖いのに…」
ボク的には米俵の如く肩に背負われて運ばれるのが不本意だったんだけど…
「肩車の方が良かったですか?」
「他にも運び方あるでしょっ、背中に背負ったりとか」
そして出口が近づいてくる。
まぁ鳥居だけど。
ダンジョン内のモンスターは権限があればどこの階層にでも鳥居から飛ぶことができるのだ。
そして第100層つまり亜空間ダンジョンの入り口にワープ。
…青く少し暗めの空
…雲ひとつない快晴
…そして冷凍庫よりも寒い風
率直に言おう
帰りたい、と
嗚呼、ベットが恋しい。
「帰りたいんだけど。」
「ダメです」
「理由は?」
「もう1ヶ月ほど外でみんな待機してますから」
「へ?」
ディラードが指差した方向を見るとローブを纏ったインテリ系の美女がいた。
そしてその後ろには明らかにドラゴンしてるドラゴンらしいドラゴンの中のドラゴンがいた。
つまりドラゴン。
ちなみに調理済みのものしか食わない。
しかも野菜3穀物4肉類3のバランスでないと体調を崩す。
それに2日に一度は体を洗わないとストレスで鱗が所々ハゲる。
しかも頭部あたりがハゲやすい。
歯磨きも3日に一度はしないと口臭が酷くなるし、何より牙がたまに抜ける。
まぁすぐに新しいのが生えてくるけど。
爪の手入れもしないといけないし…
ドラゴンデリケートすぎるだろ
野性ならもっと強かったんだろうか?
すまないドラゴン。過保護にしすぎたようだ。
狩りのやり方すらわからない温室育ちのドラゴンだからなぁ…
全部スプラッタか焼き尽くして原型をとどめてないもんなぁ。
「マスター。流石に1ヶ月も外で待機するのは辛いと思うんですよ。」
「そ、そうですね」
時間感覚がないせいでやっちゃったらしい。
何か、何か逃げおおせる手段はないのか。
ボクが必死に考えているとリッチーさんが、カツンカツン、と足音を鳴らしながら近づいてきた。
「マスター。ご機嫌麗しゅうございます。用件はなんでしょうか?」
(なに人様を待たせてくれたんじゃボケェ!私のディラードを返せ!)
そう言ってリッチーさんは朗らかな声でそう言ってにっこりと笑った。
でもボクは気づいてしまった。
目が笑ってない
しかも何やら副音声が聞こえた気がするし!
カツンカツン、とリッチーさんは寄ってくる。
…ん?『私のディラード?』
ちょっと茶化してやろう
「え?なに?ディラードのこと好きなの?」
「はい!もちろんです!いやぁ苦節何年か忘れましたけど。ようやく、ようやくOKがもらえたんですよ!」
チッ。もうちょっと面白い反応が見れるかなぁ?なんて思ってたのに…
末永く爆発してください。
「へ、へぇ〜。そうなんだ、良かったね」
「それでちょっとしたお願いなんですが…」
ちょっと待て。お願いってなんだ!
変なアクセントがついてて聞くのが怖い!
「お願いねぇ…」
「はい。ちょっとした、軽〜いお願いなんですよ」
(何度も同じこと言わせんなよ)
これ、なにがなんでも断れないやつだ!
というか副音声さんが怖い!
絶対ちょっとも軽くない…むしろ壮絶にやばいお願いだろ。
「名付けを。私に名前をください」
「え?そんなのでいいの?」
「名前をそんなのって……」
それにしても名付けか……
ディバインリッチーロード
頭文字とってディリロー……違うな、なんか男の人っぽい名前だし。
神聖不死魔導王
漢字にするとこんな漢字だろうからここから取ってみるか
神死でシンシーとか?なんか語呂が悪いかも
ボクは地面に指で案を描いては消し、案を描いては消していった。
結果……
「よし、もうめんどくさい!あなたは今日から『マーリン』だよ!」
結局文字を取ることを諦めて、かのナントカ王伝説に出てくる魔女というか魔法使いというか、よく知らないけど、とにかくそんな感じの人の名前をつけた。
マーリンの方に触れている右手から何かがマーリンに触れていくのを感じる。
そしてしばらくすると吸い込むのが終わった。
ドラゴンもかわいそうだから名前つけてあげないと…
「君は『バルムンク』だよ」
なんか竜にまつわるお話で聞いたことのある名前をつけた。
なんの話だったかは覚えてないけど言葉の響きがいい。
「グルルゥ♪」
バルムンクは機嫌が良さそうだ。
バルムンクに触れている左手から何かが吸収されていく
多分これが魔力なんだろうなぁ……
ぶっ倒れはしないけどちょっとだるくなってきた。
ついでに眠い。
よし寝よう!
ビュオォォオ
「寒っ…全くどこの雪国に送りやがっ……た……んだ……」
とにかく寒いので周りを見渡すととある事実にボクは気づいた。
霧が晴れ周りがよく見えるようになったのはいいんだけど
「うわぁ…見渡す限りの森…そして雲海かぁ……すごく綺麗だなぁー………………うん、雲海だね」
そもそも霧じゃなくて雲だったみたいだ。
大体標高4000Mくらいかなぁ……
どれぐらいの高さが知りたいなぁ……
ーーーーーーーーーーーー
鑑定結果
海抜9820M
ーーーーーーーーーーーー
鑑定使った覚えないんだけど!?
というか最近使おうと思ってもいないのにスキルとかが勝手に発動するんだよなぁ。
布団の中から机の上のマグカップを取ろうと思ったら念動力的な感じてマグカップが飛んできたし…料理しょうと思って工程を思い出してただけで調理から盛り付けまでいつのまにか終わってるし…
まぁ便利だからいいかな。
ということは今回は“知りたい”と思ったから鑑定が発動したんだね。
というか9880Mって問題ありすぎない?
まず空気!
あっ!…吸血鬼は多分アンデット扱いだし多分空気なくても生きていけるよね!
ということをディラードに話したら
「なにいってんですか、吸血鬼は吸血鬼ですよ。空気なかったら多分死ぬんじゃないんですかね?」
「ヘッループ!空気!空気!」
「まぁでもマスターなら空気なくても案外大丈夫そうですけどね」
焦ったぁ…
全くびっくりさせないでほしいよ!
まぁ自分で聞いて勝手に怒るなんて迷惑以外の何者でもないだろうけどね。
するとディラードにマーリンが話しかけた。
「今の話根拠は?」
「全くない!ただの勘だよ!」
「そうか。なら大丈夫だな」
「どこが!どこが大丈夫なの?!ヘッループ!空気!ボクに空気を!」
たしか標高8000M以上は人間には適応できないはず…
やばい!空気作る魔法とかなんでもいいから発動しろ!
そう念じて両手を前に突き出す。
「…………」
なにも起こらない…だと?
落ち着け…まず落ち着いて深呼吸だ…
スーハー。
こんな大事な時なのに呑気にディラードが話しかけてきた。
「マスター」
「何っ!今ボクは生死の境にいるんだよ!」
「深呼吸して苦しくない時点で察してください」
……うん。そうだね。全然苦しくないね……
「…………」
「「「…………」」」
「…………」
「「「…………」」」
「ああああああああああああ!」
恥ずかしい!
なんて恥ずかしいところを見られてしまったんだ!
ボクはそこから逃げ出すように回れ右をしてダッシュした。
あまりにも恥ずかしくて涙出てきた…
そんな前方不注意と恥ずかしさのショックで
「あーマスター、そっちは危ないですよー」
「今は構ってあげるな。マスターの旅立ちの決意を無駄にするな」
「きっと盛大に飛ぶんだろうな」
ーーーーーーーーーーーー
はい、ここで思い出してみよう。
現在地は海抜9880Mの狭い塔の屋上…みたいなところだ。
もちろん落下防止の柵なんてついてない。
そんなところで周りがよく見えない状態で真っ直ぐに走り続けたらどうなるか…
答えは簡単、
ーーーーーーーーーーーー
「わぁぁぁぁぁあああ、ディラードのバァァァァアアカ!!」
そう言いながらボクは空中へと飛んだ。
補足 (読み飛ばしていただいても構いません)
現在のクロノリア・スカーレットのダンジョンは
100層からなるタワー型ダンジョンの上に150層からなる亜空間型ダンジョンの入り口の鳥居が設置されている、といった感じです。
神社のある場所はいわばセーフティゾーンみたいなものです。
要約すると…
第1〜99層→タワー型ダンジョン
第100層→セーフティゾーン(街型ダンジョン)
第101〜250層→亜空間型ダンジョン




