夜は眠れない
年をとると早寝早起きになると言うが、私の場合は寝付きが悪い。
男の一人住まいなので夜の話し相手もいない。
今夜も眠れないので、ベッドから降りてカーテンを少し開け、夜の町を眺めることにした。
アパートの5階から見る夜景。ここは繁華街から離れているので家の明かりもまばらに灯っているだけ。
私はふと向こうのマンションに気を引かれた。
その3階の窓はカーテンが閉まっているのだが、少し隙間が空いていたのだ。
向こうの人も眠れなくて、夜の町を鑑賞しているのか。
無性に気になったので双眼鏡を取り出してきて3階の窓を見てみた。
やはり、人が立っていて、下の道路を眺めているようだ。カーテンを5センチくらい開けて片目でじっと見ている。
しばらく盗み見ていたが、まったく動く気配がないので私の方が飽きてきた。窓から離れてベッドに横になり、ラジオを聞きながら眠くなるのを待った。
*
翌日の夜になったが、やっぱり眠れない。
双眼鏡で例の部屋をのぞくと、今夜も例の人が窓辺に立っていて、じっと下を見ていた。
その目線を追ってみると下に駐車場がある。そいつは女のようだが、身じろぎもせずにじっと下を見ているのだ。
下に何があるのだろうか。駐車場を監視しているのか。もしかしたらそいつは警察の人間で、犯人がやって来るのを待っているとか。それとも精神を病んでいる人なのだろうか。
相手の状況に思いをはせていると少し眠気がやってきたので、その夜はベッドに入った。
翌日は夕方から雲が流れてきて、夜に入ると雷が鳴り出した。
今夜はうるさくて眠れない。しばらくすると小雨がパラパラと落ちてきた。
雷が光ってカーテンを閉めていても窓を四角に浮き上がらせる。
私はカーテンを開けて雷鳴が響く町並みを眺めることにした。稲光とともに風景が白く浮き上がる。それからちょっとの間を置いて雷鳴。雷は近いらしい。
テーブルに置いてあった双眼鏡を持ってきて日課のように向こうのマンションを見た。
相変わらずその女はカーテンの隙間から下を見ている。
全く何をしているのだろう。気になって仕方がない。
突然、雷光がその部屋に差し込み、女の姿を影絵にように浮かび上がらせた。
恐怖の旋律が私の体を貫いた。双眼鏡を持つ指が震えて視界が揺れる。
その部屋は角部屋だったので、横の窓からの光が部屋に充満し、女の影を正面のカーテンに映し出していたのだ。
その女の首にはロープが巻かれていて天井からぶら下がっていた。
全く動かなかったのは死体だったからだ。
小雨のせいで視界は悪かったが、はっきりと分かった。
心臓の鼓動は早くなり息が荒くなる。
動けない私は視線を外すことができない。雷鳴が響いたとき、その女はぐるりと目線をこちらに向けて私をにらんだ。