第一章 ⑥
梨華が新しいハンバーグを焼いてきてくれた。
「梨華、ありがとう。で、前橋の生霊、何て言ってたの?」
「『おまえの数字が悪いからマネージャー査定厳しいんだ』って言っていましたね。それと、自分は神だと言ってましたよ。梨華、ハンバーグありがとう」
「はっ! ずいぶん思い上がったものね。髪がないから神になりたがる。シャレにもならないわ」
風呂上がりのつるつるお肌の美人にこうも辛辣なことを言われていると分かったら、マネージャーはどう思うだろうか。
おかわりのハンバーグも格別だった。
「神を自称するわりには念は弱かったですね。厳しいなら、梨華に頼んで吹っ飛ばそうかとも思ったのですけど」
「いや、それは真備くんが天才だから。いくら私たち陰陽師でも、普通は柏手だけで生霊追い払えないから。うん、新しいハンバーグもおいしい」
ゆかりが使った『天才』という言葉に、真備がちょっとだけ苦笑した。
「何度か前橋マネージャーの生霊は対応したことありますけど、神を自称するところまで言ってきたことはないですね。マネージャー査定、そんなに厳しいんですか」
「厳しいわよ」とゆかりがご飯を頬ばる。
「でも、真備くんの数字は関係ないわ。主として採用の方がうまく行ってないのよね。あと二人は入れないと降格するかも。それから入社一年未満の連中の稼働率も査定に関係しているけど、こっちも真備くんは関係ない」
「何とか二年経ちましたからね。姉弟子のおかげで食いつないでます。梨華、もう少しご飯頂戴」
「よく食べるわね。男の子らしくてお姉さんうれしいわ」
「昼に一人引導を渡して、夜は生霊退治ですからね。霊力の補給です」
「確かに普通の霊能者なら倒れてるわね」
「霊力のでかさが取り柄ですから」
ゆかりが一足先にご飯を食べ終わり、コップの麦茶を一気にあおった。
「前橋、会社でもしばらく機嫌悪いだろうけど、そういうことだから」
「相手の本音がずばずば分かるのが陰陽師の醍醐味ですからね。生霊が本音をいろいろ言ってくれますから、会社での本人の方がかわいいくらいですよ」
「で、さらに真備くんがマネージャーのイヤミから逃れて、かつ収入を得るための方法なんだけど」
食べ終わったゆかりの食器を梨華がするすると片付けていた。
「ミーティングのときに話したアドオンだけど、三鷹の大崎さんがやってくれるって。年払で五百万円」
「五百万円!?」
真備は目をむいた。
「あら、足りなかったかしら。もっと高額にしてもらっちゃう?」
「年払ってことは、五百万円をいっぺんにお支払いになるってことですよね」
「月払と違って一年分の報酬が再来月以降に分割で入ってはこないけど、いっぺんにお金も手に入るし、何より成績が立つから、共同募集で私と真備くんで折半にしても、真備くんの査定も一発クリアよ」
それはそれでありがたいのだが、どうしても気になってしまう。
「そんなにお金、大丈夫なんですか」
「真備くん、自分の感覚でお客様のお財布を考えないの。大崎さんについて言えば、私たちの好きなタイミングであと十回は同じくらいの金額で契約をしてくれるって約束になってるから」
ちょっと想像がつかない金銭感覚だった。
「大崎さんって、まだ俺たちを外護してくれているのですか」
「私たちが保険営業ではなく、陰陽師がほんとうの仕事であるように、大崎さんは在野の霊能者の庇護がほんとうの仕事だからね。ごちそうさま」
ご飯をきれいに平らげた姉弟子のまえに、梨華がゆかりの大好きなプリンが用意した。デザートまで至れり尽くせりの式神である。
真備は残っている味噌汁をすすった。「陰陽師がほんとうの仕事」というゆかりの言葉が、魚の小骨のように喉に引っかかった。ゆえあって専業の陰陽師の道から外れ、在野の半聖半俗の霊能者として生きている真備としてはやるせない気持ちだった。
(姉弟子は平気なのだろうか)といつも考えてしまう。自分についてくることなどなかったはずなのに。
「真備様もプリンでいいですか」
「あ、うん。お願い」
コーヒーも用意してくれた。一通りの給仕も終わり、梨華もコーヒーをすすっていた。式神の梨華は、もちろん何も食べなくてもいいのだが、気が向けば何かを口にしても構わない。真備とゆかりは式神の自由意志を尊重していた。
「明日、真備くん、どうなってる?」
「普通に会社に行ったあと飛び込みですけど」
「アポは入ってるのかしら」
「いいえ、残念ながら」
「じゃあ、明日、朝から大崎さんの所に行って契約もらいに行くわよ。直行ということでマネージャーには私から言っておくから」
「書類関係の準備はどうしますか。姉弟子、今日はブラックですか」
「そうよ。中途半端に砂糖を入れてもプリンの甘みで消えちゃうから。書類は、私がノートパソコンを持って帰ってきたから印刷しておくわ。真備くん、ドル建終身保険とガン保険の約款と口振用紙があったら持ってきて」
「告知は、保険金が高額だから告知書だけじゃ無理ですよね。医師扱ですか」
「そうね」
「じゃあ、大崎さんにお医者さんに行ってもらいますか」
「保険の告知書の検診だと、受付並ばないといけないのでしょ? だから嘱託医の往診も手配してあるわ」
「ありがとうございます」
ゆかりがにっこり微笑んだ。こうしてみると学生のようにかわいらしいのだが。
「ところで、今度の週末はどうなってる?」
本来、生命保険契約は土日にいただくことも多い。家庭の主人の場合、土日でなければ家にいないことも多いので、どうしても契約が土日になるのだが、この辺、労働基準法的なものがどう扱っているのか、真備はいまいちよく分かっていない。
だが、真備とゆかりにとっては、土日はまた別の問題があった。
「いまのところ、特別、調伏を必要とするようなご家庭はありませんでしたよ」
「私の方もそうね。じゃあ、今度の土日はフリー修行日にしようか」
「そうですね」
真備とゆかりにとっての週末は、休みを取る日ではなかった。
二人にとっての週末とは、本来の仕事をするべき日。
陰陽師として、悪霊を調伏し、病魔を祓うための日なのである。
むしろ、その週末のために、平日は営業の姿を取りながら、家々を訪問して、その霊的な状況を確認していると言っても過言ではなかった。
「じゃあ、明日、契約をもらえば今月の数字もできるし、今週の仕事はおしまいね」
「ほんと、感謝しています」
「だから、もう一個プリンをくれても構わないのよ?」
「梨華、姉弟子さまにもう一つプリンをお持ちして」
二個目のプリンをおいしそうに食べる姉弟子に、真備はまったく頭の上がらないのであった。