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第一章 ④

「うん、そんな気はしてたー」


 玄関の上がるところの両側の柱部分に五芒星を書いた小さな呪符を貼り付けてある。悪霊や生霊などが家の中に侵入できないようにするための結界であるのだが、真備についてきた霊存在を感知したのだった。悪霊や動物霊のときには落雷に似た音がして、その音だけで簡単な霊は退散する。そして、生霊のときには先ほどのようなラップ音がして、真備に注意を促すのである。


「生霊はしつこいですからねー。食卓に連れてこないでくださいねー」


「分かってるよー。式神の方が主人らしいんだよな、この家」


「ハンバーグから缶詰に変えますよー」


「梨華様、ほんとごめんなさい」


 玄関先に鞄を置き、そのままシャワーを浴びに行く。汗と疲労素が肌にこびりついていて、それだけでも霊力が落ちているように感じる。この状況で生霊払いは、出来ないことはないのだが、長引くと思ったからだ。


 熱いシャワーを浴びて汗を流すと、それだけで霊力が回復してくる。ほんとうは温泉を引きたいところだが、武蔵野のど真ん中で温泉はかなり厳しいのであきらめている。


 シャワーから出ると、「ご飯できましたよー」という梨華の声がした。早く祓わないと、ハンバーグにありつけない。


 シャワーで汗を流し、Tシャツとハーフパンツに着替えた。バスタオルで髪を拭きながら玄関先に戻り、精神を統一する。まだ、そこにいた。


「何か俺に言いたいことがあるんですよね」


 問いかけに対しては、すぐに反応が返ってきた。


『だからさ、てめえみたいなクズを採用で取ってやってんだから、土下座して感謝しろよ』


 左眼に念を込めるとうっすらと靄がかかったスーツ姿が見える。髪の毛は薄そうだ。


『ったく、毎日毎日何やってんだよ。さっさと契約取って俺に貢げよ。そうじゃなきゃ、てめえみたいなヤツはいる価値がねえんだよ。さっさと査定で首になっちまえ』


「前橋マネージャーですね」


『呼び方が違う!』


「マネージャーじゃないんですか」


『だからさ、前橋大マネージャー様とお呼びしろよ。てめえ程度が俺様の部下なんて、泣いて喜べ。ひれ伏して崇めろ。大マネージャー様って、毎日崇めて、俺様の言うこと聞いて、契約取ってオーバーライドを貢げ』


 どうも前橋マネージャーの生霊がついてきていたようだ。


 帰りの電車で身体が重かったのはこのせいもあったのか。


 生霊というものは生きている人間の魂の一部が、強い感情によって怨霊化したものだ。


 いまの前橋の生霊を見ていても分かるように、生きている人間とほぼ同じような意見を持っているが、霊存在である分、本心を一切隠そうとしないで、十倍から百倍くらいストレートな物言いで暴れ回る。


 生きている人間の方はそんな生霊の動きなど関知していない。多少気分がいらいらしているくらいにしか思っていないはずだ。


「俺の営業成績にお怒りだと言うことですかね」


『あたりまえだろ。とっとと数字稼げよ。てめえひとりの数字のおかげで俺様のマネージャー査定にも響いてくるんだから』


「なるほど、俺の成績が悪いと、マネージャー自身の査定に響くから何とかしろと言うことですね」


『だからさ、俺様より偉大なマネージャーはいないんだから。てめえらは蟻みたいに数字をえっさほいさと運んでこいよ。そうしたら、俺様の偉大な営業のコツを教えてやってもいい』


「マネージャーになるくらいですから、さすがに営業手法は優れていらっしゃるんでしょうね」


『だからさ、さっきから言ってるじゃねえか、俺様を崇めろって。俺様は神なんだから。月払一万円で終わりそうな案件を、年払四百万円にひっくり返すのが、保険営業ってもんだろ。てめえみてえな小せえ医療保険いくら集めたって、俺様への貢ぎ物にはならねえんだよ』


「どうやったらそんなことができるのですか。勉強のために教えてください」


『だからさ、騙しゃいいに決まってんじゃねえか。そんなことも分からねえから、保険が売れねえんだよ』


「普段、マネージャーは『保険は家族を守る大切なもの』と言っていますが、騙すのですか」


『だからさ、それが俺様の本心だと思わせるところが、もう騙しなんだよ。客もコンプラもみんな騙して、とっとと数字上げればいいんだよ。そうすれば誰も何も言わなくなるから。数字こそが正義。そしてあのメリー保険ビルでいちばん売れるのは俺様なんだから、俺様が神なんだよ』


 前橋の生霊が得意げに語っていた。実のところ、前橋の生霊が来るのはそれほど珍しいことではない。月末になって、オフィスの目標が未達のときなど、ちょくちょく来てはがなり立てて去っていく。


(まあ、今日は少しだけ荒れている感じだけど、そろそろお引き取りいただこうか)


 ある程度ガス抜きで話を聞いてあげれば、生霊の力は弱まってくることもある。それに、先ほどからハンバーグのいい香りがリビングから漂ってきて、真備を誘惑していた。


「わかりました」と真備は言葉に法力を込めた。


「今月の数字については何とかがんばります。お話は分かりましたので、今日の所はお引き取りください」


『うるせえ、てめえ何様だ。こんなでけえ家に住んで、むかつく。俺様に早く契約もってこい』


「はい、それではお引き取りください」


 喚き散らす前橋の生霊を、真備が柏手で追い払う。空気を厳しく緊張させる音が数度。


「はい、出て行ってください。出て行ってください」 


 真備が柏手を繰り返し、退去の命令を下したので、前橋の生霊は煙が散るように消えていった。


「サラリーマンって大変だな」


 バスタオルでもう一度髪の毛を全体的に拭き、それを洗濯物入れに放り込む。また何かあったら前橋の生霊はやってくるだろう。死んだ人の霊と違って、あの世に送り込むわけにはいかないからだった。

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