第四章 ⑤
「マンゴーストロベリーバニラエンゼルクリームフレペチーノっ」
ゆかりが日本橋のスタバで呪文を唱えた。
「小笠原くんはどうする」
「俺は、今日のコーヒー。アイスで」
「おごるよ。このまえの治癒符のお礼」
「じゃあ、御子神先輩と同じモノで」
税込七百円オーバーなので自腹を切るとつらいが、興味はあったのだ。
お金を払って商品受け取り口に移動する。
「ちゃんと商品名を言いなさい、小笠原くん」
「俺、ああいう呪文は苦手なんです」
「祝詞のほうが絶対長いわよ」
二人で商品を受け取り、外のテーブル席へ。
アスファルトの照り返しが、暑い。
「椅子も暑いわね。おしりが焼けそう」
「早く食べないと溶けてしまいそうですね」
真備と梨華の法力、そして治療符の力のおかげでゆかりはすっかり回復していた。
傷跡ひとつ残っていない。
ゆかりを襲った怨霊の正体が桜子の生霊であったこととその顛末については真備が説明済みである。
「私たちなら陰陽庁に保護されて同じような能力の連中に囲まれて育ててもらえるから、そういう不理解にはあわないもの。桜子さん、つらかったでしょうね」
ゆかりは本気で桜子に同情していた。
真備のことをお人好しと言うが、ゆかりも相当なものだと思う。
(お人好しくらいじゃないと、陰陽師なんてやってられないけどな)
むしろ、法力もがんがんに供給されて、以前より元気なくらいだ。
「朝のミーティング、相変わらず前橋はつまんないわね」
「今日も俺は成績のことでネチネチ言われましたけど」
大勢のサラリーマンが目の前を行き交い、三越にもたくさんの買い物客が出入りしている。冷たいシャーベット状のフルーティなシェイクを口に運ぶと、さっそく頭がきーんとした。
「今夜辺り、またマネージャーの生霊が小笠原くんの家に行くかもね」
「勘弁してください」
真備がこめかみを押さえながら訴えるのを尻目に、ゆかりが笑顔でシェイクを食べている。
「実際問題、小笠原くん、今月の見込みはどうなの」
「昨日をもって全滅しました」
「何でよ」
「いまの保険、息子さんの知り合いから入ってたんですって。息子さんからやめないでくれって言われたそうです。他は最近保険を切り替えたばかりとか。あと、まだ見直しして一年経ってないから解約したら相手の営業マンがかわいそうな気がして」
「相変わらずお人好しねぇ」
ゆかりがさくさくとシェイクを食べ進めている。ほんとうに頭は痛くならないのだろうか。
「でも、今日、ここでアポなんでしょ」
「アポというか、見込みになる手前というか」
「どういうステータスの状態なのよ」
「だから、一緒に来てもらったんですよ」
目の前の信号が変わり、車が大きく動き出した。日本橋を行き来する人と自動車を眺めていた。
人の波の中から、ひとりの女性が歩いてくる。
彼女はこちらを、真備を目指して歩いてくる。
ふわりとしたスカートに袖無しのトップス。夏の日差しに負けないくらいのまばゆい笑顔が浮かんだ。
都会を歩き慣れていないのか、ときどき人とぶつかりそうになったり、ぶつかっている。
「あなた……」と、ゆかりが立ち上がった。
女性はゆかりを見てちょっとだけ目のやり場に困ったふうにしたが、大きく息を吸って、精一杯の笑顔で、まっすぐ真備とゆかりを見て頭を下げた。
「改めまして、初めまして。二条桜子と申します。お待たせして済みませんでした」
ゆかりが笑顔で駆け寄り、席へ座らせた。
桜子はびっくりしていたようだったが、やがて、再び笑顔になった。
「真備さん」と、桜子は名前をしっかりと呼んだ。
「また保険のことでご相談があるのですが。聞いてくださいますか」
真備は満面の笑顔で応えた。
「はい、喜んで――」
(了)
一部完として、このお話で完結です。
つづきのお話しは、構想はありますので、いずれまた。
みなさま、ありがとうございました。




