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第四章 ③

「小さいころ、あそこの白狐とよく遊んでいたそうだね。白狐が白子になったり、逆に君が肉体を抜け出して生霊となって遊びに行ったり――」


「どうして、それを――」


「言ったろ。俺は陰陽師。稲荷神社で白子自身に会って話を聞いたんだ」


「白子……っ」


 桜子は急に涙を溢れさせた。


「やっぱり、いたんですね。白子。お父さんやお母さんには、そんなものは妄想だって言われて、忘れなさいって言われてた……っ」


「うん。白子は実在した。君の大切な友達だ。いまも君のことを心配している」


 とうとう桜子が声を上げて泣き始めた。


「両親から白子なんていないんだって言われて、わたくし自身も中学に入るころには白子のことが分からなくなって、神社にお参りに行くだけになっていたけど――」


「そう。白子も、同じことを言っていた。でも、桜子さん、君はいま、ひとつ嘘をついた」


 桜子が身を固くした。


「ご両親は君の霊能力に対して、肯定的ではなかった。現代社会において、普通の教育を受け、普通に社会人になったとしたら、霊現象に対して懐疑的になるのが普通だからね。ましてや、学校の先生という立場から、道徳として神社にお参りすることは許しても、信仰心を持ったり、霊現象の世界に踏み込むことは異常だと思っていたのだろう」


 実にばかばかしいと真備は一刀両断した。


「だってそうだろ。現実に神々は存在し、菩薩も如来も存在する。そして、白子も――」


 桜子が寝ている自分の顔に視線を向けた。


「両親がどう否定しても、中学校に上がっても、君には白子が視えつづけた。声も聞こえ続けていたのかな。だが、両親があんまり否定するものだから、君はこう思うようになった。『両親の言っていることの方が正しいのではないか』『白子は自分だけの妄想の産物なのだ』と」


 桜子は黙って聞いている。


「そして、両親想いの君はこう考えた。『白子のことが視えないふりをしよう。そうすれば両親は、特に父親は安心してくれる』と」


 桜子の両目からまた涙が落ちた。


「どうして、それを――」


「いまの君だよ」


 真備が足を組んでくつろいで話している。


「ここまで現象化できる生霊になってしまうなんて、偶然の産物では無理だ。陰陽師の修行を積んできたいまの俺でもできないかもしれない」


 桜子が驚いたように真備を見上げた。


「君は生まれてからこの方、霊能力を失ったことは一度もない。中学に上がってからは両親にもクラスメイトにも隠してきただけだったんだ」


「わたくし……そんな……」


「中学生になって完全に霊能力を失ったとしたら、いい加減、稲荷神社にお参りすることも忘れるだろう。友達関係が楽しくなるし、友達思いだという君ならなおさらね。でも君は神社にお参りを続けた。白子が大切な友達であることには変わりなかったから」


 桜子がきつく眼を閉じた。しかし、涙は止まらない。


「白子はわたくしの大切なお友達。忘れたくなかったのです」


「その君の思いが、もともとの霊能者としての才能と相まって、君自身が知らないうちに力を深めていたんだ」


 桜子が再び真備に向き直った。


「友達を大切に思っていただけですのに、こんなことになるのですか。わたくしは元に戻るのですか」


「大丈夫だよ。俺が助けてあげられる」


 きっぱり言い切った真備に、再び桜子が落ち着く。


「けれど、そのためには原因はきちんと解明しておく必要がある。そうしないと間違った手を打ってしまってはいけないからね」


「はい」


 素直にうなずいている桜子を確認しながら、真備は話を戻した。


「無意識下で成長した君の霊能力は、父親に合わせるためにウソをつき続けることにストレスを感じていたのだろう」


 桜子は真実の世界観を知っているのに、何も知らない父親に、父親と教職者という肩書きだけのために、真実をねじ曲げ、膝を屈していることに徐々に耐えられなくなっていったのである。


「その結果が今回の、完全な幽体離脱以上の、ほぼ分身化といってもいいほどの生霊化の原因だ」


 おそらく、桜子が入院していたのも、この霊能力の発現が何らかの影響をしていたはずで、それならば医者が原因不明の診断しかできなかったのは当然のことだった。


 桜子が先ほどまでとは違った意味で苦しげな顔になっている。


「俺が君の家に初めて来たのは土曜日だったよね」


 桜子は顔を上げない。


 だが、真備は続ける。


「土日は普段、陰陽師の仕事をしているので、保険の仕事はしていない。だが、あのときは訳あって占を立てて、この辺りに行くべきだという神示のもと、俺は飛び込みをしていた。そして、最後の一軒で君の家に来た。何らかの神仕組みがあったのだろうね」


 桜子は真備の話を聞いているだろうか。


「俺は営業のときにお客様に法力を投げかけながら話をしている。そうすれば簡単な動物霊くらいなら吹っ飛ばせるからね。けれど、君の場合、生霊である君の場合、俺の法力が救いの力に見えたのかもしれない」


 砂漠の旅人にとっての一杯の水のように生き返る思いがしたのかもしれない。


「だから、君は無意識のうちに俺に助けを求めた。君の知っている人で、悪霊に苦しめられているように君が思っていた家を紹介することで、俺が何とかしてくれるのではないかと」


「そんな、わたくし、そんなことは――」


「安心するといいよ。どの家も、きちんと悪霊調伏できるから」


「あ、ありがとうございます」


 こんなときまで律儀に頭を下げる育ちの良さ。


「ですが、あの、わたくし、そんなこと――」


「君の表面意識ではそこまで思っていないだろう。何しろ君は自分自身が生霊という霊存在になっているのに、表面意識では普通の人間だとついさっきまで思っていたのだから」


 だからこそ、問題なのだ。

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