第二章 ④
「原因、よく分からないのです。めまいがして、急に意識が途切れることがあって。検査入院をしたのですが、どこを調べても数値に異常はなくて」
「そうですか」
真備が眉根を寄せていた。どうやらこの男の人は、本心から桜子のことを心配してくれているようだ。
「これだと、保険は厳しいですか」
「うーん」
真備の目が泳いでいた。その反応で、桜子は答えが分かってしまった。やはり、話さない方がよかっただろうか。でも、変に期待を持たせ続けても悪いと思うし。でも、ここで真備との関係が終わってしまうのも、何だかさみしい気もする――
ところが。
「原因不明の病気というのは保険会社がいちばん嫌うね。ほら、保険会社ってビビりだから」
真備の表現が面白くて笑ってしまった。
「昔と違って、保険に入るときに書く告知書は、告知書で質問されている内容だけを書けばいいので、その範囲を超えたときには病歴とかは書かなくていいんだ」
「そうなのですか」
「幸い、いま現在は保険に入っているということだったから、しばらくは現在の保険で我慢してもらって、告知的に問題がないことがわかってから保険を検討すればいいでしょ」
なるほど、そういう考え方もあるのか。桜子はちょっと感心した。
「多分、告知と言う意味ではいまでも問題ないのはガン保険だろうね」
「ガン保険ですか」
真備が書類が分厚く入ったクリアファイルの中から、薄い設計書を取り出す。
「ガン保険、大事だよ。私たちの身体は毎日ガン細胞そのものはできているんだから」
「そうなのですか」
「そうだよ。一日に五千個はできている」
「五千個も」
「ガン細胞というのは身体の中の細胞分裂の過程でできたコピーミスの細胞だから、普通は『ああ、これはコピーミスだ』って身体の中で処理してくれる。ところがそれをすり抜けたたった一つの細胞が残ったとき、ガン細胞が増殖し始める」
「ふむふむ」
「たった一個のガン細胞が、ガン検診とかで見つかる程度の大きさに成長するのに、どのくら時間がかかると思う?」
「えー、どのくらいなのですか」
「だいたい十年くらいと言われている。だから、まだ見つからないだけで、いまこの瞬間にガンかもしれない」
「怖いですね」
「検査で見つかる程度になったガンが、もっと大きくなって、転移だとか、いわゆる手遅れですみたいなレベルにまでなるのには、さらに何年くらい必要だと思う?」
「やっぱり十年くらいですか?」
「三年くらいだと言われている。若い人だともっと早いかもしれない」
「本当に怖いんですね」
「まあね。そういう、気づかないだけですでにガンになっていることがあるので、ガン保険は基本的に加入してから九十日間はお金が下りないことになっている」
「そうなのですね」
この人は物知りだなと思う。
「だから早めに入っておいたほうがいい。特に女性はね」
「女性が早めにガン保険に入っておいたほうがいい理由って、何かあるのですか」
「乳ガンとか子宮ガンとかの、いわゆる女性特有のガンは、三十代から四十代の罹患率が高くなっているからね。だから、この時期は同い年の男性より、月々の保険料が高くなることがある」
「ふむふむ」
「ちなみに男の場合は、五十歳を過ぎるとやたら滅多に保険料が高くなる」
「そうなのですか」
「五十歳を超えると男のガンの罹患率が高まってくることが一つ。それと、単純に平均寿命の問題」
「平均寿命ですか」
「いま、女性の平均寿命は何歳だったか、覚えてる?」
「八十五歳くらい?」
「そうそうそうそう」と真備がにこやかに同意する。
「だいたいそんなもの。八十七歳くらい」
ほとんど正解。桜子は内心ガッツポーズを決めた。
「男の方は、わかる?」
「七十五歳くらい?」
「そうそうそうそう」
また同意をもらえた。褒められちゃうかも。
「だいたい八十歳くらいくらい」
何だか自分の答えより結構ずれていた気がする。十の位が違っているとだいぶ違う印象を受ける。でも、真備に同意してもらえたのだ
から、まあ良しとしよう。
「そうすると、六十歳で比較したら、女の人はあと二十七年、ざっくり三十年は寿命があるけど、男の方はあと二十年しか寿命がない。その分ガン保険の保険料が高くなるってことさ」
「なるほどー」
桜子は何だか賢くなった気がした。
「小笠原さん、教えるの上手ですね」
「ああ、そう?」
真備がちょっと照れたような笑いを浮かべた。
「学校の先生とか似合いそうです」
「そうかな」
「小笠原さんは生命保険のお仕事、長いのですか」
「うーん」
真備の目がちょっと泳いだ。素直な人なのだなと思う。
「営業的には五年とか十年とか答えたほうが安心感があるのかもしれないけど、まだ二年半」
「すごいですね。いっぱいいろんなこと知ってて。年数、長いほうがいいのですか」
「そのほうがお客さんとしては安心するでしょ。駆け出しの営業マンより、経験豊富な営業マンの方が」
「うーん。そうなのですか。でも、わたくしは小笠原さんみたいにそんなに営業経験なくてもよく知っている人の方がすごいと思います」
「ありがとうございます」と、真備が律儀に頭を下げてお礼を言った。




