第05話
翌日から深雪は忙しくなった。午前中は弁護士と面会し今後のことを取り決め、午後からは警察の事情聴取に応じるという大変な一日だった。おかげで別のことを考える余裕がなかったことは、唯一の救いかもしれない。
夜、自宅に帰り、深雪はソファに寝転がった。
横領、そして父を殺した容疑者は何人かに絞られたものの、決定的な証拠はまだあげられていない。このまま捜査が難航したら犯人の顔を見たことを言おうか、深雪は悩んでいた。
明里には止められているが、犯人を知っていながら捕まえられないのも苦しい。能力が知られるのがネックなら、父との会話にその人物が出てきたことにして──でも事情聴取のときに言わなかったのが怪しまれるかもしれない。
深雪が考えていると、家の電話が鳴った。今日はかなりの頻度で電話がかかってくる。
面倒なことでなければいいけど、と深雪は受話器を取った。すぐに懐かしい声が聞こえる。
「深雪? お母さんよ」
「おかあ、さん……」
数年ぶりの母の声に、深雪は呆然とした。
「ごめんね、お医者様には止められてたんだけど、どうしても言いたいことがあって」
聞きたくない。そう思うが、身体が全く動かない。
「今回の件が落ち着いたら、一緒に暮らさない? 一人じゃ不便だし、さみしいでしょう? 母さんの悪いところ、全部直すから、一緒にやり直そう?」
「違う、違うの。全部私が悪いの。お願い、一緒に暮らそうなんて言わないで」
深雪は悲痛な声で、精一杯に自分の思いを告げた。
「あなたのその……能力のことを心配してるの? 大丈夫よ、ちゃんと理解してるから。一緒になくしていきましょうよ──」
深雪は乱暴に受話器を置いて、しゃがみこんだ。
母はサイコメトリーのことを知っていた……? いつから、誰に聞いて……?
母にだけは絶対に知られたくなかった。傷ついていたことを知られたくなかった。きっと母も傷つくから。
一緒に暮らしたいのは深雪も同じだった。好きだからこそ、ひどく言われることに傷ついて、離れることを選んだ。母はその決意をいとも簡単に揺らがせる。そこまで頼むからには、今度は傷つくことはないのだろうと──。
家のインターホンが鳴って、深雪はびくりと体を震わせた。母が迎えに来たのかもしれないという考えが頭をかすめた。
しかし母ではなかったとしても、他人に泣いた顔を見せられない。鳴り続けるインターホンを無視し居留守を決め込むと、しばらくして止んだ。
すると、今度は携帯が鳴り始めた。知らない相手からに戸惑いつつとると、男の人が出た。
「浅間です。今、家の前にいるんですが、開けてくれませんか」
その焦った声音に、泣き顔だということも忘れてすぐに鍵を開けに行く。
携帯を片手に持った浅間が立っていた。
「どう、されたんですか」
「近所の方に聞かれたくない話なので、中に入ってもいいですか?」
「はい……」
中に入る、といっても玄関にだけで、浅間は部屋に上がろうとしなかった。
「高橋さんの携帯を調べていたら、奥さん宛てメールにサイコメトリーという単語が出てきました。あなたに関しての記述のようなのですが、どういうものか、話していただけますか?」
一瞬、頭が真っ白になった。
「な、なんで……っ」
なぜ父は母に能力のことを伝えたのだろう。そして、この人にまで知られたということは、ほかの大勢の人にも知られた──。
深雪の頭の中に、様々な思いが浮かんだ。だんだんと呼吸が浅く、速くなる。
「お、おいっ」
薄れて行く意識の中で、浅間の困惑した声が聞こえた。
手直しする前はメールではなく手紙でした。なんで手紙にしたんだろうか…。