第04話
明里は深雪を寝かせながら、その寝顔を見つめていた。
過去にさかのぼり、父親が殺された瞬間を見る。深雪はまだ父親の死を受け入れていない傾向があるが、その瞬間を見ることは父親の死という現実を直視するということだ。
怖くないはずがない。心細くないはずがない。深雪はそれを一人、ずっと感じていた。
こんな問題を抱えていたら、どんなに強い人でも気丈にふるまえるはずがない。それでもかたくなに強くあろうとする。
深雪が精神的に不安定なのはサイコメトリーを起因として、複数の事情が絡んでいる。明里が精神科医として目指しているのは、その事情をゆっくりと解きほぐしていくことだった。だがまた一つ、事情の糸が増えた。きっとこれから増えていくことだろう。深雪を支える人は、段々減っていくのに。
「寝たのか。寝られないと思っていたんだが」
ふらりと部屋に現れた浅間は、深雪に視線をよこしてそう言った。
「ま、疲れたんでしょうね」
明里は、深雪が知ったものをこの男に告げようか、と一考する。一年間付き合ったことのある浅間という男は、悪い人間ではないし、頭が固いわけでもない。今は所轄の刑事らしいが、問題はどこまで動けるかだ。話したところで行動を起こせなかったら意味がない。
「警察はどんな見解?」
「他殺の線が濃厚だ。頭に打撲痕があったんだが、近くからはルミノール反応が見られなかった。殴られてから落とされ、おぼれ死んだってところだ。横領についてはまだわからん」
思ったより真相に近づいていた。最悪、言わなくても済むかもしれない。
「そこまで聞いたら、父親ははめられて殺されたとしか思えないんだけど」
「まあそうだろうな」
「犯人に目星はあるの?」
「何人かには絞られるだろう。だが証拠が……」
浅間は険しい顔で腕を組んだ。
そのしぐさを見て、明里は変わらないなあと思った。あのときから変わってない。相性がいいと感じることも、でもときめきは感じないことも。
「深雪ちゃんのこと、大切にしてよね」
「そういえば彼女の精神科の主治医だったのか。特に不審な点はなかったが。手袋が関係あるのか?」
「ちょっと会っただけじゃわかんないわね。繊細な神経を持ってるの。知らなくてもいいことを知ってしまうし」
「心理的虐待があったらしいな。起訴にまでは持ち込まれなかったらしいが」
「ああ、それね。別に母親が悪いわけじゃないのよ。原因ではあるんだけど。もちろん深雪ちゃんが悪いってわけでもない」
「もったいぶるなよ」
どこまで話そうか、と考える。担当医としてすべてを話すわけにはいかないが、深雪を気にかけてもらわなければ困る。当たり障りのない事情だけ話すことにした。
「過敏に感じ取っちゃうのよ、他人のストレスをね。ありていに言えば、母親が他人に愚痴っていたのが本人に聞こえてたっていう話」
「それだけか?」
浅間は疑わしい顔をした。そういえばこの人、まだ結婚していなかったっけ。
「育児のストレスって結構なものなのよ。ノイローゼで相談しにくる母親も多いし。その愚痴が子供に聞こえてたとしたら、どれほど傷つくと思う? 深雪ちゃんの場合はそれがひどかったの」
「だが、それなら虐待にはならないだろう?」
「まあ、ね。でも深雪ちゃんが極端に母親の顔色をうかがうのを不審に思った人がいて、匿名で通報があったの。それがあって両親は離婚、深雪ちゃんは父親に引き取られることになった」
「じゃあ、その子は母親に引き取られることになるのか」
「さあ。それは本人が決めることよ」
明里は、もたれかかっている深雪の頭をそっと撫でた。