第03話
ホテルの部屋につくと、深雪は早速カバンを放り出しベッドに飛び込んだ。スプリングがきしみ、心地よい程度にはねる。
このまま寝てしまいたい欲求に駆られながら、浅間の『食事はとっておくように』という言葉を思い出して体を起こし、途中で買ったコンビニの袋を開ける。食欲がないので、軽いものだけを口に入れる。それでも最後にはきつくなり、お茶と一緒に飲み込んだ。
一息ついてから深雪は携帯を取り出し、電話をかけ始めた。知人に連絡することについてはすでに浅間に言ってある。
「深雪ちゃーん、どうしたの?」
「先生、お父さんが……」
かけた相手は、明里だった。早くも懐かしく聞こえる声に、感情が揺さぶられる。深雪は震える声を抑えながら続ける。
「父が、横領して、死んだって、警察が来て……」
相手が電話の奥で息をのんだのがわかった。
「今は近くのホテルにいます。それだけ一応言っておこうと思って……」
「教えてくれてありがとう。今からそっちに行くから、ちょっと待ってて」
「え、でも、来ていいかどうか!」
「あなたがそんなこと気にしなくていいの。あなたは私の患者だし、私はあなたの医者よ。大丈夫、安心して」
深雪の返事も聞かず、明里は電話を切った。
どうしようかと迷った挙句、ホテルのロビーで待機しているであろう浅間に状況を説明しに行くことにした。
主治医に電話したら心配だから様子を見に来る、と告げると、浅間は見るからに険しい顔をした。
「出来れば止めていただきたかったんですが……」
「すみません」
「それより、病気をお持ちならそうおっしゃってください。こちらも知らないと配慮できません。具合、大丈夫ですか?」
「精神的なものなので、私は大丈夫です。ただ、浅間さんやほかの人に迷惑をかけるかもしれません」
「そんな心配はいりません。腐っても刑事ですから、女子高校生にかけられる迷惑なんてたいしたことじゃありません」
浅間の軽口に、深雪はふと頬が緩んだ。
ロビーで一緒になって待っていると、しばらくしてラフな格好をした明里が来た。
先生、と深雪が駆け寄ったとき、明里は浅間を見て驚いたように叫んだ。
「圭吾? 圭吾じゃない!」
浅間もひどく狼狽したように言う。
「あ、明里?」
「先生、知り合いなの?」
不思議に思って、深雪は明里を見上げながら訊いた。
「高校時代にちょっとね。──圭吾、私は彼女の精神科医で、彼女は今とても不安定だわ。親類縁者もいないし、保護者として一緒にいてもいいわよね。彼女の父親とも知り合いだし」
浅間は困ったように頭を掻いた。
「来てしまったんだ、仕様がない。あまり勝手はするなよ」
「わかってる」
その言葉を合図にして浅間とは別れ、深雪と明里は部屋に戻った。
深雪がベッドに座り、明里はその隣に腰を下ろした。しばらくの無音の後、深雪がぽつりと話しだした。
「父が携帯していた本で、父が横領してないことがわかりました。父がここ最近忙しかったのは、横領の事実を発見して悩んでいたからなんです。自分が公表するか、犯人を突き止めて自首させるか……。どちらを選んだのかまではわかりません。だけどどちらだったとしても、きっと殺されたんです。……その横領犯に」
深雪は下を向いて、明里の言葉を待った。明里はそんな深雪の頭を優しくなでる。
「ねぇ、どんな理由があっても、むやみに見てはいけないって約束したの、覚えてる? 見てつらい思いをするのは深雪ちゃんよ」
きっとこれは予防線だ。私の次の手をふさぐための。それが優しさだとわかってる。けれど私はそれを受け入れられない。
「私、それでも──お父さんを殺した犯人を、見たいんです」