第02話
「父が……横領を?」
深雪は震える声で、浅間と名乗った刑事に訊きかえした。
「その容疑があるということで事情聴取しようとしたんですが、行方が分からなくなり遺体として発見されました」
「え……? う……そ、ですよね……?」
「残念ながら免許証から本人と断定しています」
「そんな……お父さんは横領もやってないし、死ぬはずがありません!」
「横領は容疑がかかっているだけです。ですが、遺体が深雪さんのお父さんであることは間違いないんですよ」
「どうして────」
深雪は膝から崩れ落ちた。浅間はその肩に手を置く。
「これから令状を取って、この家を家宅捜索します。そのあと深雪さんには、こちらで用意したホテルに移ってもらいます。いいですね」
浅間が有無を言わさない口調で告げると、深雪は唇をかんでゆっくりうなずいた。
このまま流されてもいいのだろうか。ただこの状況にのまれるだけで──。だめだ、知りたい。父が何をしていたか。本当に横領をしたのか。
勇気を振り絞り、深雪は浅間に尋ねる。
「……父の寝室に行ってもいいですか?」
「それなら部下も一緒に行かせてもらいます」
浅間は合図するように部下と目を合わせた。
簡素な父の部屋に入り、深雪は手袋をはずしながら本に手を伸ばす。これが、父が最近買い、通勤用にも持ち歩いていた本だった。運よく読み終わったところだったらしい。これなら父が会社で何をしていたか見えるかもしれない。
本に触れた直後、脳裏に映像が浮かぶ。初めは私が部屋に入ってきたところで、しばらくはこの部屋が映る。次は父の通勤で、場面は会社に移り……徐々に核心に近づいていく。
目的の時間まで見たところで、深雪は目もとの涙をぬぐいながら、本をもとの場所に戻した。
深雪は2時間ほど家宅捜索に立ち会ったあと、自分の荷物をまとめて、マンションの駐車場にとめられてあった車に乗る。後ろの席で、不安と緊張からカバンを抱きかかえた。
「お父さんと面会、されますか」
浅間が遠慮がちに訊いた。深雪は戸惑いながらもうなずく。
「父は……どうして死んだんですか」
深雪は無感情に言った。そうでもしないと、今にも泣きだしそうだった。
助手席に座っている浅間は、バックミラーで深雪を見てから答える。
「詳しいことはまだわかりません。川から落とされたようだとしか」
「川? 溺死ですか?」
「頭部に傷があったので、そちらが致命傷の可能性もあります」
「傷って……殴られたんですか?」
「それもまだ。詳しいことが分かり次第、お伝えします」
深雪は移動の間、窓の外の夜景色をぼんやりと眺めていた。
警察署の中にあった遺体安置室は、暗く湿気た雰囲気だった。
深雪はゆっくりその中央に横たわる人物に近づく。そのまま深雪が動けずにいると、浅間が顔の布を取った。
「とう……さんっ」
深雪は指先で父の顔に触れた。その直後、深雪の口から言葉にならない声が漏れ、むせび泣いた。