第13話
つい先日までの激務から解放され、浅間は書類を片付けていた。急ぎでもなく、息抜きのような仕事だった。
「これはこれで苦痛ですね……。座学一番嫌いだったのに」
「お前、武道も苦手って言ってなかったか」
「両方苦手です」
じゃあ何が得意なんだ。
浅間は軽くため息をついて、書類に目を戻した。しばらくこなしていると、上司からお呼びがかかった。
聞かれなくないことなのか、誰もいない喫煙ルームに移動した。ここでは密閉空間をいいことに、頻繁に内密な会話がなされている。
上司は煙草に火をつけたあと、話し出した。
「今回もおまえの手柄だったな。出世街道まっしぐらだ。推薦状書かれるのもそう遠くはないな」
「別に、手柄を立てるために仕事してるわけじゃありませんよ」
「それはわかっている。だが、どっから情報を得たのかしらんが、情報元を明かせんようじゃあ、先走って危ない橋を渡っていると思われかねんぞ」
嫌な話の持っていきかただった。上司は鋭い目で浅間を見つめる。
「深入りするのはやめておけ」
浅間は気づいた。この人は気づいているのだ。サイコメトリーが本当にあることも、それを利用して車体ナンバーを知ったことも。
ほかの刑事には不自然じゃない理由をでっち上げ、報告していた。多少の無理はあったが、それでも大多数が信じているだろう。少なくとも深雪の能力から知ったとは思っていないはずだ。
ただ、この人以外は。
「これ以上、かかわる機会なんてありませんよ」
「『天は耐えうる人に事を与える』って誰かが言っていたかもしれん」
「なんですか、それ」
浅間があきれると、上司はその目元を緩めた。
「とは言ったがまあ、忠告するのはガラじゃない。何もなければそれでいいんだ。適当に流しておいてくれ」
「せっかくの忠告ですから、頭の片隅にでも置いときますよ」
「そうしておいてくれ」
そう言って上司が煙草の煙を吐き出したところまで見届けてから、浅間は喫煙ルームから出た。
自分のデスクに戻ると、隣の席に座っている佐倉が鼻をつまんだ。
「うわ、煙草くさっ。手柄のねぎらい? ……じゃないですよね、内密っぽいし。苦言ですか?」
「……おまえへの苦言だよ」
「ええっ。そんなに問題起こしてないと思うんですけどっ」
軽い反応を見て、いつか本当にお小言を言われそうだな、と浅間は内心ため息をついた。
──そういえば、お詫びの品をもって行くのを忘れてたな。
浅間は携帯を取り出して、電話帳に登録してある高橋深雪の文字を眺めた。
ここしばらく女性へのプレゼントなんてしていない。女性がほしいものは何だろう。……どんなものを贈れば彼女の笑顔が見れるのだろうか。
少しの煩わしさと、それを上回る楽しみを浅間は感じていてた。
ひとまず終了です。この先は書いていません。
新たな事件に巻き込まれるとか深雪と浅間とのじれったい関係とか明里と浅間の昔の話とか明里の今の話とかアイデアはいろいろとありますが…。
お読みいただきありがとうございました。