第01話
「今日の診察はこれで終わり。お疲れ様」
「ありがとうございました」
「お父さん、今週は忙しいんだって?」
「はい。なにかミスを見つけたみたいで。来週にまとめて診察結果を教えてほしいそうです」
「これといって変わったこともないし、大丈夫だけど。深雪ちゃん、何かあったらすぐ電話してね」
「はい」
深雪は薄い手袋をしながら、微笑んだ。ただの患者と医者以上に、明里は良くしてくれていた。それは深雪に興味があってのことかもしれないが、その関係で不愉快な思いをしたことはなかった。むしろ深雪は心強い友達のように感じていた。
遠藤明里は二十代半ば精神科医で、深雪は数年からお世話になっている。プライベートで会うことも少なからずあった。特に深雪が高校生になってからは、頻繁に一緒に出掛けるようになり始めた。
父もそれをよく思っているようだった。それまで深雪は友達が少なく、引きこもりがちだったからだろう。娘に身近に相談できる女性ができたと喜んでいる節もあった。
その父は現在、いつもより早く出勤し、遅く帰ってくるようになっていた。しかもなかなか寝付けないようで、仕事で何かあったのか、と察して何も聞かずにいた。けれど、一人娘の診察にも、ただ忙しいからとあいまいな理由で行かなかった。ここまで何も言わないのは珍しい。かなり切羽詰っているのか。
時期を見て問いただしてみよう、と深雪が決心してマンションの自分の階まで行くと、自分の部屋の前で男が二人、立っていた。恐怖を感じ、深雪が静かにその場を離れようとしたところで、一人がこちらに気づいた。
「高橋深雪さんですか?」
逃げなきゃ。そう思うのに体は動かなくて立ちすくむ。
やっと一歩後ずさりしたところで、男たちは立ち止まって、内ポケットから何かを取り出した。
「警察の者ですが」
彼らが取り出したのは、警察手帳だった。
深雪は彼らに促され、部屋に入れた。