ALM__(alarm)
「で?名前は?」
ラズは困っていた。
自分の名前を名乗るということはすなわち、オルトに連絡がいってしまうからだ。
ラズたちは大きな建物に駆け込み、そのままいくつかの回廊を抜け、30分ほどかけて、今いる部屋までやってきた。
ラズは途中逃げることもできず、それについてきて、今は豪華な部屋の高そうなソファーの上でよろしくない雰囲気の中、尋問にあっている、というところだ。
しかも尋問しているのは何故か先ほどから優雅に目の前でくつろいでいる男だ。
年の頃は、トパーズとそう変わらないだろう、ラズより少し年上。くすんだ髪はむかし金色だったようで、軽くウェーブかかっている。すっと通った鼻筋と、その面差しはめったに見られない美貌で、なかでもとりわけ、紫の瞳はその存在感を一番強烈なまでに放っていた。
(クルセドニーと同じくらい綺麗な人だ。)ラズはのんきにそんなことを思った。トパーズは綺麗だが、トパーズより中性的な顔立ちをしているし、だからといってなよなよしているわけでもない。
「では、質問を変えよう。君は、何故あそこにいた?」
応えるべきか迷ったが、いずれ自分の身も知れるだろう。ラズは少し考えてから口を開いた。
「観光で。」
「あの塔は立ち入り禁止だ。何故入った?」
「字が読めなかったので。」これは本当だ。
「壁面を見て何をしていた。」
「私のお仕えする方に似ていましたので、懐かしく思っておりました。」それは嘘ではない。答えにはなっていなかったが。
「荷物をあらためる。」男が催促したので、ラズは布の袋を出した。
男は順番に袋の中身をテーブルに置いていく。
「・・・これは?」ごと、っと置いたパソコンを指す。大きさはラズの片手ほどのサイズで、たたんである。
「お守りです。」ラズはロックしてあることにほっとしながらその表情を出さないよう答える。ロックは誰にでも解けるわけではなく、ラズとラズに許されたものだけがパソコンを開けることができた。
「『影』が見えたのか?」
「いいえ。」
「・・・訂正しよう。『影』がどこにいるのか、何故わかった?」
「なんとなく。」ラズはパソコンから目をそらし、気のないそぶりをしながら曖昧に答える。ここでパソコンを没収されるわけにはいかなかった。あれはトパーズと、御方様につながる、ただ一つの希望だから。
「光を見た。あれは何だ?」男は追求することなく質問を続ける。それがラズにとっては不安だった。
「光、ですか?」ラズには何のことかわからない。確かに、あの時一瞬辺りが光ったような気がしたが、そんなことはあり得ないはずだ。夜なのだから。
そこで、ノックする音と同時に声が聞こえる。
「失礼いたします。」固い表情の男が入ってくる。主の返事も待たずに。ラズはちょっとほっとして、荷物をしまいはじめる。
ラズの前に座っていた男は、入ってきた男を確認すると立ち上がった。
「・・・・何やってんですか、アンタは。」
「問題と追求と、解決策の模索?」
「あれ、何です。」
「重要参考人。」
「で。それはアンタの仕事じゃないはずですが。」
延々と続きそうなそれに声を挟んだのは、件の重要参考人。
「あのう。帰ってもいいですか?」
「却下。」
「駄目です。」
後者は後で入ってきた男が言ったものだが、笑顔が怖いのでラズは立ち上がりかけた腰をソファーに戻した。
「で、お嬢さん、お名前は?__私はコランダム。調べればわかるから早めに言った方が君の罪状も軽くなるはずだよ?」とコランダム_ 後から入ってきた男は言う。それが、優しげなのに怖いと感じたラズは答える。
「ラズ、です。私の罪状は何ですか。」素直に答えたラズに隣の金髪の男は気に入らなさそうな顔をする。
「不法侵入と盗難。今のところはそれだけだ。」
「失礼いたします。」そういってまた別の男が入ってきた。男は書類をコランダムに渡すと、コランダムは顔をあげて。
「オルト・クレーか。厄介だなこりゃ。」その言葉にラズは顔をあげて、
「オルトさんは関係ありません!」
「では聞こう。何故、塔に?」コランダムの隣に座っていた男が聞く。
「ですから、申し上げました。わたくしの、お仕えする方に・・・・」そこで電子音が響く。
「何だ、この音?」
「その中か?」コランダムがラズの袋を指差す。ラズはそれを握りしめた。ここで、通信を開くわけにはいかない。けれども、このままでもいられない。
「おい、ラズとか言ったな、何だ?」明らかに顔色を無くしていくラズに気づいた男が声をかける。
「と・・・・」ラズは震える唇で紡ぐ。彼女が求めてやまない兄の名を。
(トパーズ!!)
「と?」
見かねたコランダムが袋に手をのばそうとした時、ラズは立ち上がった。
「トイレ!!どこですかっ!!」その間も電子音は鳴り止まない。
「トイレ?」
「ああもう、お手洗い!便所!用を足すところ!!って言えばわかります!?」ラズは完全に焦っていた。この電子音が次にいつ来るのかもしれない。もしかすると、もう二度と来ないかもしれない。
「それならあそこの扉だ。」男が無造作に指した所はこの部屋の中にあった。
あわてて走り出すラズの後をコランダムが追う。ラスは後ろを振り返ることなく、一目散にその中に駆け込んだ。
コランダムはその扉の前に立つと、男を振り返って言った。
「珍しいですね、用を足すのにベルが鳴る。」もちろんそれはちゃかして言った言葉だったが、男は気に入らなかったらしい。
「逃げられるなよ。」
「誰に言ってんですか。」