巡り遇いはそう奇跡なの
タイトルは、例の歌からです。笑って流してください。
『アイオレーリィ』
ラズはひとまず宮殿に行くことにした。
正確には、宮殿の裏にある遺跡へ、だが。
宮殿の端にある公園は飲食が自由になっていて、人々は自由に楽しんでいた。
ラズは買ったパンを食べながら、時計を見る。
今は1時5分前だ。
ライオというのは、12時~15時の間のどれかを指す言葉なんだろう。
これから遺跡を見てから帰るのでは正門には間に合わないかもしれない。
これでは商売上がったりだろう。と思っていたが、道行く人の話ではナイトツアーというのがあるらしい。
何でも騎士団の一部が護衛につき、宮殿を回るものだそうだ。見上げた商売魂である。
もし何かあったらどうするのかと思ったが、ツアーには多額の保険金がかけられているらしい。
ラズはパンを押し込むと、遺跡に向かって歩き出した。
「・・・・これは・・・」
ゆるやかにレンガを敷いた坂を上がると、小高い丘に出た。その灰色の建物には見覚えがあった。
少し倒壊した部分があるとはいえ、遺跡はその原型をとどめていた。
「セレスティス・・・」呆然と、その前に立ち、はっとなって駆け足で建物に入った。
しん、と静まりかえった空間は、自分が愛したそれに似ていた。
回廊からさしこむ光が廊下を照らしている。
「すごい・・・似てる。」ラズはますます嬉しくなって、どんどん奥へ入っていった。
「ティス!どこへ行くんだ!」 青年は目の前をずんずん歩いていく主に声をかけた。
「散歩。いつもの。」その声からして、大分機嫌が悪いことは察せられた。が、この程度でひるむ男ではなかった。
「この後、ジャスパー殿と治水工事完了報告について会見があるでしょう!」
「ああ、アレね。うん、ジャスには適当に言っといて。モルガが相手してくれるだろうし。」
「・・・まぁそれはそうでしょうけ・・・って違う!夜まであとわずかなんですよ、危険じゃないですかっ。」その声に主はぴたりと足を止めて振り返る。
「その貴重な時間に演奏会を開いて、なおかつ、『見事だった。』の一言のために私を拘束したのは誰だ?」生きた至宝といわれた濃紫の瞳がにらむ。だが、長年つき合っている友人兼秘書兼領主代理の彼には効かないようだった。
「演奏会は定期だし、この時間だってのは、チャンバーストからの依頼だからね。断れなかったよ。誰かさんが先日落としてくれた株のおかげで。」そこから灰色の髪の青年の口調が変わる。
「とにかく、休憩は必要だ。そんなに遅くならないから、部屋で待ってろ。」いくぶんか優しくなった紫の目の持ち主が告げた。
「・・・アイサー。」返事をした彼は、この後課せられるだろう量の仕事を考え苦笑した。なんだかんだと、彼が折れるのはいつものことで、それを主もわかっているのだから。
その生まれもった美貌から、「菫の君」などと呼ばれているが、すでに20も後半。幼い頃の愛らしさは消え、いつの間にか凛々しく成長した今も、「赤獅子」と呼ばれた父から受け継いだくすんだ金色の髪と、「月の涙」と謡われた母から継いだ紫の瞳のおかげで、領地の顔としてかなりの人気を誇っていた。
突然の夜の襲来。失った親族を想い、自分の無力さを呪う。その過密な毎日の中で、ひととき息をつける瞬間があった。
クロラストリィティスは目の前に残された神殿をあおぎ見、眩しそうに目を細める。
「それほどに気弱になっているというのか?」
応える影はない。
いくつかの部屋をすぎ、通常大広間となっている部屋を抜けた先に、崩れかけた塔があった。
「何だろう?」ラズは自分がいたセレスティスにはなかった建築物に目をとめ、パソコンを打ちながらそちらへ足を進める。
この遺跡は、きっとセレスティスに何らかの関係があるに違いない。
女神と言える存在はラズの中では一人しかいない。なら、御方がこの世界の女神なのだろうか?
わからない。あまりに資料が少なすぎる。
塔の前は柵があり、ざっと見たところ、かなり崩れている部分もあるようだ。
その、入り口から見えたもの。
「!」その瞬間、ラズは柵を乗り越えていた。もともと、柵といっても関係者以外立ち入り禁止の文字がある程度で、こんな裏にはほとんど人も訪れない。まして今の時間は。
ラズはパソコンを布にしまい、そっと入り口から入ると、柱と柱の間から見える壁面を目指し歩く。
「ああ・・・!」
思わず顔を覆いそうになった。
それは、見慣れた人。
誰よりも愛おしく、誰よりも尊敬し、そばにいた方。
私の主。
「アダマス様・・・・」思わず膝をついた。
こんな所で。
こんな異世界で。
あなた様に出会えるなんて・・・
涙が、止まらなかった。
所どころかけた部分はあるにせよ、その壁面には確かに、彼女の主の姿があった。
白銀に輝く髪はかすかにウェーブがかかり、踝まである。
ゆったりとした服は、こちらの世界のものだろう。昔の神話の女神のようだ。
何よりその手に持つ御剣。
確かに、見覚えのある彼女を象徴するもの。
やはり彼女が女神、ならば、帰る手段もあるかもしれない。
ラズは手がかりを探そうとパソコンを開いた。そして手早く情報をまとめていく。
がらっ。
ラズは物音にはっとなり、パソコンをかかえ、振り返る。
そこには、見たことのない美貌が存在した。
クロラストリィティスは観光客を避けながら、器用に裏手から塔へまわった。
「時の塔」そう呼ばれたこの塔は、関係者以外立ち入り禁止だ。
ほとんどの解読が不可能なこの遺跡を彼は何故か気に入っていた。
壁面の女神は微笑んでいるのか悲しんでいるのかわからなかったが、何故かいつも彼を穏やかな気分にさせた。
この遺跡の謎さえ解明できれば、夜を打倒することもできるだろうに。
(全く、情けない)
そこで、不思議な光に気づいた。
ここは、塔の先から入る光もあまり届かなく、薄暗い。その中で光など。
(侵入者か?)盗賊であればとらえねばなるまい。クロラストリィティスは密かに腕に仕込んだベルにふれ、いつでも応援が呼べるようにした。
「・・・アダマス様・・・!」それはか細い女の声だった。
クロラストリィティスは柱の影に隠れ、しばらく様子をうかがった。
女の後ろ姿ではわからないが、少女のようだった。髪は自分と同じ金色。後ろでひとくくりにしている。
手元はせわしなく急ぎ、何かを____しているようだ。
盗賊とは思えないが、これ以上は見ていられなかった。
その時、足下の瓦礫をけってしまう。
少女ははっとなって振り返った。
薄暗い光の中でさえ確認できたお互いの瞳。
紫と青が交差する。
・・・ボーン、ボーン、ボーン、ボーン・・
「夜!」クロラストリィティスは舌打ちして、ラズのそばへ駈けた。
「何故ここにいる。・・・いい、とにかく来い!」クロラストリィティスはラズの手をひっぱると入り口にむかって駈け始める。
「何を慌てているんですか!?」ラズはわけのわからぬまま引かれていく。夜になった。けれど、自分の胸元に光る優しい光が自分を守る。
「ここには、守りが無いんだ!」クロラストリィティスはそう告げ、回廊へ出た。その瞬間、視線の先に現れたものを確認し、立ち止まる。
「影。」そうつぶやくとクロラストリィティスは、右手の中指にはめられた指輪を触る。とたん、それは光を放ち、長剣となった。
ラズはその美しい剣をまじまじと見つめ、それがふるわれるだろう相手のいる空間を見つめる。
(・・・いる。)確かに、何かが迫っていた。ならば自分はどうするのか。
クロラストリィティスは高鳴る鼓動を感じていた。自分一人ならばなんとか転移できる。だが、少女を連れてはいけない。そうなると、この場を突破しなければならない。見えない敵はだが、確実に自分たちを包囲している。聖剣で影をほふったことはある。けれど、これだけの数となると騎士団無しでは無理な話だった。
「来ます!」鋭い声は隣から。ただ、気配だけをたよりに、まず目の前に振り下ろす。手応えがあった。
「次、右!」その声に促されるように身体が動く。
「左後ろ!」飛び退き、横なぎにする。
「前方に三体かたまっています!距離4メートル」クロラストリィティスは美しい曲線を描きながら楕円に振り下ろした。
爆音と石が削られる音がこだまする。
ラズはそのあまりの優雅さに見惚れていた。彼の剣はトパーズとは違って優美すぎる。まるで舞を舞っているようだった。
そしてまたパソコンを叩きながら『影』の位置を判断する。
「・・・・うしろ・・・」愕然となった。クロラストリィティスは今の技の所為で反応が遅れた。ラズは自分の後ろを振り返った。
思わず腕輪をにぎる。
閃光。
「・・・・」確かに、目の前が光ったような気がした。ラズは何時の間にかいなくなってしまった敵に目をこらす。
さきほどまでは感じられた気味悪い気配が、全く消えていた。
「あれ?」
「・・行くぞ!」クロラストリィティスはラズの腕をつかむと、また走り出した。
「ええ!?は、はいっ。」ラズも我にかえると、パソコンをたたみ、走り出した。