果ての宮殿
その部屋は薄暗かった。
わずかに窓から差し込む光で見ることができるのは、無造作に置かれたベットと、机、それに座る住人。壁には何にもかけておらず、床は石が敷かれている。ドアは住人の左手にひとつ。
カタカタカタカタ・・・・
テンポよくひびく軽快な音。それは今では少し珍しいキィが付いているパソコンだ。綺麗な指にはいくつかの絆創膏がその痛々しさを物語っている。
ぼう、と光る画面が映し出した瞳は深い青、栗色というには少し深い色合いの髪は一つにまとめあげられている。
服は規定の制服で、動きやすいパンツスタイルだ。目は真剣に画面を追っている。ふとその視線がそらされた。
ドアの向こうへ。
まばゆい閃光を感じ、それが『誰』によってもたらされたものかを理解するより早く机のパソコンごと床へ転がった。
そこまでは、覚えているのだ。まず、五体満足であること。危険が迫っていないこと。転がった場所の土を少しだけにぎりその存在を確かめた後、起き上がる。ホコリを落とし、パソコンを開く。
「大気中に含まれるO2の濃度はほぼ同じ・・・なるほど、特に問題はない、か。」そうつぶやきながらキィをはじいていく。彼女は立ち上がり、脇にパソコンをかかえる。辺りをみまわし、ここが木々に囲まれた場所であると理解すると、その神経を研ぎすませていく。
「・・・・」
「馬のいななき、・・・馬かはわからないけれど。」
そこで電子音がひびく。彼女はとっさにパソコンを開いた。
[ザー・・・・・いる・・・どうな・・・?]小さなウィンドウが開かれ、男の姿が映し出される。
「トパーズ!」彼女はその男の名を呼ぶ。
[・・・ラズ、無事か!?]男の瞳は薄い青、髪はくすんだ金色だ。
「はい。クルセドニーがいるということは、御方様はご無事ですね?」
[ああ、アダマス様はご健在であらせられる。今は辛うじてその力で異界への介入を許された。ラズ、よく聞くんだ。]トパーズは言った。
「はい。」
[残念ながら、アダマス様の力もってしても、お前をすぐにこちらへ来れるようにはできない。しかし、周期的にコンタクトをとることはできるようだ。]彼女は予想通りの答えに、がっかりはしたが希望は捨てなかった。何故なら、この絶望的な状態にあっても彼女にとって兄のような存在であるトパーズとこうして連絡が取れるのだ。
「わかりました。トパーズ。私は、御方様にお手を煩わせるようなことはしたくありません。もし、何らかの障害となるのであれば___」その先を続けることはできなかった。けれど、トパーズは彼女の心を誰よりも理解していた。
[ラズライト!・・・・わかっている。心配するな。俺もついている。これ以降はヴィジョンでのやりとりができなくなる。音声のみの報告を送って欲しい。]
「___承知しました。出来うる限りのことをします。今は。」そう言うとヴィジョンが消えた。これでもう、しばらくはつながらないのかもしれない、あちらと。
「セレスティス・・・・」ラズは心に真白い宮殿を描きながら、歩き始めた。馬のいななきが聞こえた方向へ向かって。
セレスティス。
天にむかってそびえ立つ真白い宮殿の一室では、トパーズがパソコンから顔をあげたところだ。
「トパーズ。どうでしたか?」ともすれば美しさに何を聞かれたか忘れてしまいそうな声が響く。トパーズは振り返ってから跪いた。
「無事、のようでございます。」
「まさか、こんなに早くなるとは思いませんでしたけれど・・・クルセドニーを神殿に集めなさい。あの子のことを話します。」声は静かに告げた。
「アダマス様・・・・ラズには封印が・・・」
「あの子は、誰かに見出されることができるかしら?あの子に足りないもの、それを得ることができるかしら?・・・・きっと出来ると私は信じています。問題なのは封印ではなくて、あの子自身。そうではありませんか?」静かに、涼しげな声は言う。
「御意・・・」トパーズは胸の内の思いを隠し、頭をたれた。