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終わらない夜のための鎮魂歌  作者: 水城四亜
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姿かたち

「以前、話したと思うが、ここには『守り』が無い。」クロラストリティスはゆっくり回廊を歩きはじめる。彼のまとった闇色のそれは、闇の中では確かに異質で、異色だ。


浄化光と同じ性質の、だが普通に使われる種類よりもひどく暗いそれを騎士たちが持ち、行方を照らす。


「何故、ですか。」ラズはそれが自分に言われたのだと気づき、顔を上げる。


「実験だよ。『浄化光』がどれほど彼等に有効であるかというね。その為に誘い出す場所が必要だった。幸いにして、ここにはそれだけのものがある。彼等が、何故、この遺跡に固執するのかはわからないがね。」


「つまり、これはいつもの行事ということですか。」トパーズが聞く。彼等は夜目が効くので、『浄化光』の光がなくとも足下がおぼつかないということは無い。


「はい。我等はここで実践を積む。最悪は館に戻れば彼等は近づいてはこれない。」ルチルが話す。


「まぁそうだが、ルチル、最悪というのは良くない。」クロラストリティスは苦笑する。


「申し訳ございません。」


「では、ここから二手に分かれよう。くれぐれも気をつけてくれ。」クロラストリティスはそう言うと、遺跡の奥へ入っていく。それにならい、騎士たちも身を翻す。


「じゃ、私たちも行こうか。」ラズはトパーズとアレク、ルチルとカーネリアンを見て、トパーズが見た壁画の部屋へ行く。




闇はただ、そこに在る。





影は探していた。

自らを呼び起こした者を。

何故、ここにいるのか、そして何故主は居ないのか。

ただ、ひたすらに彷徨い、この途方も無い空間に満ちていた。

命あるものを奪ったという心は彼等には無い。

命あるものは、彼等を侵すものであると同時に、彼等とは全く対する所に存在するものだからだ。

だから、彼等が存在するために命あるものを奪うことは、彼等の本意ではなく彼等の性質そのものにある。

それを哀れとおぼしめした主が、彼等を封じたはずなのに。

何故、ここにいるのか。そして、何故主は我等をこのままにしておくのか。

何故、どこにも居ないのか。

彼等の支配はまだ、あの【本】にある。

忌まわしい、あの檻に、囚われたまま。

解放を喜ぶのは一部の上級なモノだけ。

影は自分が影とは知らない。

影は自分が闇とは知らない。

そして人は影が影だと知っている。

人は影が影でしかないと「思って」いる。





さあ、どこにいるのか。

主と同じ気配をたどり、ここまで来たけれど。

いつになっても現れない。

我等があるじは今どこに?




「アダマス様・・・・」

ラズは目の前に現れた壁画を見て呆然となる。

それは自分が仕えた主を表している。

そしてもう一人は・・・・

「何をしているのですか?」ルチルがアレクの動向に気づく。


「ああ、写真を撮っているんだよ。ええと、何と言うかな。こちらでは。これを写し取っている。この石でね。」そういって、昼、シンナバーに調合してもらった石を見せる。それは青紫色をしている石に、いくつかの石が刺さっていた。5センチ四方の小さなものだ。


「この画を?」ルチルは不思議そうに首をかしげると、アレクの手元を見ている。一瞬石の一部が鈍く光る。どうやらその瞬間に写し取っているらしい。


「ええ、少し気になる所がありましてね。画集には一部しか載っていませんでしたので。シンナバーさんに作っていただきました。」トパーズがラズを気遣いながら言う。


「淘汰されるべきものとは何だ。」ラズは壁画を睨みながら言う。それは怒っているわけではなく、ただ、凝視しているのだった。


「ラズ。」トパーズの表情が固くなる。


「トパーズ、淘汰されるべきものとは、何だ?」今度は少し強い口調で言った。


「ラズライト。」


「ならば、我等は何の為にあるのだ。光あれと言うのならば、光のみにすれば良かったのだ。光の「ありがたさ」を知るための闇など、どれほどの価値があるというのだ。」ラズは唇を噛み締めた。それはやはり、悔しいという感情であったかもしれない。あるいは、悲しいとも。ただ、ラズにとっては未知な感情であった。


「ラズライト。これが真実とは誰にもわかりません。そして、これが嘘であるとも。」アレクが静かに言う。その手はまだ壁画を写し取っていた。


「アレキサンドライト!では、私は真実を知りたい。それが私が進むべき道だ。」


「あなたにとっての真実ですか。」


「そうだ。他の誰でもない、私にとっての真実と、事実を取り戻す。」


「ならば、私もその力となりましょう。」アレクははじめて手を止めると、ラズを見た。


「アレク。いいのか。」ラズが確認をする。


「もとより、この壁画通りならば、私にも避けられぬ道ですから。」アレクは口元で笑うとラズの手を取った。


「トパーズ。」ラズはその手にはめられた腕輪をトパーズに差し出す。


「ラズライト。後には退けませんよ。」トパーズは少し悲しそうに言う。


「獅子が象徴とするのは、支配と解放。そして、力と従順。」ラズは静かに言う。


「鳥が象徴は、死と誘いの歌。血と勝利。」トパーズも静かに答える。


「そして、闇は____失われた女神。命と、その再生を司る。」アレクが続け、トパーズが腕輪の一部の鋭く尖った部分に親指をあてる。ぷつり、と血がにじみ、次第にそれが滴り、落ちていく。


「何を、何をなさっているのですか・・」ルチルが異様な気配を感じ取り、声を上げる。カーネリアンも構える。


「封印を。」


「解放を。」


「復活を。」



流れ落ちる血は青白く光り輝き、金色の腕輪はその色を深め、はめ込まれたオニキスの黒は、赤と混じり合って深い深い闇となる。


「影が!」ルチルはこちらへ近づいてくる存在を感じ取り、構える。カーネリアンも三人の前に立ち、構えた。そして、しばらくすると影が来るより先に足音が聞こえてきた。騎士団とクロラストリティスだ。


「!どうした」先に聞いたのはクロラストリティスの横にいた騎士だ。


「影がこちらへ・・・」ルチルはそれだけ告げると、三人を守るようアーネリアンに続いた。先に異変に気づいたのはカーネリアンだった。


影の気配を追っていたというのに、何故か自分の背後からその影の気配がするのだ。


いや影とは全く違う、全く別の何か。


「ラズライト・・・?」クロラストリティスが剣を構える。


そこにいたのは、金色の髪に青い瞳の女ではなかった。


「闇をいとわない、そう言ったな。」声音は確かに女のものだが、全くその質が異なる。


その両手をトパーズとアレクに支えられたその姿は、踝まで届くかというほどの流れる髪。深い、碧の瞳。そして、


「髪が・・・!」闇と同化しそうなくらいにつややかなそれ。


誰かがささやいた。


アシェイド、と。



「影の気配が失われた。失われた先はここから西___あれは私のもの。」ラズライトはささやくように言う。吐息は空間をふるわせ、小さな音を愛おしむかのようだ。


「西、メルト?」クロラストリティスがつぶやく。


「知りたいか。けれど、我等もすべてを知るわけではない。そして、私は敵ではない。」ラズライトは一度目を閉じると、小さく呼吸をして目を開ける。


「闇をいとわない、そう言いましたね?」小さく、だがしっかりとクロラストリティスに確認する。それは、答えを知っているようでもあり、恐れているようでもあった。


「闇は、そこに在るからだ。我等に出来得ることは小さい。」クロラストリティスは失った者を想い、微苦笑する。


「何者かが我等を貶めた。それは、遠い昔のこと。私が知るよりずっと昔のこと。けれど、今、もう一度同じことを繰り返すわけにはいかない。だから、私は私の在るべき姿に戻りました。トパーズ、アレク。」二人を見てラズライトは自らの姿が変わったことを知る。トパーズとアレクの半身には光る痣が刻まれていた。それは記号のようでもあり、図形のようでもあり、淡く小さく点滅を繰り返している。


「ひとつはあなたがた。ひとつはわたしたち。そしてひとつは我等を裂くもの。私の知る限りのことをお話します。ですから、早急にメルトへ。あなたがたがまた、失われないうちに。」歌うようにラズライトは語る。それはラズライト個人というよりは何か大きなものに支配されているかのようにも見えた。


「我等が失われる?」クロラストリティスは剣をもどした。


「彼等が在ることはあなたがたを殺すこと、けれどあなたがたを活かすこと。どちらが今多いかは、おわかりのはず。」


「活かす?影が我等を活かす?生かすではなく?」クロラストリティスは不思議とラズライトが怖いとは思わなかったが、その巨大な圧力を身体全体で感じていた。まるで空間そのものが彼女のようだった。


「まだ、私にもわかりません。けれど、私は取り戻さなくてはならない。新しい私の為に。」ラズライトはそう言うと、血に染まった腕輪を握りしめた。

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