敵と味方
「ツァイニング」は「タイラス」から南東に下がったところに位置している。漁業と繊維業の盛んな街だ。
特産品は「プウレ」という魚で、グロテスクな外見とはうらはら、白身が美味しく様々な加工に合うので、重宝がられている。
「タイラス」から馬車を走らせまる1日かかる所に領主の屋敷がある。
コランダムはデザイナーに帰りの鉱石を頼むと、急ぎ屋敷の扉を開けた。
「おかえりなさいませ。」青年がコランダムのマントを預かる。
「留守中何もありませんでしたか?」コランダムは入り口から一つ目の部屋で荷物を預けると、青年に聞く。
「はい、滞り無く。イシャス様もお待ちです。」
「サファー。また背がのびた?」コランダムはあきれるように青年を見る。昔は自分より小さかったはずだが、いつの間にか自分を追い越してしまった。その視線を受けてサファーは恥ずかしそうに笑う。
「ええ、成長期は止まったと思っていたのですが・・・」
「それで、先に通信で話しておいたが、親父殿は何て?」
「家にも帰らない放蕩息子にわがまま言われたくないらしいですよ。」
「何ですか、それ。」
「つまり、ご帰宅されたのなら、よろしいかと。」
「なるほど。では行きましょうか。」
「はい。」
コスの出身者の特徴とも言える銀髪がゆらゆらと揺れる。<BR>
ガレナは今「チャンバースト」にいた。「タイラス」の南領域部分が「チャンバースト」にでっぱっているので、タイラスから「チャンバースト」であれば半日もあれば着く。「ツァイニング」の領主邸は港近くのファルカーにあるが、「チャンバースト」の領主邸は「タイラス」にも近い北部のシーネあった。
「やあ、ひさしぶり。」気さくに声をかけてきたのは、灰色の髪と黒い瞳の若い男だ。ガレナは慌てることなく椅子から立ち上がり挨拶をする。
「急な訪問で申し訳ありません。」
「北のコルッカ(→花の名前)にそんな態度は似合いません。まぁ、座りましょう。」男は言うとガレナの前に座る。ガレナもそれにならい椅子に座り直す。
「コスの領主殿にはお変わりないか。」男は静かに問う。小さな波さえもたたない水面のように静かに微笑みながら。
「はい、ロゼニティ様によろしく、と。」
「そう。ロードも変わらないようだね。それで、ガレナ、今日は私にして欲しいことがあって来たのだね?」
「はい。詳しくは召集後にしか語れませんが、メルトへの橋渡しをお願い申し上げたく・・・」
「クロがそう言ったんだね?_まぁ、君が来るくらいだから、結構重要なことなんでしょ。今のところ、メルトにコンタクトできるのは私しか居ませんしね。ツァイの次期領主は絶望的なまでにあちらとの相性が悪い。」ロゼニティは涼しげに笑うと、少しだけ笑いを深めて、
「それで、私は何がもらえるのかな?」意地悪く言った。
「やっぱり、お支払いした方がいいと思うんです。」ラズライトは思いつめたように言った。
その様子を見ていたコーディは手元の書類を確認しながら言った。
「何かと思えばそんなことですか。_わかりました、ではうちの領主と話し合ってください。私は忙しいので。それから、この程度のことであれば、私でなくカーネリアンとルチルでも十分対応できますので、できるだけそちらに話してください。それでは、私はこれで。ああ、一応念のため監視と盗聴は続けますから。」息継ぎもしないでそれだけ言うと、コーディは蓮華の間を出て行った。
蓮華の間についたルチルはラズライトを見て、
「本日中には領主が来ると思います。この館内は自由にしてくださってかまいませんが、1階には行かない方がよろしいですよ。」そう言いながら必要なものを揃えるためメモをとっていく。
「1階ですか?」ラズライトは不思議そうに問う。
「そう、1階は観光にも使われています。限られたツアーと業者にだけですので、それほど人はいませんが、屋敷の人間だと思われて近寄ってくる人間もいますので。注意してください。__それと、他に必要なものはありませんか?」
「ええと、窓、開けてもいいですか?」ラズライトは遠慮がちに言う。太陽の光ではないとわかった今だが、ラズの「天青石」はソーラー充電だったので、光が必要なのだ。
「かまいませんが、落ちないでくださいね。後始末が大変です。」ルチルという使用人はたんたんと述べた。
「あとは___領主さんに相談します。」ラズはそう言ってから、相談があの領主にできるかわからないが、と思った。
「外出する時はご相談ください。」ルチルはそういって部屋を出ようとしたが、何かに服をひっぱられた。
「あ、出ます。外。」思わず服をひっぱってしまったラズライトはこれから大変かもしれない、とも思った。
トパーズとアレクは遺跡を見てみることにした。
許可をとり、観光客にまぎれて遺跡を見るふりをする。
「これは、確かにラズが言った通りだな。」
「あまりに似通っている。」
「で、あれが問題の塔か?」アレクは遺跡の先にある小高くなった丘に建っている塔を見る。白い壁は薄汚れ、コケや植物に覆われている。この遺跡が建立されてから、ずいぶんの時間が経っているのだろう。崩れかけた壁や、足下の石を見る限り、かなりの年代が経っているように見えた。
「夜にでもまた来させてもらおう。」特にあやしいと感じなかったアレクはそうトパーズに呼びかけた。ところが、返事がない。トパーズは一点を注視していた。アレクもいぶかしんでそちらを見る。
「!何だ、あれ。」そこにはおよそ似つかわしくない壁画があった。二人は頷くと、一通りの壁面を見てまわったが、この一点だけが、どうしても気になった。もう一度同じ場所に戻ってくると、もう一度その壁画を見た。
「物語のようだが・・・」アレクは先ほどから黙ったままのトパーズを見る。その顔色はおおよそ良いとは言えなかった。クルセドニーたるものが、ここまで動揺するような事柄ではない。では__
「話してくれなければ協力はできん。」その言葉にトパーズははっとなり、アレクを見る。
「あまり考えたくない事だが、これは、彼女を表しているのだろう?」アレクはなおも言葉を続けた。視線だけは壁画へとやりながら。
そこには、ふたりの人物がいた。
ひとりは、光輝く太陽を背負い、大剣を手にしている。デフォルメされているので誰かと限定はできないはずだが、アレクにはこれが誰であるかわかるし、彼にわかるということは、トパーズにもわかるということだ。
そして、それに対し、正反対側に描かれている人物は月を背負い、手には槍を持っている。その中心に、魔術師がいる。魔術師がいるかどうかは別として、少なくとも、その二人の間に杖を手にしたフードをかぶった人物がいる。
太陽を背負った人物には風と海が描かれ、月を背負った人物には獅子と鳥が寄り添っている。
それだけなら、まだよかったが、どうやらこの二人が争っている様子なのだ。月を背景にしている人物が、太陽を背負った人物に裁かれているという感じだ。
トパーズはそのまま何も言わずに売店に行き、図録を購入した。
「気になることがある。」トパーズはそうアレクに言うと、戻るように促した。アレクは頷くと彼等の主人が待っているだろう館へ足を進めた。
実際のところ、彼等の主人は出かけていたのだが。