静かな怒り
ラズは困っていた。
「遠路はるばるお越しくださいまして、ありがとうございます。けれど・・・・」そう言って見上げた先には、二人の男がいた。
一人は、ラズと似たくすんだ金色の髪と、薄い空色の瞳を持ち、日に焼けた肌が印象的な男。そしてもう一人は、茶色の髪に深い緑の瞳をもつ男。どちらも堀の深い顔立ちをしている。
「ラズ・・・元気そうだね。」金色の髪の男がそう言って微笑む。ラズもその微笑みにつられて笑う。茶色の髪の男はそれを見て微笑み、
「けれど、何だいラズ?」その言葉にラズは現実を思い出し言った。
「ここはトイレなんです。」
再会を喜ぶには、あまり相応しくない場所だった。
「お、やっと出てきたか。・・・どうしました?」コランダムはひょっこり扉から顔を出したラズの様子がおかしいことに気づいた。
「あの・・・・」
「どうした・・・?・・・・もしかして・・・」コランダムはラズの様子に女性の月のことかと思いめぐらせたが、それを聞く前にラズが否定したので、首をかしげた。
「ラズ、どいてくれないか。」扉のむこうから聞こえてきた低い声にコランダムの表情が厳しくなる。それと共に数名の兵士が廊下から入ってくる。
「これは、すごい出迎えだな。」いつの間にか出て来た金色の髪の男がつぶやく。
「いや、出迎えというより、警戒されてるんだろう。」それを見た茶色の髪の男が嘆息して言う。
ラズもできれば現実逃避してしまいたかった。
それを見ていた紫の目の男が、おもむろに口を開いた。
「手洗いに、抜け道は無かったはずだが。」
「そういう問題じゃありません。」コランダムはため息をついて、主に言った。
「あのう。」ラズは目の前の人物に問いかけた。
「なんです。」コランダムはつまらなさそうに言った。
「何で牢がこんなに綺麗なんですか?」
「おかしいですか?」
あれから、ラズたちはたいした抵抗もせず監禁された。しかし牢とは言っても普通の部屋のようで、窓が無い他は何ら変わることもない部屋だった。
「ええ。なんだか、税金の無駄使いという気がします。」
「なるほど。だが生憎、ここは牢ではないので、そのような心配は要りません。」コランダムはそう言うと、二人の男を見た。
「今は夜。何故、あなた方があそこから出てきたのか、そして、君は何者なのか。三分の一の昼に我が主が直々に聞くそうです。ですので、今夜は何もしません。ああ、食事は出ますから安心してください。___行きますよ。」そう言って、彼の後ろに控えていた従者たちを従え、部屋から出て行った。
ラズは念のため扉を開こうとしてみるが、鍵がかかっている。
「なるほどね。それにしても、豪華な所だな。ラズ、ここはどこなんだ?」
「トパーズ。アレク。ここへ来てくださってありがとうございます。」ラズは改めて、二人に挨拶をした。そして、ふたりに椅子を進めると、これまでのことを話しはじめた。
「なるほど、四分の三の夜、か。」トパーズ_金色の髪の男が言う。
「それで、この度の任務の詳細とは・・・?」ラズは聞く。
「ああ、【赤の封印】・・・から盗み出された書物、それがこの夜の原因ではないかと、アダマス様はおっしゃられた。」トパーズは静かに語る。【赤の封印】とは、様々な呪具や一般人が触れるべきでない遺物などを保管した部屋のことで、セレスティスの中でも限られた者しか知らない。
「まさか、神官の中に裏切りが・・・?」
「それはいささか早計だろう。だが、この件はもともと我らの問題。ならば、極力こちらの人間に関わらせるわけにはいかないでしょう。」アレクと呼ばれた茶色の髪の男が言う。
「でも、少し遅すぎたみたいですね。ここから出るのは難しくはありませんが・・・遺跡の所有者である方をむやみに敵にまわすのはどうかと。」ラズは紫の目をした男を思い出す。おそらく、彼がここの主。つまり、アラヴィスタの領主、クロラストリィティス。
「いきなり、ラスボスかー。」トパーズは苦笑する。
「ところで、書物の名は何なのですか?」ラズはトパーズに聞く。その言葉にとたん、トパーズの顔つきが厳しくなる。
「【クリティッカー】ラズ。君はこの言霊を言ってはいけない。今は。」ラズは言われた言葉にびくりと肩を揺らし、トパーズの瞳を見返す。
「大凶って意味だからね。君が言うには相応しくないんだよ。アダマス・アトン・メイア(アダマスの巫女)」アレクが言う。
「___はい。それはわかります。それにしても、どこを探せばその本が出てくるというのでしょうか。」
「それがわかれば苦労は無いよ。とりあえず、ここの主にどうやって理解してもらうか、だな。」
翌朝、早々と目が覚めると、まだ外は暗いままだった。
ラズはベットから起き上がると、窓のそばへ行き、外を眺めた。
「どうかした?」どうやら二人とも起きていたようで、ベットに腰掛けていた。
「うん。変なんだ。」まだ少しぼうとする頭でラズは答える。そのためか、昔のような口調になる。
「何が?」トパーズが聞く。
「何で、無いんだろう?」
「何が?」今度はアレクが聞く。
「____昼からすぐ夜になって、夜から昼に変わる。でもその経過が無い。___太陽が無い。」
「それが呪いなのかもしれないね。」
「そうじゃなくて。なんだか、太陽がこの世界には存在しないように感じるの。」
「___ラズ。」トパーズがラズを見つめる。
「どうしてかな?」首をかしげるラズを見てトパーズはアレクの目を見てから頷く。
「ラズ、話しておかなければならないことがある。」
「・・・・どうしたの?トパーズ。怖いよ?」ラズはいつもと違うトパーズの雰囲気に少しずつ頭が冴えてきた。
「【クリティッカー】を探す。それは君に課せられた使命。私たちはそれをサポートする役割にある。つまり、私たちは君に仕えるためこちらへ来た。___わかるかい?」
「___トパーズ・・・」ラズは目を見開いた。本来ならば、アダマス様にお仕えするクルセドニーはアダマス様の従者であるラズより身分が高い。
「その意味、君ならわかるね?」アレクは優しい顔をしながら、しかし目だけはラズから視線を外さずに言った。
「トパーズ・・・私は__」ラズはトパーズから視線を外し言いよどんだ。
「いいんだ。私たちがそうしたかったのだから。そして、これはアダマス様の意思でもある。それを覚えておいて欲しい。」
「____本を、探す期限は?」ラズは小さくため息をつくと、顔をあげて聞く。
「無い、と言いたいところだが、早く見つければ見つけるほどこの世界のバランスがもとに戻る。つまり、不自然な夜が消える。」アレクが応える。
「そういうことなら、協力してもいいんだが。とりあえず、君たちは何者なんだ?」突然割り込んだ声にトパーズとアレクが身構える。そしてラズを守るように立ちふさがる。
「まるで姫君と騎士だな。」クロラストリィティスは二人の男と一人の女を携えてやってきた。一人は昨日も会ったコランダム。そして、もう一人は赤褐色に同色の瞳を持つ男。唯一の女性は銀色の髪と薄紅色の瞳を持って、長い髪を後ろでまとめていた。
トパーズとアレクがお互いを見る。
「シンナバー。」クロラストリィティスは後ろの男に声をかける。
「はい。」シンナバーと呼ばれた男は、手の平の上の鉱石を三人に見えるように黄色い石を見せる。
そしてそこから聞こえてきた音は、昨夜の私たちの会話だった。
「盗聴か。まぁ、聞いたところで理解されるとも思っていなかったが。」トパーズはつぶやく。
「そういうわけなんで、とりあえず_」コランダムが続けようとした言葉にクロラストリィティスはラズを見て、
「朝食にしよう。」そう言った。
仕事を増やしたくないという主のおかげで、ラズたちは、彼等と共に食事をとった。
もし毒が入っていればトパーズやアレクにはわかるのでラズは安心してそれを食べた。
「それでは、まず紹介からはじめよう。」クロラストリィティスは微笑すると優雅に椅子に腰掛けた。ラズたちもそれにならい、勧められた椅子に座る。
「その前にこれを。」シンナバーと呼ばれた男がテーブルの上に一つの鉱石を置く。色は薄いピンク。
「嘘発見機です。これのある空間で嘘はつけません。」シンナバーは淡々と言う。
「なるほど。ラズの言ったことは本当か。」鉱石が当たり前のように存在するという報告をトパーズは思い出した。
クロラストリィティスははじめにコランダムの紹介をした。彼は秘書であると共に、『ツァイニング』の領主の息子であるともいう。その隣のシンナバーは鉱石を創造することのできるデザイナーだという。そしてそのとなりの女は、ガレナ といって北方騎士団の騎士団長だという。ラズはそれを聞いて、トパーズを見た。トパーズはそれに頷いた。
「私どもはこことは異なる世界から来ました。私はトパーズ。彼女のサポートに来ました。」
「アレキサンドライト。同じく、ラズの護衛だ。」アレクが言う。
「ラズライト。それが正式な名です。」ラズはクロラストリィティスに言った。
「遺跡との関係は?」クロラストリィティスが聞く。
「わたくしのお仕えする方_アダマス様が彫られていました。」ラズは静かに言う。
「!・・・では、あの遺物は・・・」
「おそらく、我らの世界の者が作ったものでしょう。そうでなければ、あれほど・・・セレスティスに似ているはずがない。」ラズは断言した。
「私はあの遺跡を調べることでこの夜の謎が解けると思っていた。まず、その本の特徴を教えてほしい。」クロラストリィティスはシンナバーに頷くと、シンナバーがもう一つ鉱石を取り出した。
「記録石です。」小さな紫の石はレコーダーだった。
「本、といっても紙で作られたものではないんです。ラズ、『天青石』を。」トパーズに言われ、ラズが『天青石』(パソコン)を取り出す。
「これで読む本です。本という表現は正しくないが、私たちの世界ではそれが一般的になっていた。形態は、これと同じものです。」トパーズが取り出したのは長さ3センチ、高さ5ミリの小さなものだった。
「これは、ラリマーといって、書物の変わりとなるものです。これをこのようにこれに入れて、文字を表示させます。」トパーズはラズにラリマーを渡すと、ラズはそれを『天青石』(パソコン)に差し込む。ラリマーはするりと『天青石』に吸い込まれる。そして、手のひらほどの画面に文字が表示される。
「なるほど。へー。ふーん。面白いなぁ。」クロラストリィティスは感心したようにそれを見る。もちろん、文字は読めなかったが。
「そういえば、どうして我々の言葉がわかるのですか?」コランダムが不思議そうに質問する。
「ええと、こちらで鉱石があるように、我々にも特殊な能力がありまして・・・まぁ、基本的な能力というものです。」アレクが説明する。
「便利だな。」
「でも、会話はできるけど、文字はわかりません。あの遺跡の文字が少しでもわかったら、何かの役に立ったかもしれないのに。」ラズは言う。
「それで、【クリティッカー】はこちらにあるのは間違いありません。問題は、この機械が無いと使えない、ということです。」トパーズが続ける。
「ふむ・・・・なぁ、コラダンダム。」クロラストリィティスはその顔を曇らせ、コランダムに言う。
「何でしょう。」
「これはもしかして、アレなら使えるんじゃないのか?」
「・・・確かに。」
「何ですか?」トパーズが聞く。
「うん。うちで使ってる鉱石用の・・・これからは機密になるから、シンナバー。」シンナバーが紫の石を隠す。
「ティス。」コランダムが厳しい声を出す。
「だってねぇ、嘘つけないでしょ。___まぁ、わかってると思うけど、太陽が無くなってね。」
「やっぱり。」ラズはそれを聞いて納得する。
「その隠された太陽、あるいは失われた太陽に変わり、昼、この世界を照らすものが必要になる。それで、作り出したんだな。人工的に。」クロラストリィティスは淡々と語る。
「黄銅鉱って言うんだけどね。それを加工したものだ。それで、実験に使ってるいくつかの鉱石の中の一つにラリマーというのがある。それが、その棒を使えるようにするかもしれない、ということなんだ。」
「何ということだ。しかし、その機械は誰にでも手に入るものなのか?」トパーズは言う。
「いや。だから、これでかなりしぼられたと思うよ。とりあえずウチで_アラヴィスタで持ってるのは三つ。他には王都にある限りだけど、どうやらこの遺跡を中心に『影』が動いているらしいから、その本を持つ犯人がこのアラヴィスタにいる可能性は高いね。」
「ではアラヴィスタを調べれば良いのですね。」ラズが言う。
「そうなる。が__」コランダムが言いよどむ。
「どうか?」トパーズが聞く。
「ツァイニングの次期当主が気にしているのは、メルトのことだろう。」それまで黙っていたガレナが口を開いた。
「ガレナ。」コランダムは苦みをつぶしたような顔をする。
「メルト?6都市の一つ?」
「そう。で、『フラワー(ラリマーの名称)』が置いてある場所はこのタイラスとツァイニング、そしてメルトの三つだ。」クロラストリィティスが言う。
「ツァイニングとメルトは昔から相性が悪い。」ガレナがこともなげに言う。
「私の所為じゃありませんよ。歴代の当主が関係を築けなかっただけです。」コランダムは憮然として言う。
「なるほど。でもとりあえず、タイラスとツァイニングは協力頂けるのですね?」ラズが聞く。
「それはいいとして、我らの被った被害と今の現状における、そちらの補償はあるのか?」クロラストリィティスは静かに言う。それにラズははっとなり、彼を見る。
彼等は、どれほどのものを奪われ、そしてまた今も脅かされようとしているのか。ラズは静かに息を吸った。
「アダマス___いいえ。」一度言いかけてから、言葉を切る。
「ラズライトの名において。必ず、この夜をもとに戻す。命を賭しても。」
「ラズ!!」
「ラズライト!!何てことを!!」トパーズとアレクが青ざめる。
「良い志だが、君の命一つ無駄に散らせないようにすべきだ。そんなものに意味はない。」クロラストリィティスが応える。
「彼女は巫女です。巫女の言の葉は絶対。簡単に、口にすべきではない。例え、我らがこの夜をもたらしたのだとしても。」トパーズは苦しそうに言う。
「だが、我らには価値のあることではない。」クロラストリィティスはそのトパーズの様子を見てふっと息をつくと、立ち上がる。
「すぐに『フラワー』を見せたいところだが、部外者がそう簡単に入れるようにはなっていない。明日以降、許可を取るのでここに滞在してくれ。」そう言うと、部屋を出て行く。そして、彼につづいてガレナとシンナバーが続く。最後にコランダムが扉の前で振りかえる。
「ツァイニングの許可も手配はする。___君たちが敵ではないと、今判断することはできない。だが、わかってくれ。彼も、肉親を無くしているのだから。」
ラズはしまった扉をしばらく眺めていた。何も言わずに。