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浜夏の家5

 裏山に一人向かう隼人。その目的とは?

浜夏の家は、町の北部にある山の中腹に位地している。

 山を背にしており、海からは潮の香りが吹き込んでくる。隼人の二階の部屋に上がれば、町のようすが一望できた。

 浜夏家は、古くからその土地に家を構える旧家だった。かつては一族が一帯に暮らしていたらしいが、今は隼人の家と直接的に血の繋がりのある『浜夏』は隼人の家だけになっている。

 隼人は台所でボウルに鶏肉を入れると裏山に向かった。鶏肉は自分でスーパーから買ってきたものだ。冷蔵庫の中のものを使い必然的に美代に知られるのを避けるためだ。

 隼人の家と繋がりのある『浜夏』が今はこの家しか残っていないことを祖父の鷲尾は生前こう言っていた。

『呪いかもしれねえなぁ』

 年老いた鷲尾は、その時代の人には異様なほど長身な人物だった。年を取っていくらか縮んではいたが、それでも現代の平均男性の身長より頭二つ分は高かった。日本が米国と戦っていたときには、日本人には珍しい淡い頭髪と長身で苦労したと聞いている。

 裏山は鬱そうとした林が広がっている。ここは浜夏家が昔から所有する土地で、ほとんど手が入れられていない。

 どれも似たような風景で迷いそうな場所を隼人は慣れた様子で進んでいった。

 山の奥まったあたりに来たところで、大きな窪地があった。ところどころ岩がごつごつと出ていて、木々に隠れるようにして洞窟がぽっかりと覗いている。

 洞窟の入り口付近の天井には古ぼけたしめ縄が張っている。その下には入る者を拒むように祠が鎮座していた。

 隼人が祠の前までやって来ると暗闇の中からくぐもった声がした。

《待っていたよ、私の可愛い子よ》

隼人はいつものように祠より少し奥にボウルを置く。

「今日は鶏肉を持ってきた」

 だが、相手は何の反応も示なかった。

しばらく待って、隼人はボウルを下げようとしたとき、くぐもった声が続いた。

《隼人よ、お前の家で変わったことがあったのかい》

 歌うようにくぐもった声が届いて、ボウルの伸ばした指を止めた。

《お前の家は騒がしくなった。あの家に誰が来たんだい》

 人間なら舌なめずりをしそうな口調だった。美味しいご馳走を目の前にしている人間ならこういう声をしているだろう。

「・・・。イトコたちが来たんだよ」

《おや、イトコ。鷹仁には親類がいないからな。では、鷲尾の二番目の子か――――》

 隼人は相手の雰囲気ががらりと変わるのを感じ取った。まるで残酷な行いをする無邪気な子供から、見守る慈悲深い母親のように穏やかな雰囲気に変化する。

《華子の子どもか》

「知っているんだ」

《あの娘はお前の母親と違ってこの土地と父親を嫌っていた。名前も嫌っていた。自分をカコと呼ばせたがっていたよ》

 隼人の祖父である鷲尾には二人の娘がいた。長女を定子、次女を華子と名付けている。隼人は美代から鷲尾が名付けたのだと聞いていた。ちなみに隼人の名前を名付けたのも鷲尾だと聞いている。

隼人の母親である姉の定子とは違い、李樹と柊の母親である妹の華子は自分の名前に納得できなかったようだ。その話を隼人は初めて聞いた。

《そういえば、あれは庭師の男と駆け落ちをしていたな。帰ってきたのか》

「いいや、華子伯母さんは死んだらしい。交通事故だって」

《『守護』が必要ない身で早死にするとは憐れな娘だ。せっかく私から逃げられたというのに苦労の末に死ぬとは救われない――――》

 またくぐもった声が纏わせる雰囲気が変化する。今度は欲しいものを強請る貪欲な子供のような声だった。

《きっと若い血肉はうまいだろうな》

 ざわざわとくぐもった声に木霊するように辺りの木々が揺れる。

《食べてみたい、食べてみたい》

 自分の声に触発されたように、暗闇から長い棒のようなものが伸びてきた。子供の腕くらいはある太さのそれは昆虫の足のようで、硬そうな毛が何本も生えている。

 だが、それが隼人の足元に届こく直前、視えない壁が弾き返した。

 ぎゃっとくぐもった声が悲鳴を上げる。

《痛い、痛い、痛い》

 すすり泣く声に隼人は同情を見せなかった。

「私に手を出せないことを忘れたの? いつもの鶏肉で我慢しなよ」

 ボウルを置いたまま、泣き声を無視して背を向ける。隼人が去っても、洞窟の奥からすすり泣きは続いていた。


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